時は少し遡る。
畑山愛子との幾度かの交渉の末に、初老の高官は大臣や王の前で愛子たち異世界人の処遇について提案することになっている。彼は、愛子の能力と人格を高く評価していた。
(あの女、元は教師だったと聞く。生真面目で融通が利かないが、職務には忠実ということだろう。真っ当に働ける環境を与えれば、進んで仕事をこなすはず。)
その性格分析は正しい。畑山愛子という女性は戦闘という行為から教師として生徒を守るために、己の職務を遂行しているに過ぎない。
ハイリヒ王国が何故、彼女の気持ちをここまで考慮しなければならないか。
それは、彼女の人格ではなく、天職が原因だった。
魔物たちの活動が活性化し、ハイリヒ王国でも辺境の農村部はかなりの被害を受けた。農村部に救援のための軍を送っても、荒れた畑を耕しまた収穫可能な土地に戻すには早くても三年はかかる。
それを、愛子の”天職”ならば、一年、もしくは更に短期間で回復させられる。彼女一人の存在でハイリヒの食が賄えると言ってもよく、女神のように丁重に慎重に扱うべき女性だった。
会議の前に、高官は当然周囲への根回しを怠らなかった。中でも特に力を入れたのが、王国最強の男、騎士団長のメルドである。
メルドは”騎士”の天職を持ち、戦闘においてはハイリヒ王国で右に出るものはいない。加えて王の信任も厚い。騎士団が発言力を増す昨今の情勢を踏まえて彼には何としてもこちら側で居て貰わねばならなかった。
(反対しそうな連中を、メルドがどれだけ説得力を持って抑えられるか、にかかっている。)
貴族の出ではあるが名家ではなく、古参の大貴族との縁も薄い官僚がやっていくには、時勢を見極めて投資する以外に道は無いのだった。
そして、会議の場では案の定、勇者候補たちの扱いについてが問題となった。
「……協力的になったのはよいが、少々譲歩し過ぎではないのか?
勇者とはいえ他国人。全員が騎士団の下の位、部下として手綱を握るべきだ。」
そう言い出したのは、競争相手である高官だった。
「異世界人たち一人一人を隔離し、騎士団の各小隊単位に組み込んで兵士として扱えばよいではないか。強力な味方を見ることで、兵の士気も一段と高まるだろうに。」
「……それには賛成出来ませんな。」
そう言ったのは、事前に話を通しておいた騎士団長のメルドだった。
「わが王国騎士団では、戦闘にしろ行軍にしろその他の雑事、たとえば補給、住民の救助、残兵の追討や犠牲者の供養などの作業を滞りなく流すことを原則としております。異世界人たちは、いずれ我らの手に負えなくなる。それを担ぎ上げる兵も出るやもしれません。」
「兵たちが反乱を企てるというのか、この状況で?」
高官の憤慨に苦笑しながら、メルドは答える。
「兵が忠誠を誓うのは、一に食糧。二に恩。戦場を共にした異世界人に、絆される兵が出るでしょうな。」
これはメルド自身の体験談でもある。実力はあっても若く、無謀だったころのメルドを快く思わない先輩たちも、戦場でメルドに窮地を救われると掌を返した。
兵士にとって命の恩は重い。そこに恩義を感じない兵など、兵である資格もないと言っていい。
「何より、足手まといの兵を抱えて貴重な戦力が戦死しては、本末転倒ですし、周囲の兵たちも実力以上の戦場に身を置くことになる。」
この世界において、軍や冒険者は四人から六人程度の小隊単位で行動することが多い。
弱い魔物であっても、単純な身体能力やステータスだけなら高位の冒険者や、騎士に匹敵する魔物もいる。そんな魔物に対抗するために、弱兵の時から集団行動を徹底する。
それでも、自分たちの適性以上の領域に足を踏み入れてしまったとき、数の利が機能せず崩壊することがある。
「それでは、無駄死にが増えるだけです。」
弱兵が先に倒れそこから崩壊するか、弱兵を庇った強兵が死に全滅するか。どちらにしろ、最悪の結末と言える。
