温水プールからトリップし老夫婦に拾われた中学生が、流されながら生きて失ったものを自覚する話   作:熊々楠

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「これより訓練兵団102期生、卒団式を始める!」

 訓練兵としてここに入団して三年。僕たちは、ついにこの日を迎えた。

 上位十名の名前が呼ばれ、一位は当然のようにユハニが。彼は自信満々な笑みを浮かべていた。あ、目があった。なんだあの渾身のドヤ顔。うざい。

 そして憲兵団の入団権を持った者の中にはぺトラと、乗馬の話だけを聴くなら以外や以外。オルオの姿も認められた。

 真ん中あたりでリンガーも呼ばれ、周りは納得半分、もうちょっと上だと思ってたってのが半分。

 アルトは十位以内には残念ながら入れなかったもののあともう一歩だったといったところか。

 ディトは実技はそこそこなものの、座学がからっきしで割とひどい成績になっており。

 僕は何よりも重要な立体起動がトップだったのでそこそこ高い順位だが、乗馬が言うほどうまくない。

 いや、下手というわけでもないのだが、可もなく不可もなく。つまり普通。

 ついでに尻が痛い。

 これでもまだ座学の方は、ユハニにさんざん馬鹿にされ体育会系特有の負けん気が働き頑張った方なのだが。

 あれ、そう考えると僕のこの順位って……。

 と、ちらりユハニをみて、すぐさま視線をそらす。そうだ、これは僕の頑張りだ。

 殴りたい、あの笑顔。

 気を取り直して。割と、というか前の世界の女子でもなかったくらいには仲の良かったぺトラを見て、おや、と思う。

 心なしか彼女の表情は浮かない様だった。

 彼女は調査兵団志望のはずだし、それに対する不安もあるのだろう。

 と、そんなこんなで食事会。

 立食形式なので皿にに適当に盛り付けつまみながら徘徊していると、ぺトラが一人でとぼとぼ歩いているのを見かけたので話かける。

「や、どうしたの」

「あ、ヤヒロ……うん、ちょっとね」

「僕でよければ聞くけど」

「……聞いてくれる?」

「どうぞ」

 ぺトラの分も好物と言っていたものをとってやりながら歩く。今日の食事はいつもより豪華だ。

 きくところによると、友人と喧嘩をしたらしい。

 理由をきくと、調査兵団に入ると言ったらその友人に怒られたらしく、そこからは言い合いになってしまったそうだ。

 ぺトラはその決意をもう揺らがせるつもりはないし、友人が心配してくれていることも十分わかっている。

 しかしそれぞれ別の団体に配属される前に、めったに会えなくなってしまう前に、なんとか和解したいという。

「……話合うしか、ないんじゃない」

「……うん」

「その子も、多分、ぺトラの気持ちはちゃんとわかってると思うんだ」

「……うん」

 お祝いムードな中心部よりはずれて、静かにちまちまと箸―――フォークだが―――を進める。

 ぺトラといえば、少しは食事に手を付けてはいるものの、ほとんど食べられていないようだ。

「お互いヒートアップしちゃったんでしょ? もう頭も冷えてるだろうし、今日、明日くらいしか時間がないんだし、いってこれば?」

「ん……」

 と、いうところで、ぺトラ、と控えめに呼ぶ声が聞こえ、そろって顔を上げると目じりをわずかに赤らめた、今まさに話題に上っていた同期の姿。

「アリア……」

 かたく肩を震わせたぺトラの背中を軽く叩き、行ってきなと促す。

 う、うん。と小さくうなずき、彼女はアリアの元へ歩を進める。

 結局僕は何の解決もできてないよなぁ。

 と、じゃが芋にフォークを突き刺し思った。

 あぁ、お米が食べたい。

 

 *

 

 憲兵団行き。

 首席のユハニはもちろん、その後もぞろぞろと人員がきまる。

 駐屯兵団行き。

 僕はもちろん、入団当初ふざけまくって僕を一時的孤立に陥れる要因となったディト、そしてマリーやアリア、その他大多数がわらわらと。

 調査兵団行き。

 アリアと無事仲直りできたらしいぺトラとオルオ、リンガーにアルト。

 続いて名乗り出た人物に、話を聞いていたとはいえ僕たちは驚く。

「グレッグ……本気だったんだな」

「……とても冗談でなんていえねぇだろ」

 グレッグ。ディトと同じく初めに食堂で騒ぎを起こし、アルトに怒鳴られたうちの一人。

 グレッグはあの日のアルトの言葉と、今日に至るまでの日々アルトの発言の端々に込められた想いに影響され感化され、調査兵団入りを決意したらしい。

 他にもちらほらと、もともと調査兵団入りを決めていた者の志に賛同して当初と希望を変えた者もいるそうだが、それは僕らが応否を話すことではないだろう。

 アルトと目があった。にこり微笑まれる。

 第一印象からずいぶんと変わったものだな、と思う。

 そんな彼の表情に、いつだかのことを思い出した。

「ヤヒロは、自信を持っているのかいないのか、よくわからないな」

「……自分としてはどっちでもないと思ってるけど」

「そう?」

「自信過剰でも恥をかくし、たりなくても自分の行動を制限するし。……まぁ、前はもう少し自信を持った方がいいって言われてたんだけど」

「はは」

「……ああ、でも、実技のときは多少自信過剰なくらいがいいってリンガーが言ってたな。僕もそう思う」

「ちなみにどうやって自信をつけてるんだ?」

「……あー、できるできるできる、どうしてそこであきらめるんだ。ドントウォーリービーハッピー。ネバーギブアップ。みんなお前のこと応援してるんだよ、もっと熱くなれよ」

