参戦を拒否している異世界人がいる、と聞かされたハイリヒ王国の高官たちは、激怒していた。
会議室での愛子たちの会話は、アラン・ソミスの手で当然のように盗聴されていたのだった。
「イシュタルめ、我らから金と魔石を巻き上げたのか……!」
愛子たちからすれば理不尽だが、王国側としては当然の怒りである。
この日のために、ハイリヒ王国側は長い時間と労力をかけて大量の魔石を用意し、少なくない損害を出している。国民から血税を搾り取った以上、見合った成果を出さなければならない。にもかかわらず参戦を拒否されては、ハイリヒ王国はただ損をしただけである。
王国最強の騎士団でも、魔人族の精鋭が指揮する強力な魔物たちの軍団が来ては対抗できない。例えば一つの戦場で善戦することは可能だろうが、他の戦場で敗北しては無意味なのだ。
だからこそ、質と数を両立させる必要があった。
異世界からの来訪者による軍団。数と質を備えた神の使徒たち。そんな甘い言葉に踊らされてしまった。
この件を主導したのは、他でもないハイリヒ王国国王、エリヒド・S・B・ハイリヒである。彼は深い怒りを押し殺し、穏やかな瞳で聖教教会の使者をもてなし、愛子たちを受け入れる旨を伝えた。
「……王様、いかがいたしましょうか。」
「異世界人たちは丁重にもてなせ。絶対に、手荒に扱ってはならぬ。」
王がここまで慎重であるのも、理由がある。
来るべき魔人族との戦闘に備えて最強格の冒険者を雇い入れても、彼らには王国への忠誠心などない。金があればあっさりと帝国にでも寝返るだろうし、戦況が不利になれば逃げだす。そういう事例は過去に何度もあった。
結局、冒険者たちなど王国を護る盾とはならない。
しかし異世界人には、冒険者たちとは異なり宗教的な権威がある。
異世界人を雇い、さらに教育を施して戦力とするのは手間だ。時間もかかってしまう。しかし、エヒト神の信託を受け降り立った存在、という宣伝と、それに見合うだけの能力があれば、兵の士気を高め敵の侵攻を跳ね返すことも現実的になってくる。
それだけ、この世界における人間族にとって、エヒト神は偉大だった。
「承知いたしました。異邦人の指導者だという女はいかがいたしますか?」
「即刻処刑いたしましょう!」
「ならぬ。」
王は、物騒なことを言い出す高官をたしなめる。
王は自分自身を冷酷な人間だと自覚してはいるが、悪趣味でも露悪的でもなかった。流血が自分たちにとって益にならないならば、すべきではない。なので、エリヒドは破格の好待遇を与える。
「まずは連中の能力を確認せねばならぬ。彼女には、他の勇者候補たちよりもよい部屋を与えよ。彼女を懐柔できるならば、我々にとって損にはならぬだろう。」
勇者候補五名の戦力でもまずは上々。あとは、残りの戦力を懐柔することに手を尽くすべきだ。愛子を処刑することは、勇者候補たちの心象を悪くするだけで、ハイリヒ王国の益にはならない。
(……仮に、その女に何の能力もなかった場合は、勇者一行にとっての人質になるだろう。だが、能力によってはその待遇も考えないではない。)
エリヒドは王という立場に似合わず、自分自身で認識しているよりも寛大な男だった。
「……かしこまりました。」
一国の王が、何処の馬の骨とも知らぬ外国人に対し気を遣わねばならないという異常事態。しかし、エリヒドはそれを受け入れた。高官たちに不満はあるだろうが、それでも王であるエリヒドの命令には従う。
魔族の脅威に対して王国軍を編成し直した際に、エリヒド自身が目をかけて重用してきた部下たちだからだ。
(やはり思い通りにはならぬな、現実は。)
この事態は、イシュタルの甘言に乗った自分の撒いた種でもある。ここから改善してこそ、王としての役割を果たしたと言える。
(……ああ、鶏肉、鶏肉か。)
衛宮士郎は、宮殿の大広間で他の生徒たちとともに食事をしていた。食卓には真っ白のパンや暖かく満たされそうなポタージュ、ブドウのようなトウモロコシのサラダ、虹色のソースがかかったハムなどの食事が並んでいる。
王国の食事にしては貧相。しかし、味付けは申し分ないものだった。
戦争が近いこともあり、ハイリヒ王国では食料を常に備蓄し、長期戦に備えている。そのため、最近では王宮の食事も昔に比べ質素になっている。
それでも、士郎たちにそんな事情はまだ理解できていない。最初に味わう異世界の味は美味だった。酸味と甘みの効いた異世界のソースは、召喚直後から悲鳴を上げ続けた肉体が癒される。
