檜山たちがハジメに絡んだ次の日。ハジメはきちんと登校した。当然、今日も寝不足でだ。
(ああ……憂鬱だなぁ……)
面倒な人に目をつけられたと思えば、柄の悪そうな不良にまでターゲットにされかけている。段々と自分の頸が閉まっていくような閉塞感を感じていた。
しかし、ハジメの座右の銘は”趣味の合間に人生”。両親の仕事の手伝いだって辞める気は無かったし、学校だって休む気はなかった。
そうして始業3分前に教室に入り席につくと、今日はいつもとは違う人が声をかけてきた。
「おはよう、南雲。間に合ったな。」
「あ、おはよう。えっと……?」
ハジメは一瞬言葉に詰まる。まだクラスの顔と名前は一致していなかった。
「衛宮だ。」
「あ、衛宮くん。どうしたの急に?」
ハジメは初めて士郎の顔をじっと見る。確か、前の方の席にいた目立たないクラスメートだ。顔立ちはどこかあどけなさがあり、身長もハジメとそう変わらない。
「ん。まぁ、ちょっと押し付けがましいんだが、こいつを飲んでみてくれないか?」
そう言って、士郎は水筒を差し出す。
「……これって、コーヒー?」
中には、多めの牛乳で割ったであろうコーヒーが入っていた。量は少なく、すぐに飲み切れそうだ。
「ああ。コーヒーは駄目だったか?」
「はは…いや、いいよ。いただくよ。ありがとう。」
「そうか、良かった。」
ハジメは嫌な事を曖昧に笑って誤魔化す癖がある。少し嫌なことがあっても、自分が笑って誤魔化せばそれで済むのだ。
別にコーヒーが嫌いなわけではないが、いきなり押し付けられて不快にならない訳ではない。ハジメはコーヒーを飲み干すと(どうでもいいがインスタントではなかった)、士郎にお礼を言って席に戻ってもらった。
(何で僕に構うんだよ……そっとしておいてくれよ。)
そうして、その日も授業が始まった。
「……何だ南雲。ちゃんと起きれるじゃないか。」
という教師の言葉を最後に、コーヒーのせいかどうかは知らないがハジメは四限までを眠らずに終えた。二日目以来の快挙である。
「……あんなんで良かったのか……」
「ま、あんなもんだろ。良かったじゃねぇか。これで平和になんだろ。」
昼食の時間、学生食堂で光輝は自分の苦労は何だったのかと頭を抱え、龍太郎に慰められていた。
「いや、それは無いでしょ。」
と能天気な男子に釘を差したのは、彼ら二人の幼馴染である八重樫雫だ。怜悧な瞳を呆れたように正面に座る光輝に向けている。
「……やっぱりそう思うか、雫?」
「弱い者いじめをする奴なんて、粗を探してまたやるに決まってる。」
過去に虐めを経験した雫としては、男子たちが虐めを初期の段階で収めよう、という気持ちだけは評価している。一度”虐めてもよい”という風潮が出来上がると、それを止めるのは困難になるからだ。
だが、光輝には過去に雫の虐めを止められなかった前科がある。雫はその経験を忘れてはいない。
下手に干渉するよりも、そっとしておいて問題になった時に証拠を揃えてから大人である教師に解決を任せたほうがいい、と雫は判断していた。
「大丈夫だ。士郎が何とかする。」
そう言う光輝の顔はどこか晴れない。自分の不始末の尻拭いを友人にさせているのだから。
士郎から提案を受けたとき、何度もやめた方がいいんじゃないか、と忠告したほどだ。
それでも最終的に折れたのは、現状より悪くなることはないという計算があってのことだが。
「……あれ、そいや今日は士郎のやつどうしたんだ?」
そう龍太郎が疑問をこぼす。入学してからずっと、学生食堂で一緒に飯を食べていた筈なのだが。
その士郎は、南雲ハジメの席にいた。持参した弁当を抱えて。
(いや、何で来るの……?)
「ちょっと作り過ぎちまってな。良かったらどうだ?」
(事実上の強制ですね分かります。)
光輝と衛宮は、教室で弁当を食べている女子たちからハジメの情報を得ていた。別に聞きたくなかったのだが、悪い意味で話題となっていたので、ハジメがゼリーで食事を済ませていることは分かってしまった。
ハジメは必要な栄養を摂取していなさすぎる。栄養の不足が、睡眠不足や、体育での低成績に繋がっているのだった。
「衛宮くん、南雲くんのおかんみたいだね?」
そう、南雲に近い席の谷口錫が茶化す。クスクスとした笑い声が、弁当組の教室に響いていた。
ハジメの昼食といえば、すぐに食べられる携帯食だ。いつもはそれで食事を手早くすませ、屋上で昼寝するのだが。
「はは……いただくよ、衛宮くん。」
内心で湧き上がる怒りをこらえ、ハジメは衛宮のもってきた弁当を食べた。
その光景を見て、しまった、その手があったのに、と白崎香織が歯噛みしていた。学園一かもしれない美貌が台無しである。
過剰なカフェインは体に毒です。マネしないでください。
体調管理の基本は適度な睡眠、これ絶対。
そして今回一番割を食ったのは南雲くんと白崎さんですね。
南雲くんが声をあげないと現状が変わらないという。