硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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 あれは、いつのことだっただろう。

 いつも七海くんと一緒に来る灰原くんが、珍しくひとりで俺の部屋に訪れたとき。いつもよりほんのわずか大人しかった彼が珍しくて、つい言ってしまった。何かあったのか、と。

 

「何もないですよ? いつも通りです!」

 

 彼はそう言ったが、声にいつもほどの元気はない。とはいえ、本人が言いたがらないものを聞き出そうとは思わないし、聞いたところで俺に何が出来るとも思わない。そうか、と軽く受け取ると、灰原くんはそのまま黙った。

 何か言葉を探しているらしい灰原くんは、つい、という様子で言葉を零す。

 

「……クラゲさんは、自分の妹が高専に入学するの、嫌じゃなかったですか」

 

 彼のそんな声を聞いたのは、初めてだった。つい、指が止まる。

 灰原くんははっと我に返って、何でもないです、と慌てて言うが、一度吐いてしまった言葉は戻らない。確か、彼の妹も見えるという話だった。絶対に高専に来ないように、彼が言い含めてきたという話も聞いたような気がする。

 何となくぼさぼさの頭に手をやって、答えた。 

 

「……嫌だったよ」

 

 ぽつり、と言葉を落とす。そして、くるりと椅子を回して彼の方を見た。灰原くんは、いつも通り床に座り込んでこちらを見つめている。戸惑ったような、後悔したような、およそ灰原くんには似つかわしくない顔をしていた。

 そんな顔もできるんじゃないかと、少し苦笑して息をつく。誰だって、悩むことも迷うこともある。それを恥じる必要はない。

 

「けど、硝子は自分の意志でここに来るって決めたからな。俺がやめろっつって言うこと聞くようなやつでもないし」

「……そう、ですか」

「妹さんと喧嘩でもしたのか」

「うーん、これを喧嘩っていうなら、もうずっとしてるんですけど。……僕は、絶対に高専に来るなって言い聞かせてきたんです。こういうことに向いてるような妹でもありませんでしたし」

 

 灰原くんの妹さんならそうなんだろうな、と何となく思えた。そもそも灰原くんだって、術師向きとは言えない人間なのだから。

 少し前に夏油が「灰原は二周くらい回っていっそ術師向きなんじゃないかと思うようになりました」とか何とか言っていたが、やっぱり俺は彼が術師に向いているとは思えない。確かにどんな状況でも心折れず、未だに「普通」の感性を捨てずにいられるところは、いっそ頭がイカれているとは思うけれど。

 でも、彼の魂は、やっぱり術師をやるには善良過ぎる。きっと、妹さんもそうなのだろう。

 

「久しぶりに電話して、またちょっと言い争っちゃって。僕は、自分が間違ったことを言ってるとは思いませんけど、……クラゲさんは家入さんの入学を許したんだよなあって、ちょっと思って」

「……いやそこで俺を引き合いに出さなくても。いろいろ事情も違うだろうし」

「違うんですか?」

「違うと思うよ。まあ、うん、いろいろ」

 

 説明するのが面倒でつい言葉を濁したが、灰原くんは素直にそうなんですか、と頷いた。そういうところなんだけどな、と思いながらも俺は苦笑するしかない。

 だが、確かに事情は違うだろう。兄妹そろって高専にスカウトされたこと自体が同じだったとしても、俺と硝子の場合、俺はただの「おまけ」だった。他者の傷を癒やせる反転術式、高専が欲しかったのはどう考えてもそっちだろう。明言されたことはなかったが、俺たちに会いに来た高専の人間は、どいつもこいつも視線が硝子に向いていた。

 硝子は自分の意志で高専に入学した。それは嘘じゃない。だが、硝子が入学したくないと言ったとしても、逃げ切れたかはわからなかった。

 

「……灰原くんが来るなって言い含めたとしても、来ないことを決めたのは妹さん自身だろ。兄貴の反対押し切ってでも高専に入りたいと思えば入れたはずだ」

「、」

「というか、それくらいの意志がないと入ったところでやっぱり潰れてたんじゃないか? そんで、高専に入って『潰れる』っていうのは、文字通り命の危険に直結する」

 

