硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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星に願いを

「ながれぼしに三回ねがいごとをすると、ねがいがかなうってほんとう?」

 

 美々子と菜々子が星に興味をもったのは、夜蛾先生が差し入れてくれた本がきっかけだった。息子のお下がりですまないが、と差し出されたこども用の図鑑には鮮やかな写真やイラストがたくさん添えられていて、きらきらしたものが好きなふたりはひどく気に入ったらしい。繰り返し図鑑を開いては、この星が、星座が、と新しく知ったことを話してくれた。それはひどく微笑ましく、そんなに興味をもったなら今度は天体観測でもしてみようかと思っていたころ。

 いつも通り(こういう言い方をすると「俺は承諾してない」とジト目で見られる)ふたりを預けにクラゲさんの部屋を訪れると、我先にと深海の中央に浮かぶ椅子に駆け寄った双子は開口一番にそう尋ねた。急になんだという顔で、クラゲさんは振り返る。

 

「流れ星がなんだって?」

「ほんにね、かいてあったの! ながれぼしがひかってるうちに三回ねがいごとを言えたらねがいがかなうって!」

「ここ、見て」

 

 子どもの手には重い図鑑を震える手で持ちながら、美々子はここ、とページを指した。そういえば図鑑のコラムにそんな話が載っていたような気がする。美々子の震える手を見かねたのか、クラゲさんは図鑑を手に取ってそれに目を向けた。特に興味のなさそうな様子に、よりにもよってそれをクラゲさんに尋ねるか、と思わず遠い目をする。明確な数字をもって呪霊の研究に勤しむこのひとが、まさかそんな迷信を信じているはずもない。

 せめてどうか子どもの夢を壊さない言い方を、と念じながら様子をうかがっていると、そうだな、と一瞬考えたクラゲさんは口を開いた。

 

「試したことないから俺にもわかんねーな」

 

 え、と私を含めた三人の声がそろった。

 

「ここにはそういう話があるって書いてあるだけで、何回試してどれだけ願いが叶ったのか書いてないだろ。俺もやったことないし、わからない」

「えー!」

「クラゲさんにもわからないことあるんだ……」

 

 当たり前だろ、とクラゲさんは口元にわずかな苦笑をのせる。夢を壊さないように気をつかったのかと思いきや、どうやらクラゲさんは大真面目に言っているらしい。誰か検証したのかなとか言いながら呑気に図鑑を見つめている。

 

「なんだぁ、ねがいごとかなうかと思ったのに」

 

 そう言って不満気に唇をとがらせる菜々子。その顔を見て、クラゲさんは少し愉快そうに首を傾げた。

 

「叶わないとは言ってないだろ。やってみないとわからないって話」

「……えっ」

「!」

 

 菜々子は驚いたように声を漏らし、美々子もばっと顔をあげる。希望に満ちたふたりの目は、星空のようにきらきらと輝いている。

 

「わからないなら試してみないとな。……そろそろペルセウス座流星群の時期だし、天気さえよければ流れ星くらい高専でも見える。本当に願いが叶うかどうか、自分たちで実験してみればいい」

 

 でも夜は危ないから絶対にふたりだけで外に出ないように、とクラゲさんがぴっと指を立てると、ふたりは満面の笑顔で頷いた。

 

 

 *

 

 

「驚きましたよ」

 

 天体観測にはしゃぐふたりに聞こえないように小声で言うと、何がだよ、とクラゲさんはいつも通りのめんどくさそうな声色で返した。

 

「いえ、クラゲさんなら迷信は迷信だとばっさりと切り捨てるかと」

「検証してないのに迷信だって切り捨てるのは早計だろ。そもそも科学は万能じゃないんだ、科学的じゃないからって否定するほうが非科学的だよ」

 

 科学じゃ証明できねーけど呪霊は存在するだろ、と続けられた言葉になるほど、と頷く。優れた科学者ほど物事を断言するのを避けると聞いたことがあるが、きっとそういうことなのだろう。こういうときのクラゲさんの柔軟さというか、思考の軽やかさは素直にすごいと思う。

 天体観測をやるときはこのひとも引きずり出そうと内心で計画を立てながら、何食わぬ顔で言葉を続けた。

 

「それにしても、どうして流れ星で願いが叶うなんて話になったんでしょうね?」

「ウラル・アルタイ系民族の伝承由来って説と、キリスト教由来って説が有力って話だな」

「うわ即答……本当にその脳内データベースどうなってるんですか? そんなだから『クラゲさんアンドロイド説』がまことしやかに流れるんですよ」

「その説提唱してる本人が言うな」

 

 あと俺は天体観測付き合わねーからな、と続けられた言葉は全力で聞こえなかった振りをする。わざわざそんなフラグを立てなくてもちゃんと付き合ってもらうので安心してほしい。

 クラゲさんはにこやかな笑みだけを返す私を胡乱な目で見つめ、ところで、とモニターに表示されている時刻をつつく。

 

「あと一分で授業始まるけど、お前そんな呑気にしてていいの?」

「……あ、」

 

 始業を告げるチャイムが、校内に鳴り響いた。

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