士郎が谷口鈴によって、クラスのお母さんとしての地位を確保してから数日。
なぜか香織まで手作りの弁当を持参し、ハジメにそれを分けようという一幕があった次の日。
ハジメは、睡魔に負けることもなく無事に一限目の授業を終えていた。
他人から干渉されたくはないのだ。朝はコーヒーを持参し、昼は購買で適当なパンを買って、平凡な学校生活を送るつもりだった。
(……よし。今がチャンスだ。)
休み時間、士郎が龍太郎と雑談しているのをこれ幸いと、持参したライトノベルを鞄から取り出す。3年も続いた人気作の新刊だ。
教室内での暗黙の了承として、休み時間に本を読んでいる人には話しかけない、というものがある。今忙しいんだからほっといてね、ということだ。
香織からも士郎からも干渉されたくないハジメが選んだ策こそこれだった。断じて話し相手が居ないというわけではない。
そうして読書にふけっていたハジメは、後ろからの睨みつけるような視線に気付かなかった。
一方そのころ、士郎は龍太郎と腕相撲をしていた。
「あー、やっぱ腕相撲では龍太郎には勝てんなー。」
「うっし。購買のパンを半分やるから、俺にも弁当をちょっと分けてくれ。実は気になってたんだよな。」
「分かった。ただでやるつもりは無かったんだが……もっと筋肉をつけるべきか……?」
「肉を喰え肉を。」
士郎は外見よりは腕力にも自信がある方だったが、流石に龍太郎は相手が悪すぎた。三本連続のストレート負け。弁明の余地もない完敗である。
「あんたら中学生?」
「仲がいいね二人とも。」
雫と香織がほほえましくそれを見守り、光輝が一限目の要点を中村という女子に教えていた。何となくこんな風景が、これからの日常になるのだろう。
「……でも衛宮くん、何で南雲くんに弁当売りまでしたの?ぶっちゃけ異常よ?」
雫は、ふと湧いた疑問を口にする。
聞けば、あの弁当は士郎のお手製だという。いくら光輝のためとはいえ、そこまでするかと気になっていたのだ。
それこそ香織のように、好意のある相手へのアピールとか、仲のいい友人と一緒に食べるとかなら分からなくもないのだが。
「まぁ、南雲が食べてないのを見て、昔を思い出したというか。ほっとけなくなってな……」
士郎が見た南雲の姿は、昼休みにゼリーを啜るだけの姿だった。
「そういうの、お節介って言わない?」
「む、そうか?……分かった、気を付ける。」
と、そんなやりとりをしていた時。龍太郎の視線が何やら険しくなっているのに気付いた。
「うん、どうした龍太郎?」
「……皆、後ろを見てみろ。」
龍太郎の視線の先を追うと、ハジメの席の周りに檜山がいる。そして、その周りには前より多い二人のクラスメート。
「檜山と、斎藤と近藤か?」
雫の懸念が、的中しようとしていた。
次の休み時間になっても、檜山たちは南雲の周りを取り囲んでいた。ただし、。
「私、ちょっと南雲くんに大丈夫か聞いてくるね。」
今にも駆け出しそうな香織を、雫が必死で押しとどめた。
「まぁ待って香織。聞くなら鈴のほうがいいんじゃない?」
ハジメならまず間違いなく曖昧に笑うだけだろう、と雫は推測していた。
「谷口さんなら何か知っているかもしれない。俺が聞いてみるよ。」
そして光輝が聞いたところによると、ライトノベルを読んでいたハジメに、檜山たちがちょっかいをかけた、ということらしい。
「何だそら……下らねー……」
小学生かよと龍太郎が呆れて呟く。授業の邪魔をしたわけもない奴に、一体何をやっているのか。
「ところで、俺はそのライトノベルというものについてはよく分からないな。皆分かるか?」
「さあ?」
