オークに育てられた女騎士   作:中島ささかま

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他の若いオークと一緒に成人の儀に参加したビエンはオークの実態を目撃する。


血の狂騒と儀式の終わり

ビエンとミミゲルは戦闘訓練をして過ごし、日が暮れるとご飯を食べて眠り、朝を迎えた。

ビエンが伸びをしながら起きると、少し離れたところでミミゲルも起きたところだった。

ミミゲルは朝の匂いを嗅ぐような仕草をしながら辺りを見回すとビエンの方を向き直した。

「そろそろ散らばっていた若者を連れてみんな帰ってくる。ヤツらは一日中走りまわってるが、つかれてはいない。なんせ血の狂騒中だったからな。よくわからないままここに戻ってくる。お前も血の狂騒について何も知らないつもりで聞いてくれ。

 

そう言うとミミゲルは指笛で大狼を呼びよせた。ビエンを乗せて大狼の鼻面に何やら嗅がせると大狼の尻を叩いてビエンを運ばせる。必死に大狼につかまるビエンの背中越しにミミゲルの声が聞こえた。

「土煙が見えたら指笛を短く3回ふけ」

ビエンは「わかった」と答えたかったがしがみつくのが精一杯で唸り声をあげるのがやっとだった。

大狼は村の若者たちの憧れだった。親に狩や戦闘訓練に連れて行ってもらった時に見かけたり、村同士の連絡に兵装を身に纏った大人たちが出入りする時に見かけたりする大狼はことさらかっこよくみえたものだ。その大狼にまたがっている。

高揚感や優越感などを感じる余裕もなく、ただただ振り落とされないようにしがみつくことに専念しながら、目の前のミミゲルの大きな背中越しに土煙が上がっているのを見逃すまいと心がける。

と、岩陰の向こうに土煙が上がっているのが見える。見間違いではいけない、もう一度しっかり見て土煙だと確信して、手を口に持っていく。大狼の揺れか緊張かわからないが、指笛がうまく吹けない。一つ息を吐き、落ち着いて吹くと甲高い指笛が響き渡る。

ミミゲルは土煙が見えてもなかなか指笛を吹かないビエンにヤキモキしていたが、背中から指笛が聞こえたことに安堵する。

土煙の方から指笛が返ってきたのが聞こえると、安心して大狼をそちらに向けた。

ミミゲルの背中越しに土煙が近づいてくる。土煙とともに地響きが伝わってくるのが肌でも感じられた。ビリビリと空気の震えを感じていると指笛を吹いたと思わしきオークが大狼に乗って近づいてくる。

指文字でなにやらミミゲルに伝えると、大狼を駆ると蜻蛉返りをうたせ、先導するように走り出す。

ミミゲルは大狼をそっちに向け速度を緩め出す。先導するオークが大狼を駆って岩を登っていくのをみて、ビエンにしっかり捕まっているよう声をかけ、腰に巻かれている手に力が込められるのを確かめると大狼を駆って登り始める。

岩の頂上には先導したオークとは別にもう1人オークがいた。ビエンが大狼から降りたのを確かめるとミミゲルが話しかける。

 

「まさか巻き込まれたヤツはいないだろうな。」

「全員無事だ。それに、そろそろ血の狂騒ももう終わる。若者達も全員無事に走ってるよ」

 

岩から見下ろすと土煙を上げながら大きな円を描くように移動している若者達が見えた。若者達から離れたところで大狼を操りながら若者達の先頭から届かないところに肉のついたロープを操ると言う熟練の技も見える。

一つの生き物のように動いていたオークの若者達の動きが示し合わせたかのように急に止まる。

若者たちが止まるのを見て、ビエンと一緒に若者たちの様子を見守っていた大人たちが一斉に動き始める。

ミミゲルも戸惑っているビエンを自分と一緒に大狼に乗せると、若者の元へ向かう。

「アイツら正気に戻った。これで今回の目的の本当のところが説明できる。みんなのところに連れて行くから、これからの説明を改めて聞いてくれ。」

ビエンに説明しながらミミゲルが戸惑っている若者たちの元へ大狼を駆って進んでいき、あっという間に到着する。

 

大狼からビエンをおろし、戸惑っている若者たちの間に入って行こうとするビエンを止め、自身も大狼からおりる。

指笛を鋭く甲高い音で長く吹くと、大声で話しだす。

 

「諸君、おはよう。先ほどまで大蛇と戦っていたのに、いきなり知らぬ場所にいて戸惑っていると思う。まずは自身の体を確かめて欲しい。装備が破損していたり、怪我をしているものはいないか?そして誰か足りないということはないか?」