 だったら、やっぱり来なくて良かっただろ。

 そう言いながら、俺はモニターに向き直る。背を向ける直前に見た灰原くんは、きゅっと口を閉じていた。

 いつもうるさいくらい賑やかな彼でも、口を閉じることがあるんだなと少し笑う。

 

「ちなみに何度でも言うけど、俺は君も術師に向いてるとは思わねーからな。死にたくなかったらさっさと辞めた方がいいぞ。この世界、いいやつから順番に死んでくから」

「じゃあ七海も向いてませんね! ちなみに術師は辞めないです!!」

「うるっさ。調子取り戻すの早すぎかよ、ウケる」

 

 まあ確かに七海くんも向いてねーな、と付け足せば、ですよね、と返ってくるいつも通りの元気な声。やっぱりこの子はこうじゃないとな、と呆れつつも笑ってしまう。自分を「いいやつ」と言われても謙遜せずに受け止め、じゃあと言って自分の同期を出してくる辺りが、とても彼らしい。

 だからこそとっとと辞めろと思う反面、何とか生き残ってくれ、なんて。そんならしくもないことを思ったりする訳なのだが。

 

「まあせいぜい死なないように」

「はい、死にません!!」

「元気なのは大変よろしいけど声は落とせな」

「はい!!」

「うるっせ」

 

 変わらない声量に苦笑しながら、思う。

 このクソでクズな血なまぐさい世界では、何故だか本当にいいやつから順に死んでしまう。そんなひとたちを、術師としての歴が短い俺ですらたくさん見送ってきた。彼らの存在を「呪い」にしたくなくて、もうほとんど思い出すことはできないけど。

 確か、自分以外の誰かを尊ぶやつは死んだ。

 確か、自分以外の誰かを見捨てられないやつは死んだ。

 確か、自分以外の誰かを守ろうとした奴は死んだ。

 だからだろうか、そういう「いいやつ」を見かけるたび、術師なんてとっとと辞めて「いいやつが生き残れる世界」に行けばいいのに、なんて。そんな馬鹿げたことを思うようになったのは、いつからだっただろう。誰がきっかけだっただろう。

 もう、何も思い出せない。ただ、俺にわかるのは。

 

「……まじで、いいやつから順番に死んでくんだよな。笑えないくらい」

 

 つい口を突いて出たその呟きに、何か言いましたか、と相変わらずの声量が聞き返す。俺は何でもないよ、ただ手を振った。

 

 

 ***

 

 

 その知らせを受けて、兄貴に連絡をしたのは夏油だった。

 思いのほか早くこの部屋を訪れた兄貴は、何も言わず、表情も変えず、ただそのベッドの傍に突っ立っている。血霞が見えそうなほど濃く漂う血の香りに怯むこともなく、顔に掛けられた白い布を取ることもせず。

 ただ、その遺体をじっと見つめていた。

 

「……私の落ち度だよ、海月。素直に認めよう」

 

 少し離れた場所に座る、金髪美人。このひとが特級術師のひとり、九十九由基だということには驚かされたが、そんなひとと兄貴が協力関係だということにはもっと驚かされた。

 お兄さんからよく君の話を聞いているよ、と挨拶をしてくれたそのひとは、冷静ながらも少し低い声で、状況を辿っていく。

 

「君の予測は正しかったよ。発生したのは産土神信仰、一級案件だ。しかも土地に紐付くタイプの呪霊なだけあって、その近辺一帯に蠅のように呪霊が寄っていてね。いくら筋がよくても、二級の学生ふたりの手に負える案件じゃなかった」

 

 そう、兄貴が九十九さんに調査を依頼したという呪霊の発生予測。それが今回、七海と灰原が派遣される任務先とちょうど合致していた。高専の判断では二級で十分とのことだったが、兄貴の予測では一級相当。高専よりも、兄貴の予測の方が正しかった。

 二級案件だったら見学だけにしておくから、と任務に同行した九十九さんがいなければ、犠牲はひとりだけでは済まなかったかもしれない。

 

「とにかく、呪霊の発生範囲が広かった。とにかく産土神信仰を起点にして広めに帳を下ろしてはもらって、さっさとメインを祓ってしまおうと思ったんだよ。実際、私の手に掛かれば一級呪霊くらい軽いものだからね。帳に入った低級呪霊は学生くんたちに任せて、帳に入りきらなかった分は後に回した」

