温水プールからトリップし老夫婦に拾われた中学生が、流されながら生きて失ったものを自覚する話   作:熊々楠

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「ヤヒロ!」

「いたっ。……あ、エレン」

 僕の背中にタックルをかました相手を振り返ると、以前見たときよりもずっと成長した、しかし一目で本人とわかる昔馴染みに相好を崩した。

 そのすぐ後ろをミカサとアルミンも追ってきて、こうして四人で顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。

 挨拶を交わして、ふとあることに気が付く。

「……ミカサ、背伸びた?」

「伸びた。今はエレンと同じ」

「……お前ら今何歳だっけ」

「十五だけど、忘れんなよ」

 あとちょっとでヤヒロに追いつくなー、と僕の背と同じくらいにエレンは手を持ち上げる。

 十五歳でこれだけ伸びていたらぬかされるのも秒読みだろうと、改めて年数の長さを感じた。

 となると、エレンとミカサよりも目線が下がるアルミン。

 彼と目が合うと、苦笑がひとつこぼれた。

「僕はあんまり変わってないかな……」

「これから伸びるよ」

 若干遠い目になったアルミンに自分から話題を振っておいて申し訳なくなる。ごめん。

「三人とも、もうすぐ卒団だね」

 おいしいと評判のパン屋へ向かう道すがらそう切り出す。

 話をきくと、三人とも調査兵団へ行くらしい。

「……アルミンも?」

「うん。正直、向いてないってのはわかってるけど……でも、僕にも壁の外に行くっていう夢があるんだ」

「私は、エレンを守るために」

「またそれかよ!」

 赤いマフラーに顔をうずめ言ったミカサに、エレンがうんざりした様子で返す。

 アルミンが苦笑しているところをみると、エレンの言葉通りいつものことらしい。

 パン屋の扉を引くと、鐘の軽やかな音が響く。

 昼時の時間からはずれているからか、以前きたときよりも人が少ない。

 屋内には香ばしいパンの匂いが充満しており、それだけでお腹が鳴りそうだった。

「……そういえばヤヒロ、今でも料理してる?」

「……微妙な聞き方だな。うーん、班で食事当番の時は勿論するけど、個人ではほとんど。……あ、でもこの前はお菓子作り会みたいなのはしたな」

「……それって女ばっかじゃないのか?」

「いや? 男もいたよ。大半は味見担当とかいって女性陣にぶっ叩かれてたけど……みんなで材料だし合わないとろくに食べられないしなぁ」

 トングをパチパチならして答えるとエレンはなんだそりゃ、と笑った。

 こっちにきてから、すっかり趣味や特技といっても差し支えないぐらいにはしてきた料理。

「……収穫の時期になったら、にんじんケーキ作ろう」

 うん。と一人頷いたつもりなのをミカサが聞いていたらしく、じっと僕と目を合わせたかと思うと、楽しみ。そう言って、わずかに表情を和らげた。

 温かくて、ふんわりとしたパンの味。

 イースト菌だとか酵母菌だとかにはあまり詳しくないけど、理論だけじゃあないよなぁ。おいしいのは。

 

  *

 

 そんな日からまた数ヶ月。エレンたちと久しぶりに休みが被ったので彼らと出かけることになった。

 恥ずかしながらも遠足前日の小学生のように楽しみにしており、相当浮足立っていたのか先輩には突っ込まれた。約束の時間まではまだしばらくあるけれど準備は万端で、はやくに行くのも悪くないと食堂を出かけたところを、知り合いに呼び止められた。

「おい、ヤヒロ、お前何したんだよ」

「は? ……何が?」

 肩を組まれ、ぼそぼそと会話する。

 僕用事があるんだけど、と言いかけたところで、彼の言葉に絶句する。

「エルヴィン団長、知ってるだろ。調査兵団の。その人が、お前のこと探しにきてたって」

「……は、……え、何で?」

「俺が知るわけないだろ? ……あんま変なウワサたつ前に、ホラいって来いよ」

「う、うん……ありがとう」

 背中を押され、その勢いのまま早歩きで外に向かう。

 きょろきょろとせわしなくその団長殿の姿を探すと背後から声がかかった。

「……君が、ヤヒロ・ラシャシティだね?」

「……は、はい」

 慌てて敬礼する。と、片手でそれを制され、今回のことは、ごく個人的なことだから楽にしてくれて構わない。と言われた。

「個人的な用事……ですか」

「ああ。……君は、ルベリオ・ラシャシティの義理の弟で間違いないね?」

「! ……はい、間違いありません」

 そうか。と呟くと、彼は懐を探り、あるものを僕に差し出した。

「……ループタイ……?」

「これは彼の、……ルベリオの、形見だ」

「……!」

「他に回収できた形見はご両親に……わずかではあったが渡した。が、これだけは私がずっと持っていた。本来ならばもっと早くに渡すべきだったのだろうが……すまない」

 彼の手の中にあるものをみて、僕は彼を見上げた。

「……彼とは、交流が深かったんですか?」

「……ああ。彼とは訓練兵時代から馬が合ったのか、よく行動を共にしていてね。成績も変わらなかったから、講義でもよく組んでいたんだ」

「……そして、卒団後も同じ調査兵団に入った」

「あぁ、訓練兵の時から噂されていたが、彼がいるだけで巨人の討伐数は明らかに増える。正に人類の希望だった」

 しかし、彼は亡くなった。

 彼が亡くなったのは調査兵団に入って数年後。当時分隊長だった彼は自身の部下を庇っての出来事だったという。

 最期の最後まで、戦い続けたルベリオさん。

 最期の最後まで、諦めるなと叱咤していたルベリオさん。

 最期の最後まで、仲間を想っていたルベリオさん。

「後は頼んだ」と、仲間を、信じていた。

「……」

 

