温水プールからトリップし老夫婦に拾われた中学生が、流されながら生きて失ったものを自覚する話   作:熊々楠

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 訓練兵になるということは、途中で挫折でもして開拓地に戻りでもしない限り、少なくとも数年間は他と分離された生活を送るということだ。

 片や兵士、片や開拓地。子供だてらに、お互いを心配する気持ちはある。

 このあたりの地域の訓練所へ向かう馬車がきており、僕たちは別れを惜しんでいた。

 アルミンと彼の両親には、下手にここに残るよりもずっといい、と手を握られたあと抱きしめられた。

 ミカサにも「元気で」「怪我には気をつけて」といつも以上に心配された。

 エレンには、強い瞳ですぐに追いつくからな、と言われた。

 僕はこれから、102期生訓練兵として生活することになる。

 なんでも、今期からは志願兵が増えたらしく、訓練所を急遽増やすことになったそうだ。

 そこで僕は「巨人が壁の中に侵入してきても、兵に志願しない奴は腰抜け」という風潮ができつつあることを知った。

 騒がしい食堂の中、パンとスープという質素な食事をとっていると、ひときわ大声で話しているグループが近くに居た。

「やっぱ入るなら憲兵団だよな」

「そりゃあそうだろ! 内地での快適な暮らしが待ってるんだからよ」

「給料だっていいしな」

 特に大声と言っても、周りも好き勝手に談笑を楽しんでいるので不快に感じる者はいなさそうだ。

 一緒に話を交えるだけの知り合いもおらず一人パンをちぎると、突然肩を組まれた。

 今しがた大声で会話していた者の一人だ。

「お前はどこ希望なんだ? 東洋人!」

 初対面でのこういうテンションはあまり好ましくないのだけれど、からまれたのは十中八九、彼の言葉にもある通り僕が東洋人だからだろう。

 やはり東洋人は珍しいのか、これまでにも周囲の人間の視線を感じてはいた。

 目立つのは、苦手なのだけど。

 パンを飲み込んでから、僕はゆっくりと口を開いた。

「……僕は駐屯兵団かな」

 そういうと、一瞬の間をおいてどっと笑いが湧いた。

「何で駐屯兵団なんだよ、普通そこは憲兵団目指すだろ」

「しかも飲んだくればっか! ……ま、今回は特に競争率高いらしいし、調査兵団なんて巨人の餌になりにいくような奴ら以外はほとんどがそうだしな。よろしく頼むわ」

 多少気になる言葉はあったものの、それを言及してわざわざ空気を悪くするのも憚られるので頷こうとしたとき。

 がたんっ、彼らの笑い声を遮るようにけたたましい音が鳴り響いた。

 和やかな雰囲気に戻りつつあった食堂は再び静まり返る。

「っ……ちょ、調査兵団を馬鹿にするなよ! お前らなんて、巨人を見たことも無いくせに……!」

「……、おいおいおい、別に俺らは馬鹿にしてたわけじゃ……」

「……つうか、ってことは、お前……アルト、だっけ。お前は調査兵団志望なのかよ?」

「そうだ……。ボクは、巨人を一刻もはやく殲滅……シガンシナを奪還しないと……ボクの帰る場所はあそこしかないんだ……! !ヤヒロだって、昼間は教官に何も言われてなかったけどシガンシナ出身なんだろう……? 悔しく無いのか!?」

 ぎらぎらと輝く瞳に見つめられる。

 その光が、なんとなくエレンと似ているような気がした。

「……僕は、巨人が怖い。もちろんシガンシナの家には残してきたものも沢山ある。それでも、調査兵団に志願しないのは巨人に食べられるのがこわいから」

 外壁調査にいって帰ってこられる保障なんてどこにもない。

 むしろ帰って来られない可能性の方が高いくらいだ。

「……それに、憲兵団行きを望まないのは、……あそこはもう、後がないから」

「……後が、ない?」

「憲兵団が巨人と戦うことになったら、それはどういうことか、わかるだろ」

 いつの間にか食堂の中は僕達の話に集中していたらしく、しんとした暗い空気がここを支配した。

 はやくもムードメーカーとして機能し始めていたお調子者の数人は早速なにかをやらかして教官にこってり絞られている途中で、すばやくフォローに回ってくれる人は居ない。

 同じシガンシナ出身だというアルトに、真摯に応えたいと想ったからの言葉だったけれど。

 流石に、まずいことを言ったかもしれない。

「……まぁ、あくまでも僕がそう思ってるだけだから」

 彼も君を馬鹿にしたわけではないから、そんなに怒るなよ。

 そうアルトにフォローを入れておいたけれど。

 それでも、次の朝日を迎えるまでは、彼らにはどこかよそよそしい態度を取られてしまった。

 

 *

 