 

 それが、仇になった。

 長椅子に腰掛け、目元をタオルで隠した七海が、絞り出すように口を開く。

 

「……クラゲさんの言ったとおりだった、と感心していたところだったんですよ。神やそれに紐付いた信仰は少なく見積もって一級案件、確かに私たちの手に負える呪霊ではなかった。今回はクラゲさんの予測と九十九さんのおかげで助かりましたが、もっと強くなって、次は自分たちの手で祓えるようにしなければと、そう、思って、」

 

 次、自分たちの手で祓えたところで、失われたものは戻らないのに。

 その声は、七海らしくもなく震えていた。今回の任務で負った傷はどこも軽傷で、とっくに完治している。だが、私の反転術式でも、心の傷は治せない。

 

「……いいひと、だったのに」

 

 同じく七海の隣に座る灰原は、両手を強く握りしめて項垂れている。表情は見えないが、その声は湿っていた。

 

「いつも丁寧に任務の説明してくれて、辛くないかって気遣ってくれて、たくさん話もしてくれて、……なのに、帳が消えて、戻ってみたら、」

「彼、結界術が得意なんだってね。本当に大した腕だよ、帳の外で何が起きていたのか私にも一切気づけなかった」

 

 でしょうね、とそこでようやく兄貴は口を開いた。

 

「このひとの帳は外と中を完全に分断する。帳を通過できる条件付けもお手の物、たぶん補助監督の中では一、二を争うくらい結界術の名手だった。術師が帳のなかで呪霊にだけ集中できるように、状況によって帳を使い分けられる程度には優秀なひとです。……帳の外でこのひとが呪霊に襲われてたって、気づけるわけがない」

 

 ベッドに横たわっているのは、兄貴が親しくしていたという補助監督だった。

 兄貴曰く別に特別親しかったわけじゃないらしいが、夏油からみればずいぶんと信頼している相手に見えたという。実際、夏油から知らせをうけた兄貴は、本当にすぐにこの部屋を訪れた。

 まだ、兄貴は彼の亡骸から目を離そうとしない。夏油は、ただ静かに部屋の壁にもたれている。

 

「今回、彼が亡くなったのはどちらかというと俺のせいです。九十九さんも、灰原くんも七海くんも気に病む必要はない」

「、何を……!」

「このひとの性格をわかってたくせに、余計なことを言った」

 

 反論しようとした七海を意にも介さず、兄貴はただ静かな声で続ける。わかってたのにな、と繰り返した。

 

「今回の任務は、事前情報よりも呪霊の等級が上がる可能性がある。九十九さんがいれば問題はないと思うが、一応すぐに逃げられるように考慮しといてくれって。……帳に収まりきらない呪霊がいたんなら、戦うすべをもたない補助監督はとっとと安全なところまで避難すべきなのに。それでもこのひとが帳のすぐ外に留まったのはそのせいだろ。……自分の身の安全よりも学生の命を優先しちまう人間に言うべき言葉じゃなかった」

 

 もう、遅いけど。

 一瞬だけ目を伏せた兄貴は、いつも通りの顔でそのひとに背を向ける。

 

「海月」

 

 足を踏み出そうとした兄貴を引き留めるように、九十九さんが兄貴を呼んだ。そういえば、このひとは兄貴を「クラゲ」とは呼ばないんだなと、妙な違和感を覚える。

 

「私たちが彼の元に戻ったとき、彼にはわずかに息があった。彼は、君にも言葉を遺して逝ったよ。聞くかい?」

「いえ、いいです」

「海月?」

「だいたい予想つきますよ、その程度にはこのひとの性格知ってますし。それに、……どうせこのひと、笑っていったでしょ」

 

 こっちの気も知らないで、と声にならない言葉が続いたような気がしたが、もしかしたらこれは私の妄想だったかもしれない。

 困ったように笑ってみせた九十九さんは、正解、と小さく言葉を零す。それなら聞く必要はありません、と兄貴はあくまでも声のトーンを変えない。

 

「第一、亡くなったひとのことは忘れることにしてるので」

「あ、」

「……灰原くん?」

「それ、です」

 