 

ミミゲルの指笛と大声を聞いて戸惑った様子を見せていた若者たちの顔がミミゲルの方を向く。そして各々自分の体を見たり、隣近所でお互いの姿の確認をしたりするのをミミゲルは待つ。

落ち着くのを待ちミミゲルは続ける。

 

「諸君は今まで血の狂騒と呼ばれるオークの根源的な欲が刺激された状態だった。大蛇と戦ったことは覚えていると思う。だが、大蛇と戦った後なぜここにいるのかは全く覚えていないと思う。」

 

目の前にいる若者たちの表情は真剣だ。自分のこと、今起きていることを理解しようとしている姿がみえる。

 

ミミゲルがビエンに語ったことと一部かぶることはあったものの、初めて聞く話であった。

曰く、オークは集団で狩に準じる行為をすると周りにいる生命を食べ尽くしてしまうこと、そのことに気がついたオークたちは長年血の狂騒を制御しようとしてきた。周りの種族との小競り合いでも大問題に繋がったことがあるからだ。

しかし、いくら制御しようとしても血の狂騒は起こってしまう。そこで、何人から起こるのか、時間は?規模は?離れたところにいるオークもまきこまれたら?と血の狂騒についての研究が増えた。

ミミゲルはそこでわかったことを伝えていく。

結局完全な制御はできないこと、血の狂騒になる人数も時間もまばらで巻き込まれたらどうしようもないこと、血の狂騒の間は記憶がないこと、周りで観察するようになってから血の狂騒の最中にいる仲間の様子で終わる瞬間が大まかにだがわかったことが話される。

だから大人たちは大岩の上で若者たちの様子を見ている人数が多かったし、大狼に乗っていたのかと得心が行った。

 

目の前の若者達は真剣な顔でミミゲルの話を聞いている。そして大狼に乗った大人がミミゲルの横に降り立ち、何事か耳打ちするとミミゲルがまた大声を上げる。

「諸君、儀式はこれで終わりではない。これから移動する。我らについて来い。」

というとビエンの横から蜻蛉返りをうってミミゲルを乗せた大狼が走り出す。あっけに取られた若者たちだったが、すぐに走り始める。

ビエンは昨夜のことを思い出し、少し身がすくんだが頭を切り替えてみんなと走り出す。

長距離を走るのは得意だったため、先頭集団に追いつく。周りのオークの様子を盗み見ると、まるで一つの生き物のように動いていた様子とは違い、和やかな雰囲気で走っていることに安心感を抱く。

その安心感を抱いたり、走り出す若者達の姿に怯えてしまった自分を認識した時、今まで感じていなかったオーク達との違いを突きつけられた気がした。

 

遠くに見えていた建物の細かいところまで見えるところまで近づいたところで大人が止まり、若者たちも整列して並ぶ。

建物から右手のない老オークが出てきて残った手を口元に持っていくと、はっきり耳元で聞こえる声で話し出す。

魔法だ と感動すると同時に話の内容に集中する。きっとこれも儀式の一部なのだ。

「私は訳あって守人業を専任させてもらっている、ガズと言う。」

 

守人…村の外に住んでる戦士の呼び名だ。父であるプゴルも何年か前に一度守人の役目をもらって一緒に村の外に住み、友達と遊びにくく、周りに頼るもののいない大変な生活だったが、楽しかった記憶がある。しかしあの生活だけをしている人がいるとは信じられなかった。

 

「みな、先程まで儀式に参加し、何もわからずここまできたと思う。私は血の狂騒の裏面を語るためにここにいる。

血の狂騒では何が起きたかわからない。しかし大人の仲間入りをした高揚感があると思う。そういった気持ちに水を刺すようで悪いが話させてもらう。みんな見てくれ。」

 

ガズは肘から先がない方の腕を高く掲げ若者たちのなかを練り歩く。ビエンの前を通る時に目が合ったが特に何も言われない。しかし、それよりも右手の傷が独特で不思議だった。無理矢理何かに削ぎ落とされたような傷跡なのだ。

全体に右腕を見せ終わると、一息ついてガズが再び話し始める。

「先程の儀式は確かに大人への仲間入りの証だ。しかし、オークという種族の背負っている宿命の証でもある。諸君らには記憶もなく、疲れもない。しかし、記憶がないということは自分が何をしていたのかわからないと言うことである。

諸君らに見てもらった私の右手の傷のつき方を不思議に思ってくれただろうか。」

 

ガズがもう一度右腕を高く掲げて一息つく。

 

