硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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番外SSです。もし、原作軸に入ったら。



番外(時系列関係なし)
十年後の話


「……五条、今お前なんつった?」

 

 教師になってもなお、何かと面倒ごとを俺のところに持ち込む特級クズ野郎だが、今回の「厄介ごと」は桁が外れていた。

 思わずモニターから目を離し、椅子ごと振り返る。いつも通り何でもない顔をした五条は、愉快そうに笑いながら繰り返してみせた。

 

「だーかーらー。両面宿儺の器が現れたよ。すでに指を二本取り込んでるけど、それでも肉体を奪われずに自我を優位に保ってる。大したもんだよね」

「指取り込んで死ななかったどころか肉体奪われてないってまじで?」

「まじまじ。びっくりだよね」

 

 特級呪物、両面宿儺の指に堪えうる器。それはまさに、過去千年生まれてこなかった逸材だ。しかも聞けば、その器は一般人の高校生男子だという。いやいくら危険な状況だからって他人助けるために呪物食う衛生観念は絶対に一般人ではないと思うのだが、とりあえずそれは置いといて。

 器が現れたなら、器ごと破壊すれば両面宿儺の指も破壊することができる。当然、上層は宿儺が表に出てくるリスクを考えても、呪術規定に基づいて彼を死刑に処するだろう。だが、こいつがいる時点でそんなことを許すはずもなく。

 

「……で、どうしたわけ」

「高専に転入の手筈は整えたよ。口うるさい爺どもも黙らせた。どうせ死刑にするなら、指を全部取り込ませてからにすべきってね」

「執行猶予か。妥当なところだな」

 

 妥当と言っても、五条が言わなければ通らなかっただろうけれど。やれやれと思いながら、少し目を伏せた。

 これからその器の彼は、自分が生きていることで生じるメリットを示し続けなければならない。自分が生きていることで生じる数多のデメリットを眼前に叩きつけられても、それでも。さて、それでもその少年は自分の「生」を選択し続けられるほど頭がイカれているだろうか。

 そんなことを思って、小さく息を吐いた。にっと笑った五条が、俺の顔を覗き込む。

 

「虎杖悠仁っていうんだけどね、いい子だよ。クラゲさん流に言うなら、びっくりするくらいの善良な魂の持ち主。しかも、頭はいい感じにイカれてる」

「……何だよ」

「いーや? ただ、クラゲさんが気に入りそうな子なんだよねって」

 

 にやーと笑うその顔が気色悪い。露骨に顔をしかめて見せても、五条は愉快そうに笑うだけ。これだからこいつはクズなんだ、それだけ言えば十分に俺を動かせると思ってやがる。

 

「俺は関知しねーぞ」

「またまたそんなこと言ってー。入学が遅れてるもうひとりも揃ったらちゃんと会わせてあげるからね!」

「いらね」

 

 素直じゃなーい、と言いながら俺に五条は背を向ける。相変わらず俺の言葉なんて欠片も聞いちゃいない。いくら言葉遣いや振る舞いを取り繕ったところで、そのクズの性根は学生時代から少しも変わることはなく。

 とはいえ、クズだからこその五条悟なのでそこはもう諦めるほかなく。

 

「……五条」

 

 何、と不審者丸出しの目隠し野郎は首だけでこちらに振り向いた。

 

「七海や灰原、伊地知と早めに顔合わせしといてやれ。『虎杖悠仁』が『呪い』でなく『人間』だっていう印象をなるべく広めておいた方がいい」

 

 そんなクズの「味方」でいるなんて「縛り」を結んでしまった以上は、俺も腹を決めるしかないのはわかっていた。

 したり顔で頷いたあのクズの親指、誰か折ってくれないかなと心から思う。

 

 *

 

 五条が部屋を出てすぐ、白衣のポケットからスマホを取り出した。嫌なことは手早くすませてしまおう、さっさと目的のやつの名前を呼び出してコールする。ちょうど手が空いていたのか、そいつは数コールと待たずに電話に出た。

 

『はい、夏油です』

「俺。今大丈夫か」

『大丈夫ですよ。どうしました?』

 

 教祖業を始めて十年、どれだけ素質があったのか、今や旧盤星教はかつて以上の規模を誇り、夏油は教祖としてその頂点に鎮座している。天元の言葉を預かる預言者的な立ち位置からスタートした教祖業だったが、いやちょっとお前上手くやりすぎだろうと。夏油を拝みながら感激の涙を流す信者の姿を見たときにはさすがにドン引きした。お前詐欺師の素質あるなと言ったら呪霊をけしかけられたが、事実だと思う。

 今も五条袈裟を纏っているだろう夏油とは、ちょくちょく電話でやりとりをしていた。

 

