ので、南雲くんサイドのお話です。
「よ、南雲。今日はもう仕事終わったのか?」
「うん。師匠が先に上がれって。清水くんも早かったんだね?」
大広間で、ハジメと幸利は一緒に夕食を済ませていた。酸味のあるソースで味付けされたハムを目の前の大皿からよそい幸利に小皿をわたす。自分の分はもうとっていた。
「サンキュ。俺はほら、魔法系の後衛職だから。後衛って、休むのも仕事のうちだし」
実際、幸利の体は空腹を訴えている。一も二もなくハムを書き込むと、よく煮込まれたシチューを口に詰め込む。
ハジメも笑いながらそれを肯定する。
「いざって時に疲れて、魔法が使えないと困るもんね」
「そーだぜ?今日だって、俺の魔法のおかげで檜山たちにも勝ったんだ。檜山たちは俺の闇魔法にビビり散らかしてなんのって!」
「……へぇ」
幸利が盛った自慢話を語ろうとした時、後ろから肩を掴まれた。
幸利が恐る恐る後ろを振り向けば、そこに居たのは檜山たちだった。
「誰が誰にビビったって?おっかしいなぁ、清水くぅん。俺はビビった覚えはないんだけどなぁ」
檜山がドスの効いた声で幸利に脅しをかける。実際、檜山は幸利にも士郎にも、女子二人にも臆したことはない。
単純に勝利を焦り、不利な戦況で余裕を見失い、勝機を逃しただけだ。
「俺はお前には負けてねぇよなぁ」
「そうだそうだ。俺たちは中村と衛宮にやられたんだ」
近藤と斎藤もそれに便乗する。何も考えずに反射的に檜山に便乗するその姿はいっそ格式美とすら言える。
(……)
いつもならそれに乗っかる中野は、内心複雑な思いで傍観する。幸利の闇属性魔法によって敗北したという自覚がある分、何も言えないのだ。
そして、中野は檜山たちにも何も言えない。自分たちのような何もかもが中途半端な不良にとって、一番大事なのは面子だ。敗北は恥ではないが、『ビビった』というのは沽券に関わる。
要するに、プライドがあるのだ。
「ビ、ビビッてはないです……」
「清水くんは悪気があったわけじゃない」
幸利が一も二もなくそう言ったあと、ハジメが幸利をフォローするように檜山に反論する。幸利に先ほどまでの威勢は消え、今は助かりたいという一心のみである。
(い、いいだろ少し位調子に乗ったって!)
そう、幸利は友達の前で見栄を張っただけだ。ちょっと調子に乗り過ぎたとか、周囲が見えなくなっていたとか、ハジメと二人の部屋で自慢すべきだったとか、そんな後悔が頭をもたげるが、もう遅い。
檜山は幸利ではなく、ちらりとハジメを一瞥すると、鼻で笑って背を向ける。
「……ならいいんだよ。俺らはなぁ、命張ってんだよ。どっかのホワイトカラーと違ってな。ビビッてなんかいねぇ。行くぞ、おめーら。こんなとこで喰いたくねーぜ」
(……)
ハジメは内心で思うことはあったが、檜山にそれを言う必要もない。何も言い返さなかった。
「え、大介よぉ飯はどーすんの?」
近藤はここで食べる気だったのだ。
「メイドさんに持ってこさせりゃいーだろ。おーい、お嬢さん、こいつを俺らの部屋まで運んでくれませんかね?」
「畏まりました。量はいかほどにいたしましょう?」
「俺らめっちゃ喰うんで山盛りでオナシャス!」
「あと茶もつけてもらえます?」
中野も便乗して注文する。メイドさんはにこにこと笑って彼らの注文を聞いていた。
「あ、大介、俺はここで喰いたい。残っていいか?」
「おー好きにしろよ良樹」
檜山と近藤と中野はメイドさんに注文だけすると、もう興味はないと大広間を去った。
唯一、斎藤だけが残った。彼は何を思ったのか、幸利たちに話しかけてくる。檜山グループの風術師であり、模擬戦では士郎の弓を途中まで封殺した男だ。
「いやー、うちのリーダーが悪いね。なんせほら、あれじゃん?大介たちは前衛じゃん?だから、後衛組の気持ちとか生産職の苦労とか理解出来ねーし、ビビってるとか思われて舐められるのは我慢できねーんだよ」
ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべるこの男に幸利は困惑し、ハジメは嫌悪感を抱いた。
(……いやお前さっきまであいつらと一緒に……)
「だからって脅される謂れはないよ。悪いと思ってるなら止めてくれないかな?」
ハジメだって怒るときは怒る。自分ならばまだしも、友人が一方的に脅されるのは気分がいいものではなかった。
それを聞いて斎藤は肩をすくめる。
「それはほら……分かるだろ?こんな状況だし、俺だって自分の友達は優先して大事にしたいんだ。」
(なんか鏡を見てる気分だな)
幸利は斎藤に嫌悪感を抱いていたが、同時に分かる部分もあった。命をかけて戦うのであれば、信頼のおける友人を大事にしたい、と思うのは当然だ。
それが分かっているから、多分こいつは檜山のためにここに残ったんだろうな、と幸利は思う。
(虫がいいんだよ……!)