「先程の儀式は、血の狂騒と呼ばれる。この右腕は、ある時先程の君達のように血の狂騒から覚めた際、自分で食べていることに気がついた。」

ビエンを含め、みんながざわつく。独り言のように何かを呟く声も聞こえる。

ガズはざわめきが収まるのを待ち、またとつとつと話し始める。

「自分で自分の腕を食べていることにすぐ気がつき、慌てて腕を口からだして周りを見ると、周りには血の狂騒の前に一緒に並んで立っていた仲間が死んでいた。明らかに自分と同じような傷がある死体もある。もしかして自分が?と思ったところで見知らぬオークに声をかけられた。『お前のせいじゃない。周りに誰もいなかったからだ』と。」

 

またガズが一息つく。若者たちは何も言えないで次の言葉を待っている。

 

「血の狂騒はある程度コントロールできるようにはなっている。諸君が無事なのは周りの大人のおかげだ。だが、目覚めて最初に怪我の有無と足りない者がいないか確認されたことと思う。血の狂騒は完全には御せないのだ。

そのことを教えるために私はいる。わたしがまだ若い頃、ある戦争にオーク達が招聘された。この村からも戦士が呼ばれ、初めての本格的な戦闘にワクワクしていた。」

 

そこからガズは話しづらそうにしながら戦争の話を語ってきかせた。

戦場で初めてみた種族、敵の布陣、そこを打ち破った快感。そして…

 

「目の前の敵に対し横面から当たるため大きく引きながら迂回して他のオークと合流し始めたところだ。そこから先の記憶がない。」

 

そして自分の腕を食べていることに気がつくまで血の狂騒の中にいたんだとビエンは気づく。周りのオークたちも気づいたようで神妙な表情を浮かべている。

ガズの話はそれからこの村に戻って守人の役目を得てから毎年儀式のたびに話していることを説明していた。

 

「君達は幸運だ。私の話を聞けたのだから。他の村では伝承を伝えるだけだ。だが、この村でも伝承を伝えるだけになってほしいとも願っている。君たちは私のような思いはしないでほしい。」

 

そういうと、ガズは自分の家に戻って行く。ミミゲルがガズと入れ替わるように現れ、みんなに解散だと伝える。周りの若者達も自分達が体験したことと、ガズが語ったこととを比べ、語り合いながら帰って行く。ビエンも流れに乗って帰ろうと歩き出す。すると、後ろからミミゲルの声がする。

 

「ビエン、まだちょっと話がある。こっちに来てくれ。」このために自分を見える範囲に並ばせたのかと得心しながらミミゲルについていくと、ガズの家に入っていく。

 

「ガズさん、コイツがビエンです。ギーゴンですが、赤ん坊の頃から村に住み、大人も手こずる相手になっているので、今回の儀式に参加させました。」

 

「プゴルからもよろしくと言われてるよ。お前がビエンだね。この村に住んで何年だ?」

 

先程までみんなの前で話していた顔が目の前にある。あまり老齢に達しているオークを見ないので珍しさもあり、まじまじと見てしまう。

 

「はい、えっと…父さんが赤ん坊の私を拾って連れてきてから12年です。」

 

「ふむ。血の狂騒になるオークたちをこの辺では見なくなって久しいからな。初めて血の狂騒になるオークをみてどう思った。見知った顔や友達も中にはいたろう。」

 

答えようとして言葉に詰まる。儀式に巻き込まれた時は訳が分からなかった。ミミゲルから血の狂騒のことを少し説明され、意味はわかったが腑に落ちる前に模擬戦や大人たちのところへ連れていかれ、深く考えるタイミングが今までなかったからだと気づく。

気づいた瞬間、体が震え出した。

 

「それが血の狂騒に出会った恐怖だ。私が先程の話で本当に伝えたかったことだ。いったいどれだけ伝わったのやら… お前は我らの村で生きてきて、大人と同じように生きていけると思っていたろう。しかし、今回で自分は全く違う生き物なのだと分かったはずだ。」

 

ビエンはガズの言葉に何も言えない。現に震える体を止めることができないからだ。ここにはガズとミミゲルがいる。彼らが急に血の狂騒に陥り(おちいり)、自分を襲ってきたら?そう考えずにはいられなかった。

 

「私もそうだった」

ガズの口から信じられない言葉が出てくる。その言葉に呆気をとられ、震えが止まる。

 

「自分もオークなのにおかしいと思うだろう。私は自分の右腕を口にしているところで目が覚め、周りは仲間の死体だらけだった。声をかけてくれた見知らぬオークについて行き、落ち着いた頃に気がついたのは周りのオークへの恐怖だった。ここにいたら血の狂騒に巻き込まれ、友達や家族を食べてしまうかもしれない。見知らぬオークの大切な相手を殺してしまうかもしれない。一旦そう思うと恐怖から逃れることができなくなった。

