「ハタヤマ殿。」
生徒たちが訓練に明け暮れる中で、愛子とハジメもそれぞれの訓練に明け暮れていた。愛子は手始めに”作農師”の天職で庭園の薔薇を見事に咲かせてみせ、ハジメは王宮付きの職人たちが付きっきりで錬成についてあれこれと指導をしていた。
そんな中で、愛子の下を訪れて話しかける人間が一人。愛子付の騎士は彼が初老の高官であることを確認し、すっと身を引きながら愛子の表情を観察する。愛子の顔に不安や怯えといった色はなく、高官とは信頼関係を構築出来ているようだった。
「殿は結構です。私は、そう呼ばれるような人間ではありません。」
「では、ハタヤマセンセイ。こちらは、メルド団長より報告された”クラスメイト”たちの訓練の進捗をまとめたものです。お役立て下さい。」
子供が考えるより、大人たちは仕事をしているものだ。訓練中の生徒たちの態度は騎士たちによって観察され、その素行や言動から、兵士としての適性があるか、王国にとって信頼に値するかどうか、注意深く検討されていた。
もっとも、現状では兵士としての適性が薄くても戦闘職であれば前線に出さざるを得ない。それほど、異世界人たちの持つ潜在能力は優れていた。
「……ありがとうございます。本日は特に問題は無かった、ということですね?」
愛子は苦い思いを噛みしめながらそれを受け取る。目を背けてはならない。これは、自分が生徒たちを守れなかったという証であり、これから生徒たちに何があった時、愛子自身が責任を持って生徒たちの精神面だけでもサポート出来ればと思い、訓練中の様子を教えて欲しいと申し出たのだ。
もっとも、これが本当に正しい情報なのかは生徒たち一人一人と話をしなければ、分からないだろうが。
「どうかね、アラン君。騎士団の同輩たちは、しっかりと勇者殿たちを見守れていると思うかな?」
初老の高官は書類の内容までは知らない。なので、任務にあたっている騎士たちの同僚に声をかけた。
「お恥ずかしながら。」
騎士、アランは苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「連中はサボれるとなれば任務だろうが何だろうが、とことんまでサボります。あまり信用せん方がいいでしょうな。」
「そんな無責任な。」
生徒の重大事に何て職業意識の低い、と愛子は憤慨する。
「まぁまぁ。それだけではないのだろう?」
(冗談が通じぬのも考えものだな。ハタヤマ殿も随分と気を揉んでおられるようだ。)
「これは失礼いたしました。そうですな。我々軍人の見識が、貴方たち勇者様の見識と比べてずれている可能性があります。ですから、問題を問題だと認識しない可能性はございます。」
アランは高官の非難の眼差しを受けて、愛子に謝罪しこう言った。
「……では、騎士さまから見て”問題のある”人間とは、どういった人なのですか?」
愛子もこの数日で、愛子の価値観とハイリヒ王国側の価値観に差があることは理解している。それを踏まえて行動するしかないのだが、分からないことはとにかく聞くしかない。それで、正しい答えが返ってくるかどうかは相手次第、相手の言葉を信じるかどうかは自分次第だ。
「そうですな。真面目過ぎる人間、力の使い方を理解していない人間、小賢しい人間、でしょうか。」
「それは、どうしてですか?軍人でなくとも、当たり前のことだと思うのですが。」
愛子も社会人として、真面目過ぎる人間や小賢しいだけの人間が邪魔になることは良くわかる。だが、どうして”軍人の視点として”なのだ。
「真面目過ぎる人間は、無茶な命令にも平気で従って仲間を危険に晒します。
力の使い方を理解していないバカは、大事なところで前に出過ぎて仲間を危険に晒します。
小賢しい人間は、上官の命に背いて集団の輪を乱します。戦場での混乱は命取りになります。これらの人間は」
アランは、さっさと殺すに限る、と言おうとしてやめた。
(やれやれ、俺も小賢しいだけの無能だな。)
だからいい年をして平の団員なのだ。
「早めに目をかけてやって、矯正していくべきでしょう。」
実際のところ、騎士の生まれではなく、恵まれた戦闘系の”天職”というだけで騎士団へ迎え入れられた若者はこのどれかの要素のひとつ、あるいは全部を持っていることが多い。
そういった人間たちを、それなりに長い時間と費用をかけて矯正し騎士にしていくのが教育というものだが、今この世界では圧倒的に時間が不足していた。
「生徒たち一人一人に個性があります。それを殺したくはありませんが、生き残るためには必要なこと、ですか?」
「殺っておくべきです。」
仕事においてそれらの個性など不要。それは、職業軍人としてのアランの意見だった。
「ハタヤマ殿。何かあれば、私に声をおかけ下さい。騎士団長のメルドとは懇意にしております。彼にも、私から伝えることは出来ます。」
そう初老の高官は、自分の娘に話すように愛子に優しく語りかけた。彼としては、愛子には”天職”による生産活動に注力してもらいたい。しかし、愛子の心理的なストレスを取り除かなければ、先に愛子が潰れてしまうのではないか、という恐れも彼にはあった。
教師としての仕事は、愛子にとっても絶対に必要なことだとハイリヒ王国側も歩み寄ったのだ。歩み寄り続けてくっつきそうな勢いで。
実際、ハイリヒ王国民である彼にも、アランにも理解できないが、愛子の心労は多大なものがあった。
泣き言など言っていられないのだが、愛子だって新任教師である。自分より社会人としての経験も豊富な格上の相手に対して、命を握られた状態で臆さず対等に話すというのは相当のストレスだ。
愛子にその自覚はなくても、ストレスを発散するための仕事は必要なのだった。
「いいえ、結構です。生徒たちと話すことが、私の天職ですから。ただ、もし私にも対処できない問題があれば、お力添えをいただきたいと思います。」
そう言って、愛子はハイリヒ王国側の厚意を断った。願わくば、ハイリヒ王国の力をこれ以上借りたくない、と思っている。
「ハタヤマ殿。人を頼ることは、けして悪いことではありませんぞ。」
その言葉も、愛子にはハイリヒ王国に依存すればするほど、生徒たちと王国との距離が近付く、としか思えない。愛子はそれを申し訳なく思う。
「……ありがとうございます。」
愛子は初老の高官に頭を下げて、資料に目を通し始めた。
子供を戦争に行かせている、という罪悪感が耐えず愛子を襲っていた。
資料を確認する愛子を眺めながら、アランは思う。
(”天職”以外で、適職を持った人間が異世界には居るのだな。)
と。
軍人さんの意見はとあるライトノベルのものをパクった上で付け加えています。
3つの要素は結構な人が当てはまると思う。