一方で、ハジメの中の檜山や目の前の斎藤らに対する嫌悪感は消えない。入学早々に虐められかけたこともあるが、それ以上に目の前の斎藤というクラスメイトの本質をハジメなりに嗅ぎ取っていたからだったのかもしれない。
斎藤の内心はこうだ。
(大介についていけなくなったら、他のグループにも入れて貰わなきゃ)
と、保身的な考えをしていた。
斎藤は檜山たちとつるんでいる不良だが、檜山に負けず劣らず性格は悪い。人間四人集まれば派閥は出来るし、交友関係の差も生まれるというもので、中野はともかく近藤からはあまり好かれてはいない。友人の数の少なさではクラスで幸利に次ぐだろう。もしもこの先檜山に何かあったら、クラス内での居場所が無くなる可能性が高いのだ。
だから、自分のためにも周囲との人間関係は保っておきたかった。
そして狙い目が、クラス内でもお人好しで通っている衛宮士郎。もしも檜山が駄目だったら、衛宮にでも助けてもらおう・
……そんなことを内心で考えていたのである。
風見鶏。
それが、風術師である斎藤の本質である。
「まぁ、友達を大事にしたいって気持ちは俺も分かるよ。」
幸利は何となく斎藤のことを友人思いの奴なんだなと思ってそう答える。集団での脅しというにはすぐに終わったという部分もあるし、そもそも自分も調子に乗っていたところはある。この先肩を並べて一緒に戦う相手をそう邪険に扱うことも出来なかった。
結局、このことは幸利の中でも無かったことになった。ただ、ハジメの中でクラスメイト達に対する微妙な不信感はあった。
(ホワイトカラーって何だよ……意味をちゃんと調べてから言えばいいのに)
ハジメは召喚されてから、午前中は皆と一緒に講義を受け、午後は愛子先生の補助として錬成師の師匠をつけてもらって錬成の訓練や、こちらで使えそうな農具の図面を引くために図法を教わったりもしていた。ハイリヒ王国はヤード・ポンド法ではなかったので、練習すれば作図は出来そうだ。
本職の職人の指導を受け、愛子のための農具作成業務という重要度の高い任務を任されていることもあり、ハジメは錬成師だからと軽くみられることも納得できていなかった。
そうやって愛子先生の補助をするハジメに対して、もっと先生を助けろと言ってくるクラスメイトも居る。初日以来、愛子先生派となった園部たちだった。少し前までは白崎さんのことでハジメと幸利を邪険に扱っていたのに、現金な奴らだとも思う。
そういう内心を、ハジメは自室で幸利に打ち明けていた。幸利も幸利で、パーティを組んだ女子二人とどう話せばいいか分からない、と言っていたので、ハジメなりに真摯なアドバイスをした後のことだ。
「すげぇな、もう図面とかひけんの?」
「親方からは駄目だしばかりだけどね。あと、声も小さいって怒られた。」
「うへぇ。きっついなぁ。」
職人の世界は上下関係に厳しく、ハイリヒ王国の宮廷付き錬成師の世界も、ハジメの苦手な体育会系だった。
ただ、親方の指導内容自体は至極真っ当だ。図面というものは他人に見せるためのものなのだから、形式を守るのも当然。
ハジメも異世界で一つの壁にぶち当たっている。それを、生産職ですらない外野にとやかく言われる筋合いは無かった。
ハジメは元々、喧嘩になったとしても暴力を選ぶくらいなら無抵抗を選ぶ。それを曲げてでも口での反論を選んだ結果友人が出来たことはあるが、戦場という話し合いが通用しない環境で自分が役に立てるとは思えない。
だから、生産職として仕事をしているというのに、現場の人間はそれお理解しないのだ。
そんな愚痴を聞きながら、幸利は思ったことを口にする。
「……もしかして、ハジメも戦いたかったのか?」
「いや、そういう訳じゃないよ」
ハジメは即座にそれを否定するが、幸利は言葉通りには受け取らなかった。
(……クラスでハジメ一人だけハブられてるの、やっぱキツイもんな。)
ハジメが戦場に立たないことになったのは畑山先生の交渉の結果だ。そもそも生産職なので前線に出す方がおかしいのだが、それでクラスメイトから批判的な目で見られるのは理不尽だ。
檜山の、前線に立たない人間を見下すような理屈は、光輝や龍太郎や士郎などならば笑って相手にもしないだろう。
だが、人間は弱い生き物だ。
大多数の人間は、枠から外れた人間を爪弾きにするし、特に何も悪いことをしていなくても、枠から外れているというだけで一緒になって笑う。
それを、幸利はよく知っている。
だから、ハジメに一つ提案をした。
「……なぁ、ちょっと一緒にコソ錬しないか?」
「え、コソ錬って?」
「訓練場に行って、二人で攻撃魔法の練習しようぜ。どうせ誰も居ないだろうし、バレなきゃいいだろ。」
「……いや、でも、何かあったら危ないんじゃ……」
「俺たちの攻撃魔法じゃ、すぐ消えるって。訓練場は広いし、派手な音さえ出さなきゃ大丈夫だ。それに、折角のファンタジー世界なんだぜ?」
幸利の提案は、二人で気晴らしに魔法の練習をする、というもの。
それは訓練ですらない、ストレス発散のためのちょっとした息抜きだった。
「…まぁ、それ位なら、いいのかな……?」
そしてハジメはその提案に流された。ハジメも一人のオタクとして、攻撃魔法には興味があったのだ。
たとえ戦うという気が無くても、魔法を使えるなら使ってみたいという少年の心を持っていたのだった。
この作品内のハイリヒ王国的には錬成師として生産現場で仕事してくれる南雲くんはありがたい存在です。
当然現時点の南雲くんは素人なので現地の本職からしたら駄目な部分も多々ありますが、南雲くんにはものづくりに対する熱量があります。伸びしろを込みで期待しているからこそ厳しく接しています。