この村に戻ってからは守人の仕事の意味と重要さに気がつき、仲間への恐怖から逃れるためにも専任することにしてもらった。私は今でもオークたちが怖い。自分が怖い。

皆に語って聞かせたことだが、自分の腕を口に突っ込んでいるところで目が覚め、腕からの痛みを感じて口から出した後の口に残った食べかけの自分の腕の歯触りを今でも思い返す。」

先程も聞いた話だ。しかし、ビエンにはガズの話の意味するところがやっと理解できた。先程一緒に聞いていた若者たちの中で何人が本当の意味に気づいただろうか。

血の狂騒に飲まれるなという警告ではなかった。オークという存在の恐怖を語っていたのだった。

 

「しかし、私はオークだ。オークの中でしか生きられない。だが、お前は違う。」

 

ガズがまっすぐビエンを見据えながら語りかける。

「お前はギーゴンだ。プゴルに連れてこられたと聞く。どこで生き、どこに住むかを選べる。」

そう言うと、ガズはふっと力の抜けた表情を浮かべる。

 

「と、ここまでが今回私の仕事だ。全く、プゴルからの依頼でなかったらこんなことせんぞ。おいミミゲル、わしの仕事は終わりだ。コイツを連れて帰れ。

 

ガズが立ち上がると、ミミゲルに声をかけられガズの家から出る。

ミミゲルがこちらを心配してか声をかけてくるが、あまり会話が弾まない。ポツポツと2,3言話す会話を何回か続けるうちに自分の家に着く。家の前でミミゲルと別れ、声をかける。

 

「ただいま」

 

「おう、おかえり」

いつもと変わらない父プゴルの顔がそこにあった。ミミゲルも終始緊張した様子であったため、儀式に向かうために集まったあの時からずっと感じていなかった日常がそこにあり、儀式のなかで血の狂騒を体験した時から抱いていた自分の緊張がほどけるのを感じた。

プゴルと会った時にも恐怖を感じたらどうしようという懸念が杞憂だったことに安心する。それと同時にプゴルが席に着き、ビエンにも座るよう促す。

 

「さて、まずは謝らせてくれ。なんの説明もせず儀式に参加させたこと、危険な目に合わせたこと、お前が今回感じたこと全ては私の責任だ。すまなかった。」

深々と頭を下げるプゴルの姿がいつもより小さく見える。本当に申し訳ないと思っているのだ。

 

「いいよ、父さん。モジローたちも知らなかったんだから、儀式に参加する前には教えちゃダメなんでしょ?それより、ガズさんに頼んだ経緯とか教えて。」

 

「ガズさんとは、たまにする守人の仕事の時に話すことがあってな。狼が合ったんだ(馬が合うの意)。話してるうちにガズさんの過去を知り、信頼できるとわかっていた。

今回の儀式にお前を参加させること自体、ミミゲルにも反対されたが、オークの中で生きていくにも、ギーゴンの世界に帰るにしても、血の狂騒でオークたちがどうなるかを知る必要があると思った。そして、儀式に参加した後に話す相手として、オークに恐怖を感じているガズさんが一番お前に寄り添えると思ったんだ。」

 

プゴルが説明を終えるとフッと息を吐いて表情を崩す。

『ギーゴンの世界に帰る』その言葉を聞いた時にプゴルの覚悟を感じた。なんのつてもなくギーゴンの国に行ったところで生きていくことはできないし、オークに育てられたギーゴンをそのまま受け入れてくれるところなど思いつかない。ビエンをギーゴンの世界に帰すためには、プゴルもギーゴンの領域にいく必要があり、オークがいることがギーゴンにバレれば殺される可能性が高いのだ。

しかし、ビエンがギーゴンの国に行きたいと言えば、父はそのまま受け入れるだろう。そこまで気づいた瞬間、自分はオークではないが、オークの中でしか生きれないことに気がつく。

常識から何から全てオークに学んだのだ。プゴルは珍しくギーゴンの言葉にも通じていたので、困らないようにとギーゴンの言葉も教えられていたが、正直ギーゴン語はすこし話しにくく、苦手だったがあえてギーゴン語でプゴルに話しかける。

 

「父さん、私はオークに育てられた子どもだよ。みんなが怖くなったのにはびっくりしたけど、それで人間の国に行きたいなんて思えない。一緒にいたいよ。」

 