「ぶ、はっ……!!」

「作物だってみんな必死で生きてんだ、お前はそれを食べて生きている。そう考えると、エネルギー無駄にできないだろ?」

「ちょ、まっ……ぶふっ……ヤヒロ、やめっ……っひ」

「……そんなに笑えた?」

「っふ、ははっ……! 君はいつもそんなことを考えていたのかい!?」

「いやこれはさすがに盛った」

「嘘かよっ……!」

 ……うん、本当にどうでもいいことを思い出してしまった。

 ついでにお米食べろの名言……、迷言? も思い出してしまう。

 リンガー達にはそれぞれ暇乞いをして、ディトが感極まったらしく泣き出してしまい。

「僕もそうだし、大半とは同じ駐屯兵団だろ」

「そうだぜディト、どっちかっつーと、泣くのはアルトの方だな」

「!? ど、どうしてボクに振るんだい」

「べっつにぃ?」

 心の友よー! と泣きながらリンガー、アルト、グレッグの三人に抱き着くディト。

 僕は涙はともかく鼻水の被害に合わなくてよかった。と胸をなでおろしていると、むこうから何故かユハニが僕に向かって歩いてきた。

 周りが完全にしんみりムードなのに水をさすような言葉を伝えるのもどうかと思ったので、彼が何か言葉を発するより先に僕が口を開く。

「ユハニ、首席おめでとう。これで念願の憲兵団に入れるんだね」

「お……お? あ、ああ! こんぐらい当たり前だな!」

 面白いぐらいに鼻高々とするユハニに、僕は何とも言えない気持ちになった。

「僕も当初の希望通りだけど、もうほぼ会うこともないんだろうね」

「そうだな、まったくせいせいするぜ」

「あはは」

 こちらは穏やかに話しかけているというのに、予想できたとはいえあんまりな反応だ。

 もう二言三言言葉を交えてからユハニとは別れた。

 ため息をついたところでディト達と目があった。

 ぎょっとしている様子だったので、肩をすくめて彼らの方へ歩みを進める。

 ここで友と呼んだ彼らとも、次に会えるのはいつになるのだろうか。

 

 *

 

 その知らせは、僕たちがそれぞれの兵団、班に配属されてから三ヶ月とたたない内にきた。

「おい、ヤヒロいるか!?」

 立体起動装置をガチャガチャと音立てながら、ディトが僕の所属する班が管理する駐屯所にやってきた。

 同じ班の先輩もなんだなんだと顔を出すが、ただならぬ気配を感じ取ったようで、特に口を挟んでくることはない。

「どうしたの?」

「……三日前の、壁外調査……」

 どくりと心臓が嫌な音をたてた。

 ディトが息を震わせていう。

 嫌だ、ききたくない。

 聞きたくないが、僕は聞かなければならない。

「―――アルトとグレッグが死んだって」

「……、……リンガーは?」

「それをアイツが伝えに来た! あいつらのいる班だけ奇行種に遭遇したらしくて」

「……ほかの人には?」

「今から、すまんもう行く……!」

「まって僕もいく」

 すぐに踵を返そうとしてディトの腕をつかみ先輩に目配せすると彼女は頷いてくれた。

 彼女は規律には厳しい人だが、終業の鐘がタイミングよく鳴ったのもあるだろう。

 雑用の片づけを同期のパーシーに任せるのは少々気が引けたが、彼女も力強く頷いてくれた。

 駐屯所を出て、気持ち足早になっているディトの隣を歩く。

 うかがうと顔色は真っ青だ。

 僕はそれをちらりと横目で見ると、また前を向いて目的地へと向かった。

 同期の元へ回って説明をしていく度に初めはほとんど感じられなかった「あるととグレッグが死んだ」という現実がじわじわとしみていくような気がして。

 また出来てしまった僕の中の空洞が暗く双眸を開いていた。

 

 一通り同期に話終わった後、僕はディトにこう持ちかけた。

「……アルトとグレッグに、花を送ろう」

「……花?」

「そう、花」

「ああ……そういえば訓練兵の時も、カメリアとかヨキが死ん時に何か言ってたっけ」

「もう少し時間が空いたほうがいいかな」

「……いや、うん。……そうだな、そうしよう。花、送ろう」

 酒。

 日本では成人、つまり二十歳未満の飲酒は禁止されていたけれど、ここは日本でなければましてや現代でもない。

 郷に入っては郷に従えということわざが日本にもあるように、僕は多少の抵抗はあったものの成人前にすでに自らの意思で酒を口にしていた。

 同期とだったり、既にへべれけ状態のハンネスさんにもらったり、まぁ、いろいろ。

 今は二十歳になっているので精神的な抵抗もないけれど、ここにきて、もうそろそろ片手では足りなくなる年数がたとうとしている。

「そんときグレッグのやつ、俺置いて逃げやがったんだぜ? 俺らの間の友情はどうなっちまったんだぁーって……教官には殴られてでっけータンコブできるしよぉ……」

「あぁ……そういえばそんなこともあったね……」

 ぐずぐずと花をすすり目元を真っ赤に染め上げるディト。

 酒は呑んでも呑まれるな。とはよく聞く言葉ではあるが、たまには酒に呑まれたい時だってあるものだ。

 ……かげんをしている僕とは違い、そこそこ急ピッチで杯(これは言葉のあやというものだけど)をあおっていたディトの明日の勤務状態が心配だ。

 おいおい泣いた後、結局ディトは寝てしまって。

 二人で悲しさと懐かしさの水に浸りながら、花を添えた。

 

 

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