おりじ☆すとらいくっ!〜私、絶対天敵になります〜   作:あっき54868

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 夢を見ていた。

 

 この光景は忘れもしない、小三の夏休み。

 生まれて初めて、家出をした日のことだ。

 

 あの頃はちょうど両親の離婚間際で、家の中は怒号と何かが割れる音で満ち溢れていた。

 両親の八つ当たりと巻き添えで、いつも全身には痣が絶えなかった。

 

 居場所がなかったのは、家だけじゃなかった。

 

 あまり笑わない、生傷だらけのチビ。

 そんな私を気味悪がって、クラスメイトはみんな避けるようになってしまっていて。

 誰も助けてくれないし、誰にも助けてと言えなかった。

 

 心も身体も痛くて惨めで。

 こんなところにいたくない、ここじゃない別の場所に行きたい。

 

 枕を濡らしながら、夜が来る度願い続けて。

 

 そしてこの日。

 とうとう我慢の限界になって、実際に家出したんだ。

 

 でも、悲しいかな。子供一人で行ける距離なんて、経済的にも肉体的にもたかが知れていて。

 隣の市まで行くことすら叶わなくって。

 

 結局、地元のはずれにある浜辺まで逃げ出すのが精一杯だった。

 

 砂の熱を尻に感じながら、寄せては返す波を見続けること数時間。

 そういえば昨日から、なんにも食べていなかったことを思い出して。

 

「おなかすいた……」

 

 自分の腹から発せられた間抜けな音に、声がかき消されていった後。溜息を吐いた。

 お金もないし、帰ったところであの親が用意しているのは、どうせ罵声と拳だけなのは分かりきってるしで――こんな時までしっかり腹が減る、自分の身体が憎たらしかった。

 

 けど、ほんの少ししたら。なんか怒りも失せてきて。

 次に襲ってきたのは、不安だった。

 

 これからどうなるのだろう。このままここで飢え死にするのか、帰って殴られて死ぬのかな。

 どんな形でもいいけど、苦しい死に方は嫌だな――なんて子供心に思っていた。

 そんな時だったんだ。

 

 レジ袋の擦れる音とセットで、あなたの声が聞こえてきたのは。

 

莉瑠(リル)? どしたの、こんなとこで」

 

 すぐに、誰が話しかけてきたのかは分かった。

 

 なにせあの頃、親からさえも「アレ」とか「お前」呼ばわりされていて――名前で呼んでくれたのは、あなただけだったから。

 

「鏡さん……」

 

 小学生になってからずっと同じクラスだった黒髪の子――鏡ナギ。

 

 友達もたくさんいて、家族の仲も良好。おまけにスポーツ万能で頭もいい。

 私が一生かかっても手に入らないものを全部持ってる、明るくて可愛い(うらやましくてしかたない)子の癖に。 

 

 どういうわけか、私を放っておいてくれない子だった。

 

「なんでこんなとこに」

「ここ、近道なんだぁ」

「……お使い帰りでしょ、早く帰らないと心配するでしょ」

 

 もともと愛想なんてよくなかったけど、そこに意識的に上乗せして。私に構うなと言ったはずなのに。

 頭がいいから、確かに通じると思ったはずなのに。

 

「莉瑠ってば……もう、相変わらずぶすっとしてるなー」

 

 こんだけ憎まれ口を叩いた私に「仕方ない奴だな」なんて顔をして笑って、すぐさまお構いなしに隣に座ってきて。

 

 隣に置いた袋に手を突っ込んで、何やらガサゴソとやり始めた。

 

「別にこれは生まれつき――って、何やって」

「んー? お使いのご褒美。ここで食べよって思って」

 

 「景色いいしね」なんて言いながらパッケージを破くナギに、家で食えよもう、とも思ったけど。どうにも調子が狂ってしまっていた。

 

 あの頃はいつもそうだった。

 

 誰とも相手したくなかったのに、休み時間のたびに私のとこにやってきて。

 その度に追い払ってたのに、気づけばいつの間にか向こうの流れにのせられて。

 

 勝手にしろよもうって、私が根負けする。

 その繰り返しだった。

 

 どうせ今回も同じだと思って、気が済むまで無視してやろうって思ったのに。身体だけはバカがつくくらいには正直で。

 

 ばっちりナギに聞かれる程度には、大きな音を鳴らしたものだから。

 

「どったの莉瑠、お腹減ってるの?」

「…………うるさい」

「うるさいのは莉瑠のお腹だよぉ」

 

 デリカシーがない発言だなって今でも思うけど、でもあの時の音が相当やばかったのも事実で。

 

 その音を聞いたナギは私に、チョコクッキーを一枚差し出してきた。

 

「あげよっか?」

「い、いらないっ!」

 

 恥ずかしさと、まるで餌付けされてるみたいに感じた屈辱で。

 俯いて必死に首を横に振ってたけど、しつこい腹の音とナギの勧め。

 

「もー、隣でぐぅぐぅ鳴ってたら食べづらいんだよぉ」

 

 そしてナギが言ってきたその言葉に、ついに根負けして。

 向こうが困ってるんだから仕方ない、なんて自分に言い訳して受け取って。

 お菓子なんていつぶりだろう――なんて思いながら、口の中に甘さが広がった時。

 

 心の中が完全にぐっちゃぐちゃになって、慌てて目を逸らそうとしたんだけど。

 

 もう、遅くて。

 

 ボロボロと大粒の涙が出てきて、大声を上げて泣いてしまった。

 

「え、ちょ……大丈夫!?」

 

