理屈捏造注意です。
通信から響く声は、強い焦りを帯びていた。
『キューブ解析班、敵が近い! 聞こえているのか!!』
対して、研究室にはひたすらにキーボードを叩く音が響く。
「んなでかい声出さなくても聞こえてますよ鬼怒田さん」
『何をぅ!?』
「ハイ木檜報告しま~す。ラービットの腹から取り出されたトリオンキューブについて、間違いなく諏訪隊長のトリオン反応であることを確認。諏訪隊長が換装していたトリオン体の形状を強制的に圧縮・再形成し、その表面を敵のトリオンが覆って固定しているようです」
木檜、という鬼怒田の声など意にも介さない。次々とモニターに表示されるデータを確認しながら、その指は走り続ける。
「この敵性トリオンが厄介ですね。ちょっとやそっとのことじゃ除去できそうにありません。こちらで試せる衝撃すべてに耐えきりました」
『……逃げる気がないのはわかった。が、まさか手がないなどとは言わんだろうな!』
「トーゼンっすよ」
そこで木檜はちら、とほかのエンジニアに向けて視線をやる。それだけで万事心得たエンジニアたちは、にっと笑ってそれぞれ準備に入った。
木檜もまた口元に小さな笑みを浮かべ、モニターに向き合って改めて口開く。
「このキューブ、パズルみたいなもんだと思います。決まった手順以外では解除できない感じの……あの、何だっけ、あれ、伝統工芸の木箱」
「寄せ木細工?」
「あ、それですそれです。寄せ木細工みたいなつくりだと」
隣でトリオン兵の解析を続ける寺島がつい口を出し、どこまでも緊張感のない木檜は変わらない口調で頷いた。
そこまで聞いた鬼怒田も、ようやく少し声を落ち着ける。
『……つまり、
何分掛かるんだ、と繰り返した声には、微塵の不安もなかった。ニィ、と自称天才、そして開発室屈指の問題児はさらに笑みを深める。
「解除手順の解析と試行、現状予測として四百二十七秒。およそ七分程度で解除できます。その後の諏訪隊長のトリオン解析、バイタルチェックで問題がなければ十分以内には諏訪隊長の現場復帰が見込めるかと」
『……言ったな?』
「言いました! おれ天才なんで出来ない法螺は吹きません!」
『よォし! 十分以内だ、それ以上の時間が掛かるとわかった時点で持ち場を放棄し退避しろ! これは絶対だ、わかっとるな!?』
自分たちの安全が最優先だ、という声に揃って了解と答え、それぞれが自身の仕事に走る。
技術職には技術職の戦い方が、後方支援には後方支援にしか出来ないことがある。研究室に、トリオン解析の準備急げ、バイタルチェックの準備は完了してます、と忙しい声が飛び交った。
「マジで七分でイケんだろーな天才!」
「八分かかったら笑ってやっからな天才!」
「おれ時間前行動派なんで遅刻とかありえねーっすね! 最短五分なんで逆に早まっても文句言わないでくださいよ!」
「ハイハイ、まじでヤバくなる前に諏訪起こすぞ、とっとと働いてもらわねーと」
へーい、と寺島の声に笑う木檜の指は、さきほどまでより一層速くキーボードを叩いている。言葉こそ軽いが、木檜がどれだけ脳をフル回転しているか、ここにいる誰もがわかっていた。もちろん、木檜が決して言葉を違える技術者ではないことも。
「……見つけた、」
たったひとつしかない、キューブの解除ルート。水槽のなかに沈むトリオンキューブの形がにわかに揺らぎ始める。
「解析完了。敵性トリオン除去開始しま~す」
「了解。諏訪のトリオン体モデル再形成のサポートに入る」
「お、さすが寺島さ~ん、皆さんこれで一分は短縮されま~す」
うわ、とさらに周囲の喧噪が激しくなる。
徐々にトリオンキューブはあるべき姿に戻っていく。光がほどけ、手足がつくられ、色を取り戻し始めた。ひとの形に戻り始めると同時に、トリガーやバイタルのチェックも走らせる。
そのひとが目を開けて意識を取り戻したときには、全ての用意が整っていた。
「おっはよーございます諏訪さん!」
「さっさと働けねぼすけ」
そうして諏訪がトリガーを片手に研究室のドアを開けたのは、木檜が鬼怒田に「出来る」と宣言してからちょうど七分後のこと。礼は今度な、と片手を上げた諏訪の背中に、ちゃっかりしている上司と部下は軽く手を振る。
「お礼なんてそんな、敵のブラックトリガー回収してくれればいいですよ」
「贅沢言うな木檜。諏訪、おれは敵の角だけで十分だから」
「うるせーとっとと避難しろよテメェらァ!!」