龍太郎らとともにそれを味わっていて、士郎はふとフォークの手を止めた。
「お気に召しませんでしたか?では、すぐ代わりのものを用意いたします。」
傍に控えていたメイドが声をかける。
「いや、違うんです。とても美味しかったんで、どんな食材で味付けをしているのか気になって。」
ソースが美味しかったのは本当だったが、半分は嘘だった。士郎はハムを食べて、今朝冷凍庫から出していた鶏肉を思い出したのだ。
(藤ねえ、鶏肉を始末してくれたかな……)
と、そんなことを考えていたのである。
「それは良かった。皆さまの口に合うか、料理人一同は心を痛めておりました。」
にっこりと笑うと、メイドさんはソースの説明をはじめる。
「こちらのソースは帝国産の、最高品質のゴコエの実を用いております。」
「ゴコエっていうのは?」
聞きなれない単語に士郎の胸が躍る。異世界でしか味わえない未知の贖罪なのかもしれない。
「帝国の温帯地域に生息する樹木です。」
「そうなんですか。どんな形をした木なのか、ちょっと気になるな……」
そう言うと、メイドさんは思案してこう答えてくれた。
「植物図鑑が王宮の図書室にございます。勇者御一行の皆様には、無条件で閲覧の許可がなされるでしょう。」
「そうなんですか、それは助かります。時間のある日に、行き方を教えてください。」
「かしこまりました。」
「早速女子を口説いているな、士郎。もうデートの約束を取り付けたか。」
光輝は冗談でそんなことを言う。
……こいつ、どの口でそんなことを言っているんだ、と士郎は思った。
「それは心外だぞ。俺はただ、こっちでは何が食べられて何が駄目なのか知っておきたかっただけだ。」
後半は咄嗟に思いついた言い訳だ。本当のところは、あのソースが気に入っただけである。
「そこら辺のサバイバルに役立ちそうな知識も、説明してくれると良いんだが。」
「足りない分は自習するしかないだろうが、その時間があるかどうかだな。」
龍太郎がぼやく。今後のことを考えたら、時間は幾らあっても足りないだろう。
「士郎。本を読むと言っても、俺達はハイリヒ王国の公用語も知らないんだ。何故か言葉が通じてはいるが、まずは字を覚えるところからだろう。」
「確かに、それはそうだ。問題は山積みってわけだな。」
愛子先生の説得を受けて、生徒たちは非参戦、士郎を含めた光輝グループは参戦する、という旨で明日交渉することになっている。
今日は色々なことがあったが、士郎にだってこれからすべきことは分かっている。光輝たちを守り、戦争に勝利して、帰還の方法を探すという大目標と、この世界で生きていくための知識をつけるという小目標。今後の為にもしっかりと食べ、そして今日はゆっくりと休みをとるべきだった。
そして、翌日の朝。士郎たち光輝グループはハイリヒ王国に用意された制服を身に着けていた。
士郎や龍太郎の身の丈にも合わせてしっかりと仕立てられていたそれは、正直に言えば士郎には似合っていなかった。谷口たちの視線が痛い。
(というか、光輝以外は似合ってないぞ、これ。)
士郎は内心でハジメたちが着ている制服が羨ましいと思った。
そして一行は、ハイリヒ王国の高官と面談に挑む。畑山先生にとっては雪辱戦となる戦いだった。
「今度こそやりとげてみせます……!」
「愛子先生、頑張ってください!」
自分たちより小さな背中に、玉井たちはエールを送る。
「光輝。今回は愛子先生に任せるのよ。」
「ああ、わかったよ雫。愛子先生を信じよう。」
光輝も大人である愛子先生のことを頼もしく見る。そうして一行は、王宮内の会議室へと足を踏み入れた。
「これは勇者様、ようこそお越しくださいました。」
そう言って出迎えたのは、愛子先生より二回りも年上らしき男性だった。傍には何人もの書記官と騎士が控えている。
「こちらこそ、お招きに預かり光栄です。アイコ・ハタヤマと申します。」
互いに挨拶を交わし合ったあと、愛子と初老の男性は互いに言葉を交わし合った。
そこで何を話したのかといえば、お互いに本題には入らずに、自分自身の職務についての話をしていた。愛子は教師としての仕事について、老人は自分の部下や行きつけの酒場についての話。要するに世間話だった。
愛子先生は必死だった。
(……この男、全く本題に入らせてくれません……!)