 兄貴の言葉に反応した灰原が、顔を上げる。やはりその瞳は涙に濡れていて、顔を上げた拍子に頬に一筋の光が走る。灰原はそれに構うことなく、言った。

 

「そう、言ったんです、最期に。……クラゲさんに、自分のことは忘れて欲しいと伝えてくれって」

 

 兄貴は、特に驚く様子も見せなかった。ひとつ呼吸を置いて、そうか、と彼の最期の言葉を受け止める。じゃあやっぱり聞く必要なかったなと、温度のない呟きが落ちた。

 強がっている様子はない。感情を押し殺している様子も見えなかった。兄貴はもともと感情の上下を態度に出す方ではないし、そもそも多分さほど感情を動かすタイプでもない。だが、今の兄貴はとにかく「無」だった。

 無感情、無表情。呪力の揺らぎも皆無。それが完璧なポーカーフェイスなのか、それとも本当に何も感じていないのか、私にも判断ができない。

 ふと兄貴はちら、と後輩たちに視線をやって、こきり、と肩を鳴らす。まったく、とわずかに呆れに似たもの、いや、これは憐憫の方が近いだろうか。そんなものを視線に滲ませて、口を開く。

 

「……だから言っただろ、灰原、七海」

 

 お前ら、術師に向いてないよ。

 その言葉に、ふたりが目を見開いた、その瞬間だった。

 

「ええ、仰るとおりです」

 

 耳障りなくらいねっとりとした、気色悪い甘さを含んだ声。声の元に目をやると、そこにはマットな赤い唇が目を引く黒いスーツの女性が立っていた。

 

「ひとの死くらい軽く流せるようでなければ、この世界にいても辛いだけですよ。ご友人の死を見ても平然としていらっしゃる家入海月一級術師くらい、薄情にならなくてはね?」

 

 血のように赤い唇が、上弦の月のように弧を描いている。見たことのない顔だったが、どう見ても好意的な相手とは思えなかった。

 

 

 部屋にいた全員の視線を受けても、彼女は平然と微笑んでいる。他者を小馬鹿にするような、感情を逆なでるような笑い方だった。

 軽く首を傾けると、長い黒髪がさらりと揺れた。

 

「ああ、失礼いたしました、つい余計な口を。ノックはしたのですがお返事がなかったので、そのまま入室させて頂きました。家入一級術師、よろしいですか?」

「俺に何か?」

「はい、こちらを」

 

 彼女は無遠慮に兄貴に近づき、薄いとは言えない書類の束を差し出す。兄貴が受け取るときにちらりと一番上の書類がちらりと見えたが、その書式には覚えがあった。

 術師たちに渡される、任務の命令書だ。

 

「貴方に課された任務の資料です」

「……ずいぶん多いな」

「ええ、ですがご安心ください。すべてをお一人でこなすように、という意味ではないそうです」

 

 くす、と赤い月が嘲りを乗せる。

 

「ご事情は存じ上げませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 視界の隅で、夏油の肩が揺れた。九十九さんは泰然と微笑んだままで、兄貴も特に動揺をみせることなく書類の束に目を通している。

 

「家入術師の手に負えない範囲は是非協力を頼むように、と。それを含めて、危険度の高い任務が多く割り振られているそうです。ですからどうぞ、家入術師はご無理なさらず。ご友人を亡くされたばかりでお気持ちも揺らいで……はいらっしゃらないのでしたね。失礼いたしました」

「どうでもいいけどご友人って言うのやめてもらえるか。違うから」

「あら、失礼いたしました。親しくなさっていたと伺っておりましたが、彼の一方的な片思いだったのかしら。それは彼も可哀想に……彼は貴方のせいで目を付けられていたのに」

 

 おわかりでしょう、これまで貴方の味方をしてきた人間が次々と消えていることくらい。

 ふふ、と零される笑い声からは、毒と呪いの気配がした。

 

「どこまでも傲慢に自分勝手に振る舞って、危うくなれば自分の盾になってくれる人間を傍に置いて。そうやってどれだけの屍を築いてきたのかしら?」

「だから覚えてないって言ってんだろ。死んだ人間のことは忘れたよ」

「あら、そうでした。さすが、薄情も極めると記憶の消去まで自在になりますのね」

 