「……むぅ。では、異世界人たちだけで組ませるしかないと?」
「さようでございます。」
初老の高官は、敵対する高官に対し更に続ける。」
「王国の剣であり盾として、有事の際には全面的に協力すること、また、戦闘系天職持ちの戦争への参加を取り付けております。
現在の段階であれば彼らを騎士団の一員として扱うことも出来ましょうが、いずれ、彼らの力が突出した時、軍団内に居ては害となります。
ですから、騎士団は彼らが戦力となるまで協力する、という形に留めるべきです。」
「懸念される異世界人の裏切りについては、監視を置くことで対応しよう。何か不穏な動きがあれば報告を受け、都度対応する他あるまい。」
会議は高官の思い通りに進んでいる、と言ってよかった。しかし、もうそろそろ詰めの段階に入ろうという時に、話に横槍を入れる男がいた。
「異世界人たちだけで組ませるという話ですが、錬成士は組ませないのですか?騎士団においても、錬成士の力は非常に有用である、と理解していたのですが。」
そう言い出したのは、まだ若く、20代そこそこの貴族だった。本来この席に出る筈もない若さだが、先代の戦死によって急遽後を継いだ若者だ。
「話を聞いていたのかね?生産職では、彼らの戦いにはついてこれない。」
そう失笑する周囲の高官たちをなだめて、メルドは彼に諭すように話す。
「錬成士の重要性については、私もよく理解しているつもりです。破損した武器や防具だけではなく、崩壊した橋、破壊された建物、緩んだ地盤。戦で起きたありとあらゆる不条理を直すことが出来る、非常に重要な天職です。」
戦争とは破壊活動であり、拠点を、人を破壊する行為だ。では、そこに錬成士の居場所は無いのか?
答えは否。
「錬成士が居れば、不測の事態が起きた時にも、対応することはできるでしょう。ですから、錬成士も軍に組み込むべきだと私は最初考えましたが…」
そこで、メルドはこちらを見た。初老の高官は頷くと、メルドに代わり意見を述べる。
「錬成士という職業はありふれております。ありふれているからこそ、騎士団内にも錬成士が所属している。ですが、異世界人の彼には、ありふれていない仕事をさせたい、と思っております。」
「……具体的には、どのような?」
「アイコ・ハタヤマとの協議の結果、異世界の錬成士には彼女の補助として、彼には農業用の農具や、様々な生活用の品を作ってもらうという重要な役割があります。」
これは、初老の高官が愛子との協議の末にたどり着いた結論だ。
異世界には魔法がなく、また、愛子の国には戦争も無いという。このトータスで育った人間にとってそれはあまりに非現実的な、夢のような世界ではあったが、だからこそ戦えない人間なのだ、と彼女は言う。
高官が彼女の意見に賛同したのは、絆されたからではない。
南雲ハジメという練成士の扱いや、異世界人たちの待遇をより良くし、活躍の場を与え、この世界における居場所を作る。その上で、対等な取引だったという体裁を作ることで、愛子の心理的な罪悪感を軽減したのだ。
『戦えないならば、貴方たちの世界で育った知識を、人を殺すためではなく人を救うために役立てて欲しい。』
高官はそう愛子を説得した。
「ふむ。騎士団で戦わせるより、そちらの方が利があるということですね。」
「さようでございます。」
……こうして、南雲ハジメと畑山愛子は、戦闘という地獄から一抜けしたのだった。
本編で何でクソ低ステータスの生産職が戦わされたのを真面目に考察すると、王国側は南雲くんに死んでほしかったんじゃないかってなる。
南雲くんの能力とか出来ることを良く知らないと、ありふれた職業の癖に国家予算使ってる場違いな人になるし。
光輝くんは南雲くんに死んでほしくなかったから図書館でとにかく必死でレベル上げろよって言ってた説