硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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ななみんずバースデー。


最高のカスクートをもとめて

 クラゲさん、とモニターに向かう背中に呼びかける。

 

「ご馳走様でした。ありがとうございました」

「……ああ、今日だったか。俺はちょっと調べもんしただけだよ」

「お金も出してくださったんでしょう」

 

 たいした金額じゃねーよ、とクラゲさんは右手でデータの打ち込みを続けながら左手を振った。本当に器用なひとだと思う。

 七月三日、梅雨も明けきらない今日は私の誕生日だ。十七にもなれば自分の誕生日にさしたる感慨があるわけでもなかったが、何にしても大袈裟な同期が何か企んでいるのは感づいていた。灰原ほどサプライズが出来ない人間もいない。少し前からこそこそと伊地知くんと話をしては、私の顔を見てにやにやと笑っていた。もはや隠す気があるのかと言いたい。

 とはいえ、誕生日を祝ってくれようというその気持ちは素直に嬉しかったので、多少ずれたお祝いであったとしても今日はちゃんとお礼を言おうと思っていた。が、まさか本当にちゃんとしたプレゼントを持ってきてくれるとは。

 もう、香りから違っていたと言っていい。質の良い小麦の香ばしい香りは食欲をそそり、挟まれた生ハムとチーズはシンプルながらきちんと調和を考えて配置されている。これは絶対に美味いと直感した。ちょうど昼食時で良い感じに腹も減っている。

 おそるおそる灰原と伊地知くんに目をやれば、笑顔で大きく頷かれた。いただきます、と言い切る前にそれに齧りつく。堅すぎず、しかし物足りなさを感じるほど柔らかくもない最高のバランスのバゲット。ほどよい塩味の生ハムとまろやかなチーズが絶妙なハーモニーを奏で、時折舌を刺激する黒胡椒がしっかりと味を引き締めている。ひとくち食べればふたくち目を我慢することは出来ず、気づいたらまた次を求めてしまう。

 私の直感は完全に当たっていた。今まで食べたカスクートのなかでいちばん美味い。

 

『これは……いったいどこの店の……?』

『美味しい!? 美味しいでしょ!? やったね伊地知、協力ありがとう!!』

『いえ、あの普通無理なスケジュールを間に合わせたのは灰原さんですから』

『どこの店のだと聞いてるんですが』

『隣の県まで行ってきたよ! 昼までには売り切れちゃう隠れた名店なんだって!』

 

 聞けば、私の誕生日に最高のカスクートをプレゼントしようと考えた灰原は伊地知くんとクラゲさんに助力を願ったらしい。

 クラゲさんはネットの海から美味しいカスクートを売る店の情報を。伊地知くんは昼過ぎには売り切れるカスクートを確実に手に入れ、この昼食の時間までに高専に帰れる最高効率のルートの選択を。そして灰原は、そのかなり無茶なミッションを持ち前の身体能力で完遂してきたらしい。タクシー捕まえるより走る方が速かったよ、といつもの笑顔で言い放った灰原に、途中で誰か轢いていないかちょっと心配になった。

 

『それにしてもさすがクラゲさんですね、サイトに載っていないお店の情報まで探し出してしまうなんて』

『本当にね! このお店ね、カスクート以外のパンも本当に美味しいんだって。たくさん買ってきたから一緒に食べよう!』

 

 ほら、と紙袋いっぱいのパンを差し出した灰原は、太陽のように顔いっぱいで笑う。生真面目な後輩も、はにかむように。

 

『誕生日おめでとう、七海!』

『おめでとうございます、七海さん。いつもありがとうございます』

 

 ストレートに祝われて気恥ずかしい気持ちがないでもなかったが、私の口は勝手に礼を言っていた。どのパンも本当に美味しかったし、何よりその気持ちが嬉しかった。

 もうひとりの協力者にもお礼を言わなくてはと、こうして部屋を訪ねるほどに。

 

「パン、どれも美味しかったです」

「知る人ぞ知る隠れた名店なんだと。自分が買えなくなったら困るからって口コミすら流れないほどのな」

「よくそんな店をネットで探せましたね」

「こういうのはコツがあるんだよ」

 

 まあ俺にはたいしたことじゃない、とクラゲさんはそこでようやく手を止め、くるりと椅子を回した。いつも通りの無表情を少しだけ柔らかくして、ん、と何か小さな包みを放り投げた。とっさに受け取ったそれは、意外と甘党のクラゲさんがよく食べている黄色の飴玉。

 

「誕生日おめでと。まあ頑張ってまた一年生き残れよ」

 

 そしたら来年も飴くらいやるよとモニターに向き直ったクラゲさんの声は、いつもより少しだけ柔らかい。

 それにしても、といつもの調子に戻った声が続ける。

 

「美味そうだったら俺の分も買ってきてって言ったんだけど、まあ灰原くんなら忘れてるよな」

「……いつも同期がすみません」

 

 

 *

 

 

「……毎年律儀に飴もらいにくるんだから物好きだよな、七海くん」

「頂けるものは頂いておこうかと。クラゲさんこそ、よく毎年覚えていますね」

「一度覚えたデータは忘れねーんだよ」

「……ねえ傑、僕クラゲさんに誕生日祝ってもらったことないんだけど」

「私もないな。クラゲさん、差別はよくないと思うんですが」

「お前らの誕生日祝ってやってくれって言われたことねーし。人徳の差だろ」

「じゃあ自分で言う。僕十二月七日だから祝ってね!」

「私は二月三日です。よろしくお願いしますね」

「そういう貴方がたはクラゲさんの誕生日を祝ったことはあるんですか」

「ないけど。いつなのかも知んないし」

「むしろクラゲさんに誕生日とかあるんですか? あ、開発された日?」

「ひとをアンドロイド扱いすんのもいい加減にしろクズ」

「それでよく祝って欲しいなんて言えますね。クラゲさんの誕生日の方が近いですよ」

「まじで? じゃあいつなのか教えてよ、僕たちが()()で祝ってあげるから」

「いいね、()()に祝ってあげますよ」

「全力で遠慮する。まじでやめろ」

 

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