 もう一度、ループタイに目を落とし、エルヴィン団長へ目を合わせる。

「……それは、あなたが持っていてください」

「……」

「あなたならご存知でしょうが、僕がラシャシティになったのはルベリオさんが家を出て行った後なんです。なので、僕は彼との面識がありません。養父母から聞いていたくらいで……。ですから、それはあなたが持っていてください」

「……、……そうか」

「……それとも、それは重い、ですか」

 僕がそう言うと、彼は少し目を見張ったように視線をループタイからこちらへ移す。

 見つめあっていたのは数秒間。彼は詰めていたらしい息をややゆるめて、口を開いた。

「あぁ、重いよ。……とても、ね」

 噛みしめるように言うと、元は僕に渡そうとしたそれを、存在を確かめるように握りしめる。

 その目が、とても切な気で、僕にはわからない色にも揺れていて。

「……。……あぁ、すまないね、その格好を見るに今日は非番だったのだろう。時間を取らせた」

 けれどその色は瞬きをする間に既に消えていて、話を転換させた。

 ……それは。

 いつだかに遠目で見た「エルヴィン団長」の顔をしていたから。

 きっと、今回を逃せば、少なくとも僕の前では「団長」でない彼を出すことは一度たりとも無くなるんだという確信にも似た予感を覚えたから。

 踵を返し戻ろうとする背中に、自分でもちょっと驚いてしまうような声量で引きとめた。

「まっ……待ってくださいっ!」

 背中は向けられていたけれど、彼との距離は数メートル程もない。

 驚いた様子で振り向け彼に、僕は羞恥心からやや頬を染めた。

「……や、あの、……すみません。……ええと、よかったら今度、一緒に食事でも、どうですか……こ、個人的に」

「……個人的に?」

 僕の言った意味を図りかねているのだろう。それとも驚いたせいなのか、幾分丸みのある視線を受け、僕は控えめに頷く。

「ええ。……ルベリオさんの話を、お聞きしたくて」

「……」

「先ほども言った通り、僕とルベリオさんに直接の面識はありません。養父母から話を聞いていただけで……。なので、彼が家を出てからのことは全くしらないんです。もしよければ、彼がどんな人だったのか知りたいのですが……、あ、でも、やはりお忙しい……です、よね」

 自分の都合でばかり話を進めていたことに気が付き、尻すぼみになりながらようやく口を閉ざす。

 彼はふむ、とあごに手を当てしばらく考えていたようだが、やがて顔を上げほんの少し微笑んだ。

「それはいい、いこうじゃないか」

「え、……いいん、ですか……?」

「……ルベリオが、訓練兵の頃からよく言っていたよ。死んだ仲間を弔うには語り合うのが一番だと。思い切り泣いて、花を送って、また歩き出すんだそうだ」

「花を送れば、同じ数だけ心の中にも花がある。それは、思い出と同じく褪せないもの」

「……! そうか、そうだね、君も、知っていたのだね」

「最後まで聞いたのは一度きりでしたけど、今、全部を思い出しました」

「はは、……聞いたときは、とんだロマンチストだと思ったよ」

 僕も彼に笑い返す。

 養父と養母からルベリオさんが聞いた話が彼へ、同じように、僕にも。

 どこか遠くを見つめて、彼は言った。

「もうルベリオが亡くなってから長いからね……そのときからの同期は、ほぼ全員散ってしまったよ」

 言ってから、彼は思わず、と言った風に手を口元に当てた。彼はなにかまずいことを言ったのだろうか。と思うが僕は咄嗟に気を利かせたフォローというものができず、加えて話の内容が内容なのでどんな顔をすればいいのかわからない。

 控えめに、はは、と笑うと(自分で想像していたよりずっと乾いていた)、彼はなにかに気が付いたようで僕の顔を見て懐かしげに目を細めた。

「……ああ、ルベリオも、ちょうど、そんな風に困った様に笑うのが癖だったよ」

 

 僕がこういった風に笑うのは、エレンによればいわゆるヘタクソな愛想笑いをしているときだけだったが。

 

「……僕とルベリオさんは、似ているんですか?」

「? いいや、全く?」

「へ……」

 養母が僕を何かに通して見ていた---そしてそれは多分ルベリオさんであることを思い出し、少しばかりセンチメンタルな気分になっていた僕は、何故? と視線で聞いてくる彼に拍子抜けする。

「傍目から見て似ていると言えなくもないのは、髪の色くらいかな?」

「……そう、ですか」

 言いがかりレベルだった。

 僕が呆気にとられていると、どこからか鐘の音が鳴り響いてくる。

「へっ、え、もうそんな時間……!?」

「……思ったよりも話し込んでしまったみたいだね……それじゃあ、また」

「あ、はい。お引き止めしてしまいすみませんでした……!」

 頭を下げて彼を見送る。

「……ありがとう」

 風の音のせいで、ともすれば気のせいかとも思えてしまいそうな感謝の言葉。

 どういう意味で、何故言われたのかはわからなかった。

 

 

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