「あ、部屋にいないと思ったらこんなとこにいた」
「……普通、夜中の二時にひとの部屋訪ねるか?」
草木も眠る丑三つ時、俺としては一服にちょうどいい時間、いつものように校舎裏の夜闇の中で煙草をふかしていた。もう部屋に戻って仮眠をとるつもりだったが、ひとの都合を考えないガキに見つかってしまった以上はそうもいくまい。
眠そうな様子など全く見せない五条は、任務帰りなのか制服を着ていた。
「どうせクラゲさん寝てねーじゃん。ほら土産買ってきてあげたから食おーよ」
「寝てねーんじゃなくて起きるんだよお前の呪力うるせーし。何、カステラ?」
「九州まじ遠かったんだって、西の任務くらい京都のやつに行かせればいいのに」
「それは俺も思う」
短くなった煙草を携帯灰皿に放り込み、一切れずつ個包装されたそれを受け取った。煙草の味とカステラの味が混ざるのは微妙だがまあそれはそれ、あまりに気にせずひとくち齧り付く。ふたくち、みくちと重ねれば、カステラの甘みが煙草の苦みを塗り消していった。
さすがは舌の肥えた五条のボンボン、いいものを買ってきたらしい。やさしいけれど物足りなくない甘みは、確かに老舗らしい上等な味わいだった。
うま、と思わず感想が口をついて出る。だろ、と隣で同じくカステラを食っていた五条は得意げに言った。
「カステラはここがいちばん美味いんだって」
「何だよ、わざわざ調べて買いに行ったのか?」
「これくらいの楽しみないと出張なんてやってらんねーの」
ただでさえひとりで出張とかつまんねーし、とまたカステラを頬張る五条。そう口では愚痴を言ってみても、このところの五条はだいぶ落ち着いているように見えた。まあ情緒五歳児が六歳児になった程度だが、前よりは自分の機嫌を自分で取れるようになったのではないだろうか。ようやく情緒が小学生になりましたおめでとう。
早いとこ精神が身体の年齢に追いついてくれるといいんだけどとぼんやり思うが、こんな夜中に押しかけてくる時点でその日は遠いか、と思い直してカステラの最後の欠片を口に放り込む。
「もう一個食う?」
「もらう。……いやもらうけど、お前任務帰りならとっとと部屋戻って休めよ」
「移動中ずっと寝てたから全然眠くねーの。だからクラゲさんとこ来たんじゃん」
「言っとくけど俺も寝てるときは寝てるからな」
「え、クラゲさんが寝てんの見たことねーけど」
「だからお前の呪力がうるせーから起きるんだっつの」
え~~~、と不満そうに五条は眉間に皺を寄せる。んなこと言われてもさ、と唇を尖らせた。
「ひとの呪力を騒音扱いとかマジ理不尽じゃん」
「耳栓で防げるぶん騒音のがまだ可愛いわ。馬鹿でかい呪力が近寄ってきたら嫌でも起きるだろ」
「前から思ってたけどクラゲさんて気ィ張りすぎだよね。常時臨戦態勢とか疲れない?」
「別に。お前らが絡んでくるようになってから呪いを送りつけられることが増えてな、迂闊に気も抜けねーんだよ」
「やば、クラゲさんてばモテモテじゃ~ん」
きゃぴ、と似合いもしない効果音をつくってかわい子ぶる大男は控えめに言って非常に気持ちが悪い。チッと舌打ちをすれば「この僕の可愛さを前に舌打ち……?」とか抜かす自意識過剰クズ、そろそろ面の皮の出来映えで覆い隠せないほど中身が腐っていることを自覚して欲しい。
さっさと二個目のカステラを口の中に放り込んで咀嚼する。やはり味はいいのだが、こうも続けて食べるとさすがに口の中が乾いてきた。
「ねえクラゲさん、そろそろお茶欲しくならない?」
「そうだな、部屋戻って自分でいれろ。もしくは自販機で買え」
「え、クラゲさんがカステラの礼にお茶ご馳走してくれんの? 嬉し~~~!」
「聴覚イカれてるから病院行った方がいいぞ」
そう言って五条に背を向けたが、自分に都合の悪いことは聞こえない特級クズは機嫌良く俺のあとをついてくる。こうなってしまえば五条が俺の言うことなど聞くはずもなく、たとえ俺が寝たいと言っても朝まで勝手に茶をしばいて居座り続けることだろう。少しは精神年齢も上がったかと思ったが、やはり五条に「ひとの迷惑を考える」なんて高等技術を求めるのは間違っているのかも知れない。
どうやら情緒六歳児が七歳児になる日は遠いらしい。俺の深い深いため息が、深夜の空気に溶けて消えた。
情緒六歳児おめでとう。