温水プールからトリップし老夫婦に拾われた中学生が、流されながら生きて失ったものを自覚する話   作:熊々楠

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「おっせーよヤヒロ! 探しただろ?」

「ごめん!」

「まあまあエレン。でも珍しいね、ヤヒロが遅れるなんて」

「何かあったの?」

「……うん、ちょっと来客がね」

「……?」

 茜色の空が建物を染め上げ、影が足を思い切り伸ばす頃、僕らは川の側を歩いていた。

 音も立てずに水中を悠々と泳ぐ姿を尻目に彼らの話に耳を傾ける。

 彼らから同級生のことはよく聞いていた。やれ誰の食い意地が張っているだとか、天使と言われているだとか、馬鹿だとか、リーダーシップがあるだとか、色々。

「泳ぎたい?」

「え?」

 話の途切れ目にアルミンがそう尋ねた。

 顔を覗き込まれ自然と足を止める。

「そういう顔、してたから」

「……どういう顔だよ」

 そう突っ込むも虚しく、アルミンの言葉に同意するようにエレンもミカサも頷いている。

 泳ぎたいのは、まあ……事実だけど、こうもわかりやすいのだろうか、僕という人間は。

「……訓練期間が終われば、お前たちの水中訓練もなくなるんだよな」

「そうだね、一応やってるってレベルで、とりあえず泳げれば問題ないみたいな扱いだし」

 夕日に輝く水面に目を細めら今でも向こうの世界で生きていたら一体何をしていたのだろうか、と今まで間考えなかった、否。考えないようにしていたことに思考を巡らせる。

「……泳ぎたい、なぁ」

 ぼつりともれた言葉は本当に無意識で、思わず、と言った風に口を押さえた。

 するとその呟きをしっかりと耳に入れていた三人は僕の方を振り返り、くすくすと笑い出す。

「……笑うなよ」

 気恥ずかしさからぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 風が髪をゆらして抜けていく。まだ笑っている彼らをみて、ひどくなつかしさを覚えた。

「……あのさ」

 苦しさに耐えきれずに言葉を漏らした。

 彼らはまだ笑いが尾を引いているらしいが、僕の話を聞くぐらいの余裕は取り戻したらしく、僕を見つめる。

 

「──…変な話、してもいいかな」

 僕の大切な友人たちに、知っていてほしいと思った。

 

 *

 

  「僕の名前は酒納八尋。日本っていう国の、埼玉県に住んでた普通の中学生だった」

 落ちていた木の枝を拾い、漢字で自分の名前を書く。

 勿論三人は読めないはずだ。

「今はあれから七年経って、二十二歳。もうすぐ二十三。普通なら多分、今年社会人になってる。将来の夢は、小学生の頃はオリンピックとか言ってたけど、中学のときは学生の間は大会にでられればよくって、スポーツ関係の仕事に就きたいと思ってた」

「ヤヒロ……? 何の話……?」

「……エレン、ミカサ、アルミン。……僕は、壁も巨人もない世界から来たんだ」

 三人が、息を飲んだ。

「……ど、どういうこと?」

 アルミンが僕に尋ねる。

 その声は動揺か興奮からか、震えているようだった。

「そのまま。……超大型巨人が来る前、ミカサがエレンと暮らしはじめたばかりの頃、海の話をしたでしょ? 外は壁に囲まれてるし、泳ぐ機会がないのはわかったけど知らないなんて思わなくて」

「……そういや、ヤヒロがきたばっかの頃は、オレに色々聞いてきたよな。今思い出すと知らない方が不自然ってことも」

「うん。一応、記憶が溷濁してるっていう体にはなってたみたいだけど、流石に大人に聞くのがまずいっていうのはわかってたから……」

「ちょ、ちょっとまって! ヤヒロの言ってることが本当だったとして……あ、いや、疑ってる訳じゃないんだ! でも、にわかには信じ難くて……。そ、それで、ヤヒロのいたっていう世界では、巨人はどうなったの? みんな駆逐されたの!?」

「いや、巨人は元からいない。壁もない。……えっと、人同士の戦争が元で壁が築かれたこともあったけどここまで大きなものでもなかったと思うし、どうしてできたのかわからないわけでもない」

「!」

「……そんな、巨人がいない世界なんて……」

「……」

「質問があるならわかる範囲で答えるよ。僕も、話したい」

 そう僕が言うと、早速アルミンから質問が飛んでくる。

 知識としては中学生レベルで止まっているけど、それらに時にあやふやになりながらも大まかには問題なく答えることができた。

 途中から、真偽を確かめようというよりは一人の学者として僕に質問を浴びせていた気もする。

 ひとしきり質問責めが終わった後、ミカサが口を開いた。

 