ギーゴン語で話始めた時にはまた力む様子を見せたプゴルだったが、最後まで聞いて安心した様子をみせる。

 

「よし、そしたら…」とプゴルがいいながら立ち上がると旅をするための荷物を用意し始める。

 

「父さん?」

とビエンが声をかけると、プゴルは旅の準備をしながら答える。

 

「お前を儀式に参加させると決めてから決めていたんだ。お前がなんと決めようと旅に出ようと。

実際、ガズさんが一番困ったのはオークに囲まれて生活することだったらしい。だから守人の仕事であればできたわけだ。

お前が一緒にいたいと言ってくれたことで私も覚悟ができた。オークが一人でいる限りは血の狂騒にはならん。昔オークの学者が調べたところでは2人でもなったと言う記述があると聞いたことがあるが、耳だけ後ろに向けた話だから真相はわからん。」

 

最後に少し茶化して言うが、普段はしない姿にプゴルも緊張していたことがわかる。これが自分の父なのだ。このなんでも出来るようでいて実は不器用な自分の父の微妙な表情の変化がわかって嬉しかった。

 

「ほれ、ボサボサしてないでお前も準備しろ」

 

プゴルに言われて慌てて準備に向かう。しかし、今まで旅に出たことなどない。プゴルの準備しているものを見ると、守人をしていた時の装備と狩に出る時の装備を合わせたような感じだった。肌着は多めに荷物に入れるように注意を受け、荷物袋の隙間に詰め込んでいく。

一通り準備が出来、プゴルの見様見真似で準備したことを伝えると、プゴルが最終確認してくれた。

少しの入れ替えはあったものの、間違った準備はしていなかったようだった。隣のミミゲルに声をかけると、村の西に向かう。

大狼のいる荒野の方向だったので少し期待してしまう。しかし、そんなビエンの期待をよそに、プゴルは大狼を呼び寄せる様子はなくズンズン進んでいく。このまま行くと、コボルトの村についてしまう。

サボテンが群生しているところに着くと、プゴルはキャンプの用意を始めた。焚き火に見慣れない枝を入れると、煙と炎の色が変わる。

 

「これで街道を行く乗り合いトカゲ車に気づいてもらえるはず。あとは待つだけだ。」

 

乗り合いトカゲ車。街道を行く大陸の交通手段だ。いつも走ってるわけではないし、行き先が違えば別の車を待つ必要が出てくる。トカゲ車と呼ばれるが、主な引き手がトカゲなだけで、オークが乗り合い車を仕立てるときは、狼車になる。あくまでトカゲ車と呼ばれているだけだ。

 

荒野の夜は冷える。吹いてくる風を遮るものがないからだ。焚き火の火を消さないよう周りに腰を据える。

しばらくするとトカゲ車がこちらにやってくる音がする。

 

「こんばんは。良い夜だね。このトカゲ車は青旗に白線横だよ。」

 

トカゲ人の御者が荷台に付けてある布を差しながら挨拶をする。

 

「こんばんは。あいにく黄色地に斜め線の方に行きたいんだ。間隔的にどんなものかね?」

 

プゴルが挨拶を返して自分が探している乗り合いトカゲ車を告げる。旗の色と線の色、線の位置で行き先が決まる。大体定期的動いてる車もあるが、買い出しのついでに旅人を乗せる荷トカゲ車も多い。今回は後者だったようだ。

 

御者は突発的に乗り合いトカゲ車にしたようで定期便の時間を知らなかった。

しかし、プゴルと御者がしばらく話し込むと、もっと大きな街道の停留所まで乗せてくれることになる。

 

「さあ、後ろのギーゴンのお嬢ちゃんも乗りな。」

 

御者がトカゲの尻尾の付け根を棒で叩くと車が動きだす。小石に乗り上げるたびにガタガタと揺れる荷台でさっきまでいたサボテン群がドンドン離れていくのを見ると星空を見上げて横になる。

隣のプゴルを見ると御者と最近の街道や市場の様子を聞いて雑談をしている。

ビエンの目線に気がつくと、寝て良いぞと声を掛け、御者との雑談に戻る。

体が不規則な揺れに慣れてきて、少しウトウトとしたらドンっと大きく揺れて目を覚ます旅をしているうちに空が白んできた。

 

「ほい、大きな街道だ。もう少し行くと丘トカゲの村がある。腹ごしらえするならそっちだな。」

御者のトカゲ人に礼を言うと、プゴルは空気の匂いを嗅いだ。一つ頷くと、トカゲ村へ向かって歩みを進める。

 




やっとこさ続きを書けました。血の狂騒の儀式を終え、二人を旅に出すことに成功しました。
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