友達の家に初めて行くときはワクワクするよね。
光輝を取り巻く女性たちが去っていき、平穏を取り戻した一行。
彼らは今、士郎の自宅にお邪魔していた。
「士郎の家はこんなに近かったんだな。今まで気付かなかった。
「でも、ここは何度か見たことある気がするわ。まさか衛宮くんの家だったなんてね。」
「橋を挟んで学区が違ったら、そりゃ分からねぇよ。ま、」
「では、お邪魔します。」
「し、失礼します……」
「おう。お茶を出すから居間でくつろいでくれ。」
普通の住宅ではありえない広さの門をくぐり、奥ゆかしき和風の床をスリッパで浸す澄今に向かう。他人の家に上がるのなど小学校以来だった幸利は緊張しっぱなしである。
(人付き合いいいやつって皆友達の家に上がるの慣れてんの?)
そう言いたい気分で一杯だった。
「うわぁ、畳なんて爺ちゃんの家で見たっきりだ。」
「広いねー雫ちゃん。」
「……そうね。うちの道場より大きいわね……」
「俺、士郎は常識人だと思ったんだがなぁ。」
「いやどう考えても変人だったのでは?いや何でもないです。」
一行の中では比較的常識人である雫、龍太郎、清水は衛宮邸の広さにドン引きしていた。一般的な住宅だと思って友達の家を訪れたのに、武家屋敷が出てきたのだ。
「士郎を初めて見た時武士みたいだと思ったけど、間違いじゃなかったな。」
「だとしてもこれはやり過ぎでしょ……」
家の広さ、士郎の世間ずれした態度、そして家の広さを何とも思ってい無さそうな士郎の態度から、一行の中での士郎の評価は固まった。
ーこいつ、お坊ちゃんだな。
(なんかすっっごい露骨な詐欺に騙されそうだよ、衛宮くんって……)
そう南雲は心の中で溜息を吐く。今日は色んなことがあり過ぎた。カレーを食べたら、さっさとお暇してラノベで頭の中をリセットしたい。心の底からそう思っていた。
「お待たせ皆。少ないが食べてくれ。で、何して遊ぶ?」
士郎がお茶とお菓子を持ってやってくる。
「……あ、そうだ。俺、士郎のご両親に挨拶しとかねぇとな……」
「……いや、すまんな龍太郎。今は仕事で留守なんだ。」
「そうか、残念だな。」
龍太郎と士郎のやり取りを聞いて、光輝はふと疑問に思う。
(……あれ、でも待て。士郎は確か。)
自炊していたはず、と思い出した。仕事で不在にするにしても、この広い邸宅に息子を一人で残すのだろうか。お坊ちゃまなら普通はもっと……
(……まぁ、気にすることではないか。)
光輝はあえてそこに触れなかった。皆で煎餅をつまみながら、話題は自然と士郎の家についてのものになる。
「ねえ衛宮くん。この家ってお手伝いさんはいるの?」
そう香織が上目遣いで尋ねると、士郎はどぎまぎしながら答える。
「いや、居ないぞ?家は基本的に俺と藤ねぇで維持してる。」
(いや無理じゃない!?)
武家道場の娘である雫がまず心の中でツッコミを入れる。この広さの住宅を二人で維持など、本気で言ってるのだろうか。
「藤ねぇ?何だ、姉さんがいたのか。」
「まぁな。今日は留守にしてる。」
「どんな人?」
「ああ。こんな感じだ。」
士郎の携帯の中に映っていたのは、陽気な20代の若い女性だった。どこかの海で、30cmほどの鯵を釣り上げて満足そうに笑っている。
(この人、どこかで見たような……?)