一方の初老の男性は、愛子先生の話題の中から、士郎たちの世界に魔法がないということに驚いていた。
(……エヒト様が選んだ世界に、魔法が存在しないとは。それで、これだけ感情豊かな人間が育つというのなら、上位世界というのも間違いではないのかもしれぬ。)
その間、士郎たちは何も言わず黙っていた。相手に害意があるのかどうかすら、士郎たちには判断出来ていなかった。
何せ、世間話という体裁なのだから。
「お話は分かりました。なるほど確かに……魔法すら存在せぬ世界が本当にあるなどと、私は信じられぬ思いでしたが。(上位世界というのも)間違いではないのかもしれません。」
愛子としては、言葉を尽くして自分たちの日常がいかに平穏で、魔法だの戦争だのとは無縁の世界だったか、と説明したつもりだった。実際、このクラスの生徒は戦いには向かない、とも説明した。
そもそもが高校生で、まだ子供なのだ。
「戦闘には向かないと、分かっていただけましたか。」
ここで、二人の間には決定的な意見の隔たりがある。
そもそも戦闘を経験したことが無い人間である畑山愛子と、戦闘を経験し、常に戦闘によって命を失う危険がある世界で産まれた高官。
その二人、いや、二つの世界における”戦闘”という行為に対する倫理観の差だ。
「……では、その判断を、今ここでさせていただきます。」
「……?それは、どういうことでしょうか?」
高官は、直接戦闘には参加しない側の人間だ。だからこそ、その手の判断は専門家に任せるに限る。
「あなた方のうち五名は、有事の際、王国の要請に従い魔人族と戦っていただくことになるでしょう。ですが、そのほかの方々にも、わが王国で暮らしていく証が必要となります。それはお分かりですね?」
「それは、はい。勿論理解しています。」
今の愛子たちは根無し草だ。戦争に参加しないとなれば、王国内ではただの異国人という扱いになる、
あまりにも儚く弱い根無し草だ。
「それをお渡ししましょう。」
そう言って、愛子や生徒たちに銀色のプレートが手渡される。プレートとともに、銀色の針も手渡された。
「一緒にお渡しした針で、プレートに刻まれた魔法陣に血を垂らしていただきたい。それが、この国で生きていく身分証となります。」
光輝は言われた通り、迷わずに実行した。それを見て、他の生徒たちもそれに続く。
(……?何だ、これは?)
そこには、こう書かれていた。
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天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:120
体力:120
耐性:120
敏捷:120
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・精神統一・言語理解
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「そこに記された天職こそ、この世界で貴方たちが生きていく助けとなるものです。戦闘系の職業ならば戦闘に、生産系の職業ならば、生産職に携わることで糧を得て、日々を生きているのです。」
「そこに控えるアラン・ソミスも、農民の家の次男でしたが。万人に一人の”騎士”の天職を見出され、王国騎士へと至りました。」
「ま、待って!ちょっと待って下さい!そんな、そんなことがっ……!」
教育によって若者たちに知識を与え、若者たちが将来なりたい仕事へと進む手助けをする、教師にとってあまりにも理不尽なこの世界のシステムに、愛子は絶叫した。
光輝は嫌な予感がした。思わず龍太郎を見る。
「……龍太郎、この天職っていうのは……」
「ああ。俺は”拳士”だった。たぶん、戦闘系だな。」
「ち、ちょっと待ってくれよ!俺風術士って出てる!」
「…あれー。私結界師って出てるなー。おっかしいなー……」
(イシュタルの余裕は、これが原因だったのか……)
今になって、生徒たちにハジメの言葉が重くのしかかる。
……異世界では、異世界のルールに耳を傾けるべき。
天から与えられた職業を持つ存在。そんな存在が、他の仕事をすることを、それが当たり前の環境で、果たして許されるだろうか?
「人には誰しも、天命が存在します。我ら人は、天から与えられたそれをひたすら懸命に実行することによって、生きることが許されるのです。」
銀色のプレートが、冷たい感触を掌に伝えてくる。
それは、それ以外の生き方を許さないという枷に思えた。
ハイリヒ王国はかなり頑張ってると思います。
愛ちゃん先生の天職と勇者組の迷宮攻略がなかったらどう見ても大赤字……
原作で例の事件があった後引きこもった清水くんとかも養ってたし、ハイリヒ王国も苦労してるなぁ。