「いや、分からん。」
「私も。」
「うん。」
残念ながらこの五人にライトノベル愛好家はおらず、問題の本質を理解出来ているものはいなかった。
そして香織によるハジメへの弁当攻勢の後、昼休憩が終わり、五限目の休み時間になった。ハジメは”趣味の合間に人生”という鉄の精神で、ライトノベルを読もうとしていた。
(……他人に僕の何が分かるっていうんだ。)
言いたい奴には言わせておけばいい。何かを言われても、曖昧に笑ってやり過ごせばいい。そのうちきっと、飽きてこちらに干渉しなくなる。
そうして、ハジメがライトノベルを読もうとしたとき、また檜山たちがやってきた。
「うわー見ろよ近藤ぉ。南雲のやつまーたラノベ呼んでやがるぜ!」
「まじあり得ねぇ―わー。キモ過ぎて引くわー。」
「うわー。不真面目な奴は頭まで不真面目なんだなー。」
そう言われるのも構わず、次のページをめくろうとする。しかし、手が微かに震える。
(気にするな、気にするな。気にするな…)
自分は何も悪いことはしていない。だから、何も気にする必要などない。
「……ちょっといいか。」
「あ?ンだよ衛宮ぁ。」
「今俺らが南雲くんと遊んでんだぜ?」
「悪いな檜山。俺、南雲の呼んでる本に興味があるんだ。そこをどいてくれないか?」
「…はぁ?」
それは、檜山に対する士郎からの宣戦布告ともとれる。周囲の空気が一斉に冷え込んだのを感じた。
「いやいやいやマジあり得ねぇーだろ衛宮ぁ。コイツキモオタだぜ?読んでるのもマジキモイって。」
そういった檜山たちの嘲笑と侮蔑を、士郎はばっさりと切り捨てた。
「で、それが何か問題なのか?」
と。
(……!)
「人の趣味なんてそれぞれだろ。授業外でのことに他人が口を出すもんじゃない。」
(……!!)
「好きなことなら、それを堂々と言えばいい。」
「いやいやいや俺はさぁ。クラスメートとしてさぁ。友達に助言してやってる訳よ。俺と衛宮と何が違うってんだよ?なぁ南雲ぉ。」
そう言って、檜山はハジメの肩に手をかけた。
「……」
ハジメは。
「……僕は、衛宮くんのことを迷惑だとは思ったよ。」
と言った。
檜山たちの笑い声が周囲に響き渡る。
「でも、檜山くんたちは邪魔だ。それに、友達じゃない。」
「あぁ?」
檜山がハジメの肩に力を入れようとした時、強い視線を感じた。
(!?)
視線の方を見れば、それは光輝の相棒の龍太郎だ。こちらを殺さんばかりに睨みつけている。
(よく言ったぜ、南雲。)
坂上龍太郎は、脳筋を地で行く男である。彼は、自分のことをお人好しではないと自覚している。光輝のように正しいことを進んで実践することも基本的にはしない。
だが、真面目に歩もうとしている人間や、周囲に迷惑をかけずに道を歩もうとしている人間が、軽々しく踏みにじられるのは許さない。
そうあろうとしていた部活が、そういう人間によって駄目になってきたのを見てきたから。
ましてや、親友の言葉を武器にして他人を踏みつける人間に遠慮する必要はない。
「き、今日はこれ位にしといてやる……」
檜山たちに、自分より強い人間に立ち向かう勇気などない。
ハジメはその日、檜山たちから解放された。そして。
「あ、あのさ、俺、清水っていうんだけど……南雲。お前は、キモくないと思うよ。」
一人、友達が出来た。
清水くん視点の衛宮くんは”オタクに優しい人”
南雲くん視点の衛宮くんは”迷惑な人”
南雲くん視点の檜山くんは”敵"
ここを逃すとぼっちのまま高校生活を送りそうだと危機感を抱いた清水くんのなけなしの勇気が発揮されました
南雲くんは犠牲になったのだ、清水君の犠牲にな……!