 それから始まった訓練兵としての日々は、想像していた以上に辛いものだった。

 朝早く、日の出前に起床してから一日中座学や体作りをして、夜遅くに八人部屋で泥のように眠る。

 厳しい訓練についていけない者が出始め、早くも部屋が一部屋分とちょっと空いたしたらしい。

 騒がしい風呂場。湯船の蛇口近く、それなりに温度の高い場所で、僕は息を深く吸ってから、ぶくぶくと沈んでいった。

 人数が減って、もしかすると部屋がもう少し広くなるんじゃないかと期待する者。素直に残念がったり心配したりする者。様々だった。

 脱落者は開拓地いき。その馬車を見る度、僕が思い出すのはエレン達のことで。

 彼らのことだからきっと元気にやっているのだろうけど、気になるというか、心配というか、形状しがたい気持ちにとらわれる。

 もしかすると、ただ単に気持ちが弱くなっていて、彼らに会いたくなっているだけなのかもしれないけれど。

 ぶくぶくぶく。細長く息を吐き出すと、反響しすぎて何の音かわからなくなっている雑音の中にも、低く濁った音が聞こえてくる。

 そういえば最近泳いでないな、と思う。

 農業や狩猟をしていた人達でそれぞれ筋肉のつき方が違うのは知っていたけれど、水泳もまた使う筋肉が違うらしく、首をかしげられ尋ねられたことを思い出す。

 狩猟民族だという彼らの、いかにもな男らしい体格を少しばかり羨ましいと思いながら、しかしここでの戦闘の要である立体起動装置は背丈体重が低く軽いほうが有利だと聞き、少し複雑な心境になる。

 真っ先に始まった立体機動の訓練に関して教官から少しばかり認められたものだから、余計に。

 ぶくぶくぶく、そろそろ息も苦しくなってきたので水面に上がろうと最後に空気を吐き出していると、いきなり首根っこを掴まれものすごい力で湯から引き上げられた。

 驚いた拍子に息を吸うと、顔を伝った湯が鼻に侵入してしまった。痛い。

「っず、い……え、なに、誰だよ」

「……おー、生きてた」

「風呂ン中で寝てるのかと思った」

 目を覆う長めの前髪を後ろになでつけると、見えたのは先ほど筋肉を羨ましく思っていた内の一人、リンガーと、初日に僕の肩を組んできたディトだった。

「……寝てないけど」

「おー、そうみたいだな、しっかし潜って何してんだ?」

「水中訓練とか? お前にゃそんなん必要ねぇだろ」

「あ……うん、ちょっと考え事してて……泳ぎたいなぁって」

「及ぶ? 魚でもとんのか」

「いや……趣味っていうか……」

 しどろもどろにもそう告げるとますます首をかしげられた。海もない、大きな川も生活用水として使っているし、湖もあるところは限られている。したがって、特に目的もなく泳ぐというのはあまりない。

 夏になっても蒸し暑いことがないのも理由だろうけど。

 

 ぶえっくし。

 

 くしゃみをした僕に、二人がもう少し浸かってから出るか、と提案した。

 

 *

 

 教官に座学で使うための教材を運んでおけと頼まれ、ただそこを通りかかっただけなのにもかかわらず雑用を生徒に押し付けるのはどの時代でも変わらないんだなぁと思いながら、さりとてそれを顔に出すこともなくわかりました、と頷いた。

 そんなこんなで準備室。困ったことが起きた。

 教材自体はさほど重くはないのだが、いかんせん量が量のためかさばって一人で運ぶには中々きつそうである。

 しかたがないので二回に分けて持って行こうとがたがた音をたてていると、後ろから涼やかな声がした。

「ヤヒロ、私も手伝うわ」

「……ありがとう」

 そうてきぱきと教材を持ち上げる彼女は僕と目が合うとにこり微笑んだ。

 金髪を短く切りそろえた彼女は大抵の科目で成績が優秀なため、よく教壇に呼ばれているのをみる。

「……教官に頼まれたの?」

「ええ、ヤヒロが先に行ってるけど、一人だと時間がかかるだろうからって」

「そう。……えっと、」

「……? ……ああ、ペトラでいいわ、改めて自己紹介するわね、私はペトラ・ラル」

「……ペトラ、うん、ありがとう。僕はヤヒロ・ラシャシティ」

 名前を知らないわけではないのだけれど、未だに女子を下の名前で呼ぶのは慣れない。そこでまごついていると、彼女はどう受け取ったのか微笑と共に自己紹介をした。

 ラシャシティは養父母の名字だ。自分の「ナマエ」しか覚えてない僕には当然名字などなく、ルベリオさんと、同じ名字を僕は名乗っている。

「ごめん、名前覚えてないわけじゃないんだけど」

「いいのよ、私もヤヒロだったから知ってたんだし」

「……僕、だから?」

「あれ? 自分で気付いてないの? ほら、あなた東洋人だし、来てそうそうに憲兵団は終わってるとか言うし、かなり有名よ? 

「……そこまで言ってないけど……っていうかその話もう忘れて欲しいんだけど……」

「あはは、どこでも語りぐさよ?」

「……最悪だ……」

「ふふっ」

「……なんで笑うかな」

「ヤヒロって大胆に見えて結構小心者なのね」

 彼女はくすくす笑いながらそう言うが、僕としてはたまらない。

 ペトラは人の前に立つ機会が多いから、そういうのは気にならない質なんだろう。

「……ヤヒロだって、水泳も立体機動も得意じゃない。もっと胸を張っていればいいのよ」

「……」

「人種がどうとか、……まぁ、さっき私も言ってたんだけど。そういうことを気にしすぎるのは勿体無いわ」

「……そう、だね? ……わざわざ、ありがとう?」

「あはは、どういたしまして。次の授業も頑張ろうね」

 ちょうど教室について、彼女は教材を置くとそれじゃあ、と友人のところへ向かって行った。

 僕はペトラと歩いているところを見ていた同室の人達にどういうことか問い詰められることになるのだが、それはもう少し後の話である。

 

 

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