 ガタッと安っぽい長椅子が激しい音を立てる。

 その瞳孔は完全に開いていた。飛び跳ねるように立ち上がった後輩たちは一直線に女性との距離を詰め、そしてもうあと一歩というところで──弾かれるように、元の場所へと吹っ飛ぶ。

 七海は夏油に首根っこを掴まれて放り捨てられ、灰原は兄貴にその頭を押し戻すように投げられた。壁に背中を打ち付けたふたりは、ずるずるとまた長椅子に座り込む。

 一瞬のできごとすぎて、目で追うのがやっとだった。

 

「……おいおい、せっかく治したのにまた怪我させんなよ」

 

 つい、呆れるようにそう言えば、にこりと笑顔を作った夏油が答える。しかし何となく、いつもよりもさらに作り物めいた、貼り付けたような笑みだった。

 

「ちゃんと手加減はしたから大丈夫だよ。ふたりとも、少し頭を冷やしな」

 

 ふたりは無言のままだった。いまだ、その毒々しいスーツを正面から睨めつける。その態度を、夏油は咎めようとはしなかった。仕方ないねと言わんばかりに、その口から小さなため息が漏れる。

 対して九十九さんはふふ、と微笑ましそうに笑みを零した。場違いなほどに明るい声で、兄貴に向けて言葉を投げる。

 

「やっぱりいい子たちじゃないか。自分のために怒ってくれる後輩をもった感想はどうだい? 海月」

「危なっかしくて見てられねーし頼んでもねーですよ」

「あら、せっかくのお味方なのに。それにしてもごめんなさいね、何かお気に障ることを言ってしまったかしら?」

 

 その嘲るような笑みを向けられても、ふたりは何も言わない。意外と本気でキレると黙るタイプだったのかと、特に灰原には意外に思う。言葉では何も語らずとも、その表情が、身体の強ばりが、迸るような呪力が、ふたりの怒りを語っていた。

 だというのに当の本人は、いまだに凪いだ顔のまま。そんな兄貴を呆れたように見た夏油は、改めてその女性に目を向ける。

 

「見ない顔ですが、貴方は補助監督ですか? 術師に対してこんなに不躾なひとがいるとは思わなかったな」

「補助監督にもいろいろおりますのよ、夏油術師。いい機会ですから、家入術師にも教えて差し上げようと思いまして」

「へえ、教えてあげるって、何を?」

 

 夏油を相手にしても怯まないそのひとは、改めて視線を兄貴に向ける。その瞳には、いっそ決意とも言えるような、強い光があったように見えた。

 何だろうこのひと、とにかく気持ちの悪い言葉ばかりを吐いて、何を考えているのかよくわからない。その表情も、その声も、その()()()全てに、言い表せない違和感が募る。

 

「貴方、本当に迷惑なんです、ここに生きているだけで。だって貴方と関わったひとが順番に死地に追いやられているんですもの。貴方は忘れてしまったと仰るけれど、今までもずっとそうでした。そしてこれからも間違いなく、そうなるでしょうね」

 

 今こうして貴方の傍にいてくれる方々も、いつまで息をしていられるかしら。

 そこでちらりと、呪いに満ちた目線がこちらを向く。次は貴方よと、そう言われたような気がした。

 

呪術界(せかい)に抗えば抗うだけ、喪うだけなのに。それを貴方がいつまでも、懲りないから」

 

 それだけ言って、彼女はまた兄貴に視線を戻す。それを教えてあげる人が今までいなかったのではないかと思いまして、なんて今さら殊勝な顔をつくって、嘲りを隠すこともせず。また腰を浮かし掛けた後輩たちを、夏油が視線で押しとどめた。

 彼女の言葉を受け取った兄貴は少し黙って、それから改めて、なるほど、と呟く。

 その顔には、先ほどまでとは少し違う感情の色がある。しかしそれがどういう心情の表れなのか、私にもわからなかった。

 兄貴は、相変わらず凪いだまま、その言葉を声に乗せる。

 

「アンタ、俺に殺されにきたのか」

 

 

 ***

 

 

 時には海月も、傘を開く。開いて、閉じて、海を泳ぐ。

 波に負けることのないように、沈んでしまうことのないように。

 

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