「……家族は? ……ヤヒロの、家族」

「……両親と一緒に暮らしてた。兄弟はいなくて一人っ子だったけど、ばあちゃんとじいちゃんの家がすぐ近くだったからよく遊んでもらってた」

「会いたくはないの?」

「……そりゃ、会えるなら会いたいよ。でも、そもそもなんでこっちに来たのかわからないし、それにもう七年経ってるあら、今更変えれたとしても色々、おかしくなってるから、無理、だろうし」

 身を乗り出して珍しく興奮していた様子のミカサだったが、僕の口調が途切れていくのにはっとしたように口を噤んだ。

「……ごめんなさい、無神経、だった」

 帰りたくなくて帰らないわけじゃないのに。

 言外にこめられた言葉に僕は口元を緩めて「ううん」と首を振り、気にしないでとうつむいてしまった彼女の頭をぽん、と軽く叩く様に撫でた。

「……父さんが言ってたのは、こういうことだったんだな」

「エレン……?」

「グリシャ先生、何か言っていたの?」

「あんまり詳しくは言ってなかったけど、ヤヒロがきたばっかの頃診察の後に、あの子は何か特別な事情があるんだろう、って……そん時は、記憶ねぇんだからそりゃ何かあったんだろ、って返したけど……」

「……そっか、そうなんだ……」

 たしかにあの時は気が動転していたし、おかしなことは言わないようにしていたとはいえ迂闊なことを言った覚えもある。実際自分でも気付かずにこちらの常識とは違うことも言っていたんだろう。

「ヤヒロはさ、どうして僕たちに、そんな大事なこと話してくれたの?」

「……信じてもらえないとしても、聞いて欲しかったから、知っていて欲しかったから」

 弔いのつもりで、話した。

 自分一人だけの胸の内にとどめておくのは、僕の十五までの人生が、あまりにも可哀想に思えたから。

「お前らと待ち合わせする前にさ、ルベリオさんの……昔の友人に会ったんだ」

「ルベリオさん……って、ヤヒロのお兄さんの?」

「うん。その人と少し話をしてたら、なんかね……ちょっとなつかしくなっちゃって」

 三人に向かって笑ってみせる僕。エレンの眉がきゅ、と寄ったのを見るに、また僕はうまく笑えていないのだろう。

 

 カーン、カーン、と遠くで鐘の音が聞こえる。

 夕日も随分と傾き、壁の向こうに消えかけてしまっている。

 街には段々と灯りがともり、やがては隣に立つ人の影を明るくやわらかに照らす。

「……もう、時間だね」

「あぁ、門限厳しいしな……」

「……元気でね、ヤヒロ」

「お前らもな」

「……」

 ミカサが僕に近寄り、両手で僕の手をすくい上げて、握る。

「ミカサ?」

「……、」

 口を開けたが、言葉はでてこずにはく、と空気だけを押し出した。

「……あたたかい、から」

「?」

「ヤヒロの手は、温かいから、だから、……大丈夫」

「? うん、……ミカサの手も、あたたかいよ」

 おそらく僕を慰めてくれているようだということはわかった。言いながら口角が上がるのを感じた。この笑みは、きっとヘタクソなものではない。

 握られた指の間に僕の指を通して、子供の遊びのようにごつごつとした、けれど女性らしさがちゃんとある手を握る。

「……うん、うん、……大丈夫」

 うなずいて、ゆっくりと手を離す。そのままこちらを伺う三人に手を振って。また再会を約束した。

 宿舎へ戻る途中、家路へと急ぐ人々とすれ違った。

 もう暗い。隣に立つ人だとしても、その表情はうかがい知れないほどだ。

 夜は疲れを持ち越さないように早めに寝て、鶏声が聞こえる頃に起き、数年前とは随分変わったとはいえ、やはりだらけ気味な空気の中で仕事をこなす。

 これが、僕の普通。明後日も、一週間後もかわらない。

 昔の普通では考えられないような満天の星空を見上げ、目を閉じる。僕は呼吸をしている。

 先ほどミカサが触れた感触は、あたたかかった。生きている。だから、大丈夫。ぽっかり空いてしまったと感じていた胸の中の穴は、いつのまにか送ったものと同じだけの花束で、あふれていた。

 僕は、十五歳までの僕を抱えて、これからも生きていく。

 

 エレン達と会ったこの日は、104期生卒団式の、一ヶ月前の出来事だった。

 

 

 END.

 

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