「そっか、また会えたらちゃんとお礼言わなきゃ……」
雫は思わず、そう呟いていた。
そこからの時間は、自然と衛宮邸の探索になった。一行を一番楽しませたのは、離れにある道場だった。
「おお竹刀!木刀もある!士郎、剣道をやっていたのか。」
光輝は嬉しそうに竹刀を見る。隅に保管された竹刀は、きちんと手入れされているのが分かった。何より、持ち手に最近人が使った形跡がある。
「昔、少しだけな。俺には才能がなかったんで、諦めた。」
そう言う士郎の表情にも、未練は無さそうだった。
「そういう才能を言い訳にした姿勢は良くないと言いたいところだが。今はいい。この竹刀を使っている人は相当のやり手だな。」
「ああ、それは藤ねぇのだ。」
そういうと、光輝は満面の笑みで雫に問いかける。
「どう思う雫。この人と戦ってみたいと思わないか?」
「光輝あんたねぇ。小学生じゃないんだから慎みを持ちなさい。他流試合は正式に申し込まないと駄目って分かって言ってるわね?」
どうどうと光輝をなだめる雫の姿は手慣れたもので、傍から見るといちゃついているようにしか見えない。
「あ、そうだみんなの道着姿を写メ取っていい?」
「僕ら全然会話についていけないね、清水くん。」
「そうだな南雲。俺が頼れるのはお前だけだよ。」
「いや、そんな卑下することねぇんだぞ?堂々としてりゃいいんだよ。」
そう龍太郎がフォローする。スポーツマンと非スポーツマンの壁を実感する二人だった。
閑話休題。
香織が持ってきたトランプで、大富豪やらUNOやらに興じたあと、一行は士郎お手製の無水カレーをご馳走になった(龍太郎と光輝はお代わりをした)。空腹が満たされたことで、光輝以外の面々は解散することになった。
幸利だけ自宅の方向が違うので早々に別れ、ハジメは龍太郎たちと同じ道を帰る。ハジメの内心は疲労困憊の極致にあった。
(もう絶対、映画館なんて行かないぞ。)
そう思っていると、珍しく雫がハジメに声をかけてきた。
「…南雲くん。あー疲れたって顔してるわよ?」
「…えっ?…はは。やだなぁ八重樫さん。そんなことないよ。楽しかったよ。」
「ふふ。『迷惑だった』んでしょ?」
曖昧な笑いで誤魔化そうとしたところで、痛い所をつかれてハジメは押し黙る。
「……いや、八重樫も責めてるわけじゃねえぞ。むしろ褒めてんだ、南雲を。」
「えっ。どういう事?」
龍太郎にそう問いかけるハジメ。
「堂々と自分の意見を言うってことは割と難しい。でも、それをちゃんと言える奴となら、親友にだってなれる。親友ってのは、本音でぶつかれる奴のことだからな。」
「ま、お互いに信頼関係があった上で、だけどね。」
「私と雫ちゃんも、色々あったもんねぇ。」
そう香織が遠い目になる。
「いや、だから僕は別に……」
親友とか欲しくは無かったんだけど、とハジメは言いたかった。
「ま、あれだ。雫的には南雲を見所がある奴だと思ってんだよ。これから頑張れよ。」
ぱんぱんと龍太郎に肩を叩かれる。ハジメはとりあえず、不承不承ながらそれを受け入れた。
「じゃあ、前から疑問に思ってたことをひとつ聞いていい?」
「お、いいぞ。どんと来い。」
ハジメとしても、やられっ放しは癪だった。言いたい放題言われるだけではなく、最後に一つくらいは聞きたい事を尋ねてやる。
「友達を作って人間関係を作ってって、凄く大変で難しいことだよね?
深く付き合えば付き合うほど、その人の嫌な部分だって見えてくるのに。
自分の嫌なところだって見せることになるのに。
どうしてみんなは、それが出来るの?」
それは当たり前で、そして尋ねるまでもないことで。
そして、ハジメにとっては偽らざる本音だった。
ハジメの中で友達と言える幸利にだって、ハジメは不満がある。全部が終わってからのうのうと出てきた幸利のことを、ハジメはまだ信じ切れていないのだ。
(いつか、裏切られるんじゃないか。)
そんな自分の中の本音が、ハジメは恐ろしい。いつか、この友人関係を駄目にしてしまいそうで。
「俺はそういうの、深く考えたことはねぇな。友達になりたいと思った奴とは付き合うし、そうじゃなきゃ干渉しない。俺の方に非があったら謝る。そんだけだろ?」
龍太郎はそう即答する。彼らしい答えだった。
「南雲くん。それはその人のことを知りたいからだよ。」
香織の答えは、どこまでも優しかった。
「人と人とが友達になる理由って色々とあるとおもう。けど、少なくとも私はそう。知って、もっと好きになりたいから、友達になるんじゃないかな。」
「怖くはないの?」
「私は少なくとも、南雲くんのことは怖くないよ。」
そして雫の答えは、中々に強烈だった。
「欠点を認められるかどうかじゃない?あとは、自分と友達を信じられるか。」
「例えば光輝だって頑固だし、香織だって話聞かないことはあるし、龍太郎はいつも光輝の肩ばかり持つけど。私だってお互い様。それで対等。そういうものでしょ?」
「いや、いつも本当にすみません。」
「ごめんね、雫ちゃん。」
「よろしい。」
「あ、ちなみにこれが衛宮くんの駄目なところ。」
そう言って差し出された香織の携帯には、上下を安物のメーカー品でそろえた士郎の写真があった。
「南雲くんは見せてくれたから、これでよし。」
(いや本人の許可を取るべきじゃないの!?)
そう思ったが、ハジメはただただ感嘆していた。
(……何と言うか、強いよなぁ。眩し過ぎる。)
そう思いながら、ハジメはお礼を言った。
「変なこと聞いてごめん。
……ありがとう。」
友達をつくるのに理由なんていらない