またクオリティが上がったなと思いながら、可愛いんだか不細工なんだか俺には判別のつかない「呪い」の拳を軽くかわす。
「もう学生じゃねーんだから説教は聞かねーっつってんでしょ夜蛾せんせー」
拳をかわされたそれは、跳ねるように着地した床を蹴り、また俺の顔面に迫る。そこそこのスピードとパワーはあるようだが、この程度ならちょっとうっとおしい呪霊程度。身を引いて小さな赤いグローブが顔の横を通り過ぎるのを見送り。ついでに腕を振り上げてその小さな身体を天井に叩きつけた。
おお~と全く感心してなさそうな特級クズ二匹の拍手が薄暗い部屋に響く。同時に、心底疲れた様子の恩師が大きなため息をつく。
「今回の、結構出来がいいんじゃないですか? お、まだ壊れてねーな」
「ああ、まだ調整中なんだがな。ツカモトと名付けた」
「知ってますか、親のネーミングセンスって子どもにすげー影響するんですよ」
クラゲさんが言うと説得力が違う、と笑う特級どもを軽く無視して、天井から降ってきたツカモトを受け止めた。首根っこを掴まれたままシャドーボクシングよろしくパンチを繰り出してくるツカモトは、やっぱり独特の顔をしている。これって可愛いんだろうか、ちょっと俺にはわからない。
「俺も今さらお前に呪骸をけしかけたくはないが、お前が何かやらかすと俺に苦情が入るんでな」
「それはお気の毒ですが、言いがかりですよ。俺が何したってんですか」
「むしろお前は何をしたんだ」
何をしたって、別にそんな特別なことはしていない。一連の流れを見ていた特級クズどもは仲良く笑いを堪えているが、本当に大したことをした覚えはなかった。
いつものごとくお偉方に呼ばれたから仕方なく出向いてやれば何故だかそこには問題児どもが先にご高説を伺っていて。こいつらいるなら俺いりませんよねと帰ろうとすれば三人並んでぐだぐだとうざってえ無駄話を垂れ流されて。暇だったから頭の中でフィボナッチ数列を数えていたが、99194853094755497まで辿ったところで欠伸が出た。聞いているのかと怒鳴られたが聞いているわけがねーだろアホらしいと言いたい。さすがにもういいだろと適当に話を切り上げてとっとと退出したというのに、帰り道でまた面倒などこぞの誰かに絡まれた。
特級ふたりと一級ひとりを前にしておきながら、よくもまああんな堂々と喧嘩を売れたものだ。どれだけ良い血筋なのか知らないが、特級の片割れが御三家の当主だということももしかしたら知らなかったのか。いっそ哀れと思って聞き流していたのだが、さすがに俺もちょっと機嫌が悪かったのだ。いや、五条や夏油に手を出させなかっただけ優しいと俺は思うのだがどうだろう。
特級どもに殺されることを思えば、俺の拳が顔面にめり込んだことくらい怪我のうちにも入らない。
「……五条、道塞いでるクソ邪魔な馬鹿がいたら潰すよな?」
「潰す潰す~! お掃除しちゃう~!」
「夏油、きたねー声でわめく
「わざわざ掃除をしてあげるなんてさすがクラゲさんですね。道が綺麗になったなあ」
そう、珍しく俺は善行を為したと思う。とんだ箱入りのくせに前線を奔る術師を侮辱し、あろうことか邪魔までしやがるクズ野郎など、高専にいるだけ害でしかないのだから。
「つまり俺がやったのはただの掃除。何の問題が?」
むしろボランティアをした俺の心意気は褒められてしかるべきでは。美しい奉仕の精神を説いても、夜蛾ときたらただただ眉間に皺を寄せるばかり。
「……まさかと思うが、それが通用するとは思っていないな?」
おっと、まさか俺の善意が通用しないとは。それならそれで、まあ仕方がない。すっと夏油に目をやると、にっこりと笑ったクズは小さく頷いた。
「じゃ、塵を物言わぬ塵にして証拠隠滅してきます。夏油、そいつ今どこだ」
「位置的には来客用の応接室ですかね。移動している様子はありません」
「いくらアラート鳴らないようにしてるからって呪霊に張り付かれてることにも気づかないとかマジ雑魚だよね。やばすぎ」
「どう見ても実力はせいぜい三級程度だからな。呪具もいらねーわ、消す」
「待て待て待て待て」
いったん冷静になれと言うが、俺が冷静でないように見えるのだろうか。特級どもに目をやれば、ふたりもただ面白そうに首をすくめるだけ。小さく息をつき、じゃあどうしろと、と頭を掻く。当然ながら俺に謝罪をするという選択肢は存在しない。
「……一般家庭出身の術師への差別」
ぽつりと言葉を落とせば、夜蛾の顔色が変わる。
「女性術師への偏見、侮辱。前線を奔る術師や補助監督ならびに窓への蔑視、ついでに呪力をもたない人間を金ヅル扱い」
「……海月、」
「いや別にどうでもいいんですけど、さすがに耳障りな声できたねー性根を見せられると俺も不快というか。これでも俺綺麗好きで」
ぶらぶらと揺れながらシャドーボクシングを続けていたツカモトが大人しくなる。ぽいっと手を離せば、軽い足取りで夜蛾の足下に駆け寄った。
苦笑を浮かべた夏油は、俺の言葉に応えるように続ける。
「吐き気を催す程度にはひどい言葉でしたよ。クラゲさんが一瞬遅ければ私がやってましたね」
「つかあの塵マジ何言いたかったんだろね? どこの誰かも知んねーけど」
結局誰なの、と五条が夜蛾に尋ねれば、夜蛾はそっと目をそらす。最近力を付けてきたという新興の呪術家系の名前を口にし、やたら言いにくそうに小さく付け足した。
「聞くところによると……歌姫と硝子に言い寄って振られたと」
「……は?」
「……それはそれは」
「マジかよウケる」
あまりのくだらなさに目眩すら覚える。道理で名指しで硝子を反転術式もちの
なるほどね、とこきりと肩を鳴らした。
「やっぱ呪具取ってくるかな。これ以上素手で触りたくねえわ」
「クラゲさん、身体はどうでもいいので意識だけ残しておいてくれませんか。使い勝手を試したい呪霊がいて」
「しょうがねーな」
「え、僕の分がないんだけど」
「何言ってんだよ五条、お前用に大物が残ってんだろ」
「そうだよ悟、君にはそっちをお願いしたいな」
「え、何?」
そいつの家、と夏油と声を揃えれば、途端に目を輝かせる五条。そして完全に顔を引きつらせた夜蛾。
「茈の調整に使お~」
「こらお前たち、待ち、……待てと言っているだろう!!」
この後に俺たちが何をし、その結果どうなったのか。
まあ、だいたい予想の通りだとだけ書いておくことにする。
珍しく意見が一致した問題児×3。