(・・・・・・ああ、面白くねえ。)
南雲との一件の後、檜山はそう思いながら友人の中野たちと退屈な日々を過ごしていた。
「檜山くん、大丈夫?顔色が悪いよ?」
そう言ってくれる香織に、檜山は笑って言葉を返す。何て言ったのかは自分でもよく覚えていない。
去り際に、彼女が付け加えた一言は忘れられなかった。
「もう、南雲くんのことは放っておいてね。」
(何で、南雲なんかに……)
檜山大介は、どこにでもいるありふれた不良だった。
彼とて、生まれた時からそうだった訳ではない。
両親からは愛された。頑張れば褒められた。
『凄いな。大介は天才だ。』
その両親の息子を思っての言葉を信じて、自分はもっと出来ると思ったし、子供の頃は、自分が天才だと思った。
しかし、世の中の九割以上の男子が思い知るように、檜山大介は天才ではなかった。
習い事に、勉強に、部活にと頑張って努力しても、必ず敵わない相手がいる。同年代の中で檜山大介は天才ではなく、どこにでもいる凡人なのだと思い知った。
両親に期待されたのに。
自分は何物にもなれない。
そういう時に、人の弱さは顔を出す。
いつしか檜山は、自分より下の相手を見つけて悦に浸るようになった。
下には下がいる。自分は少なくとも最下層ではない。
上手くいかない現実から目を背けるために繰り返したそれは、やがて虐めへと発展していった。檜山は年を重ねるごとに、親や教師に隠れてその自己満足を繰り返すようになった。
人に優しくない人間は、人から優しくされない。
いつしか檜山の周りには、人に優しくない人間が集まるようになり、その中で、檜山は自尊心を満たすことができた。檜山に優しいのは、両親だけとなった。
そんな中で、高校に進学し、白崎香織に出会った。
誰にでも優しい女の子だった。それこそ、檜山にも。
優しくされる価値のない男の子にもだ。
そんな香織が、他とは違う視線を向けているクラスメートがいた。
南雲ハジメ。
なんてことは無い、ぼっちのクラスメートだった。
(……許せねぇ……!)
そう、許せない。
香織に好かれる努力もしていないのに。
香織があれだけ好意を向けているのに。
(何でやつは曖昧な笑みを浮かべていやがる。)
檜山の中で理不尽な嫉妬が沸き起こる。先日の一件など関係ない。
南雲をイジメて、学校に来れなくしてやる。清水とかいうオタクを先に潰すのでもいい。
俺と似たような半端者でしかない癖に、歯向かった衛宮を潰すのもいい。
(そうすれば、香織は誰のものでもない。)
「やあ檜山。体調は大丈夫か?」
そう思っていた檜山に、かかる声がある。その声の主は、このクラスなら誰でも知っている。
「……よぉ天之川。何だよ?女子の面倒はみなくていいのかよ?」
天之川光輝。
香織の幼馴染だという男た。
そして、坂上龍太郎と同じく、このクラスで檜山が絶対に勝てないと確信できる男だ。
「皆元気だから問題はないよ。
それよりも香織が、君のことを心配していたからね。また南雲くんのことを良くない目で見ている、とか。」
「…香織に気に掛けてもらえるとは、ありがてぇな。」
皮肉で返したものの、檜山は心の中で震え上がった。
香織に、嫌われてしまうかもしれない。
(それだけは嫌だ。それだけは……!)
恐怖に震える檜山に対して、光輝からかけられた言葉は意外なものだった。
「檜山が南雲くんを嫌う気持ちは分かる。俺だって、彼の不真面目なところは嫌いだ。けれど、檜山まで俺と同じ間違いをする必要はないんだ。」
「……へっ。言うじゃねぇか。ただの優等生だと思ったぜ。」
なけなしの虚勢を奮って、檜山はそう答えた。
檜山にとって以外だったのは、光輝の言葉が檜山に否定的ではなかったことだ。
「これから長い間同じクラスなんだ。嫌いでも、歩み寄って、折り合っていく必要はあるだろう?別に、仲良くしろと言ってる訳じゃない。」
そう言い放つ光輝の表情に迷いはない。それがまた、檜山にとっては劣等感につながっていた。
(何でこんな顔が出来やがる……!)
それは、自分に自信が無ければできない顔だ。
自分の言葉を信じていなければできない顔だ。
確かな実績が無ければ、出来ない顔だ。そう檜山は思った。
それが、檜山への信頼からくるものであることに、檜山は気付いていない。
(誰だって、変われるはずなんだ。)
檜山はとうとう天之川が直視できず、目を背けた。
「……分かったよ。けど、優等生様はつれぇよな?幼馴染をあんなぽっと出に取られても、クラスのことを考えなきゃだもんな。」
そう捨て台詞を吐いて、檜山は立ち去った。
既に背を向けていた檜山は気付いていない。
その言葉を聞いた光輝が、意外そうな顔をしていたことを。
檜山くんってどれだけ拗らせてても違和感が出ないから書き手としてはすごい便利ですね。