「両面宿儺の器の話は?」

『ああ、悟から聞きましたよ。まさか適合者が現れるなんてね』

「知ってるなら話が早い。夏油、お前に渡してる呪霊の発生予測だけど」

 

 俺の研究を信頼すると言った夏油には、定期的に呪霊発生予測のデータを送っている。それを参考に自分が受けた呪霊除伐の任務を他の術師に割り振ったり、上級呪霊発生の可能性の高い場所に自ら赴いて手札を増やしたりと積極的に活用し、さらにフィードバックをもらっていた。おかげで精度もそれなりに上がってきていたのだが、今後はそうもいかない。

 やれやれと思いながら、その懸念を口にする。

 

「今後、突発的な呪霊の発生や、急激な呪霊の活性化の可能性が出る。その片鱗をわずかでも察したら、俺の予測がどうあれとっとと撤退するように念を押しといて。あのデータはイレギュラーには対応してない」

『……どういうことです?』

「両面宿儺の指の適合者が出たんだぞ。器本人の自我がどうあれ、もはや彼は活性化した呪物そのものだ」

『!』

 

 俺は虎杖悠仁という自我を疑うつもりはない。五条が善良な魂の持ち主と言ったからにはそうなのだろう。伏黒を助けるために自ら危険を冒した事実を考えても、おそらくそれは事実だ。

 だが、彼が生きている限り、彼の中にある両面宿儺もまた「生きて」いるという事実は重く考えなければならない。たとえ指の一本でも「目覚めて」いるなら、それは十中八九、各地に散らばっている「指」にも影響を与える。

 

「高専の忌庫に封印されている指はまだいいが、まだ発見されてない指がこれまで以上に周囲の呪霊を強く引き寄せたり、活性化させたりする可能性はかなりあると見ていいと思う。指の居所がわからない以上、さすがにそれは俺も予測できない」

『……なるほど』

 

 頭に入れておきます、と夏油が重く返した。

 これで夏油の方はある程度対処はしてくれるだろう。その可能性を踏まえて行動するだけでいざというときの判断はだいぶ変わってくる。

 どちらかというと、問題は高専の方だ。

 

『ちなみに、高専(そちら)は大丈夫なんですか?』

「大丈夫じゃねーな。上層は多分その可能性を考えてねーし、耳に入れたらやっぱり即刻死刑をって話になるだろうし。五条に言ったところで糠に釘だし」

『ははは、悟ですからね』

 

 自分は最強だからで何でも済ます奴に危険を説いたところで意味があるとは思えない。まあ後輩たちや話がわかりそうなひとたちの耳には入れておこう。余計な被害が減らせるならそれに越したことはない。

 めんどくさ、とぼやいたところで、夏油が小さく笑ったような気がした。

 

「何だよ」

『いえ、やっぱりクラゲさんはその少年の死刑には反対なんですね』

 

 クラゲさんらしいなと、と愉快そうに言われ、つい眉間に皺が寄る。確かに「器」の死刑は早計だと考えるが、それを情のためとか思われるのは癪だった。

 あのな、と電話口に言い返す。

 

「問題を先送りすんのが嫌いなの、俺は。せっかくはた迷惑な呪物全部葬り去れる条件が揃ったんだぞ。またそんな都合のいい器が現れてくれるとは限らねーし、相応のリスクがあるのだとしても特級が四人いるうちに面倒は片付けた方がいいだろが」

『ははは、本当にクラゲさんくらいですよ、特級術師をただの便利な戦力だと本人相手に言い切ってしまう命知らずは』

 

 いいですけど、とひとしきり笑った夏油は声を改める。万事了解しました、と少し低い声が鼓膜を揺らした。

 

『何かあればまた連絡をします』

「ああ」

 

 そう手短にかわして、通話を終える。少し熱をもったスマホをまたポケットに放り込んで、モニターに視線を戻した。

 せっかくそこそこに精度をあげてきた呪霊発生予測だったが、しばらくこれを当てにするのは危険だろう。たとえ万が一の確率でも、両面宿儺の指に当たってしまったときのリスクが大きすぎる。たった一回の「ハズレ」が、どんな結果を引き起こすかわかったもんじゃない。

 

「……イレギュラー発生時のシミュレーション組んで……ああ、その強さの程度ももう一度五条と伏黒から聞き取りしねーとか。……忌庫の『指』の封印も改めて確認してもらったほうがいい」

 

 やるべきことが次々と脳内に浮かび、口からため息が漏れる。また俺の隠居が遠ざかったような、と考えるのも嫌になって、俺は諦めて再びキーボードを叩き始めた。

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