 突然感情を爆発させたものだから、最初はナギも動揺していたけど――すぐに頭を撫でてきてくれて。

 そんなことされたのも初めてだったから、余計に泣き声は大きくなってしまって。

 

「どしたの莉瑠、言ってごらんよ」

 

 ちょっと泣き止んだ頃、手を握ってきて。隙だらけの状態の私に、そんなことを言ってきたものだから。

 

「――あのね」

 

 嗚咽交じりだったから、途切れ途切れだったし。

 頭もよくないし、メンタル滅茶苦茶だったから、説明もうまくなかったのに。

 それでもナギは、私の言う事を根気強く聞いてくれて。

 

 全部吐き出した時にはもう、すっかり周囲は夕焼け色に染まっていた。

 

「そっか、大変だったね」

 

 そう口にしてからナギは、少しの間空を見上げて何かを考えていたようだけど。やがて意を決したように立ち上がると。

 

「じゃあ、私がなんとかしてあげる! だから行こっ!」

 

 ニカっと笑いながら、私の手を乱暴に掴んで。

 

 手を引かれるようにして、私たちは夕暮れの砂浜を走り出す。

 

「い、行くってどこへ……」

「莉瑠が本当に、笑顔になれる場所!」

 

 戸惑う私に向けてきた返答は、あまりにも抽象的過ぎて理解できなかったし。

 当時の私はそもそも、誰かと一緒にいるっていうことすら経験不足だったせいもあって。

 ただ引っ張られるまま、疑問をもうひとつぶつけるのが精いっぱいだった。

 

「どうやって……そんな!? なんで!?」

 

 親からどうせお前なんかを誰も助けてくれないと言われていたのを思い出して。なんでこの子は私を助けてくれるのか分からなくって。

 ついさっき、子供の力の限界を、思い知ったこともあって。

 

「ムリだよ、どうせ……」

 

 ナギの手を振り払いながら、そう否定してしまった。

 本当、あの時の私ってばうじうじしてたよなって自分でも思う。

 

 けど、ナギは止まらなかった。

 

「うーん……それは考えてなかったわ」

 

 ちょっと困ったような笑みを浮かべて目を瞑ってから、ナギは諦めないと言わんばかりに、また手を差し出してきて。

 

「でも――そうなっても、私は一緒にいてあげるよ!」

 

 こんな私に、満面の笑みで手を差し出してくれたあの光景。

 

 それこそが八坂莉瑠が生まれた瞬間で。

 生きる意味全部が分かった瞬間で。

 

 そして何より。

 

 生まれて初めて、誰かに恋をした瞬間でもあって――。

 

 

 意識が現実に引き戻された時、最初に見えてきたのは満月の浮かぶ夜空。

 つづけざまに潮風のにおいと波の音がして、そして。

 

「――っつー! いったいなぁ、もう!」

 

 背中を中心に激しい痛みが全身に走っていって、ようやくどうしてこうなったかを思い出していく。

 眠れなくて、夜の散歩と洒落込んで――思い出の海を見に行った結果がこれだよ、まったく。

 

「あーもう、こんな事なら、家でおとなしくしておくべきだったよ!」

 

 立ち上がりながら、星明りの照らす海岸線を眺める。

 今や思い出の中とは違い、砂浜はひどく汚れてしまっている。

 数ヶ月前に終戦した人類初の次元戦争、その爪痕が色濃く残っていたからだ。

 海上で撃墜された異世界の機械。その残骸が至るところに漂着していて、まるで埋立地のよう。

 

「ほんっと、最悪」

 

 言いつつ、軽く体をチェック。とりあえず大きな怪我をしてない事だけは不幸中の幸いだった。

 大会前々日に骨折だなんてそれこそ、洒落になんかなりゃしないよ。

 

「……クッソ痛いけど!」

 

 なんて言いながら立ち上がった後、夜の海を眺めて思うことはひとつ。明日ここを発ち、陸上全国大会に出ること。

 

 それは、今や離れ離れになった彼女との再会を意味していて。

 

「ナギ……」

 

 私にとっては、最初で最高の友達で。

 あのクソみたいな親から救ってくれた命の恩人で。

 陸上のライバルで。

 

 そして――。

 

「……なんだこれ?」

 

 思いを馳せていたら、いきなり。足元に何かがぶつかる感覚がする。

 つまみ上げたそれは、ビー玉大の球。すぐ近くには、コンテナらしき残骸が転がっている。

 

 あそこから転がってきたんだろうか、なんて推測をしていた時。

 

 爪が表面に食い込んでいって、何かが表面に刻印されていることに気付いた。

 

「Orizis Core ALBA STЯIKER……なんて読むんだろ? これ……」

 

 スマホで照らして確認してみたが、分からないということしか分からなかった。

 

 困ったことに私は東大とか受けちゃうタイプじゃない。むしろ授業イコール睡眠時間の部活娘だ。

 かろうじてRが一文字鏡文字じゃね? って程度しか分からない。

 

 ん……鏡、鏡……鏡って――。

 

「このタイミングで、かぁ」

 

ナギのことを思っていた時に鏡文字だよ、出来過ぎてない?

 なんて思うと、少しおかしくなって。自然と笑みがこぼれてしまってから。

 

「待っててよナギ。絶対優勝して――!」

 

 あの日の私とは別人。

 そういえるほど明るく言い放って、兵器の残骸が流れ着く砂浜を後にする。

 

「絶対、ぜったい優勝して――!」

 

 だけど、まさか。

 

 球を拾ったことがきっかけで、あんなことになるだなんて。

 

 まだこの時は、思ってもみなかったんだ……。

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