硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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すべてにおいてイフと捏造。
私は日車さんの生存と幸福を心から祈っています。頼む生き残れ。


海月と日車

「素晴らしいな、これは」

 

 俺がまとめたデータの山に埋もれながら、そのひとは心底感心したように呟く。

 

「わかりやすさはもちろんだが、資料の順序がいい。知識のない人間でも順番に読んでいけばちゃんと理解ができるようにまとめられている。このままで十分にテキストとして通用する代物だ」

「それはどーも」

 

 一度開花してしまった才能は消すことはできない。死滅回游をきっかけに不幸にも呪術師として生まれ直したこのひとは、今後の身の振り方を決める前にとりあえずこの世界を知ることにしたらしい。

 日車寛見、スーツの胸元に弁護士バッジを掲げたまま現れたこのひとは、俺のまとめた資料をみせてもらえないだろうかと俺に頭を下げた。俺のことは虎杖に聞いたのだという。

 

「しかし、君はこれを全て把握していると聞いたが」

「そうですけど」

「何故また、覚えていることをわざわざ形に?」

 

 迂闊にも、ぴく、と肩が揺れた。

 この人もまた、相当に脳の扱いが上手いひとだということは言葉の節々から察している。覚えたことを忘れるという感覚の薄いひとからすれば、それは当たり前の質問だっただろう。俺がひとのために動くような人間でないことを聞いているならなおさらだ。

 いやすまない、と何か察したらしい日車さんはすぐに切り返す。

 

「悪戯に踏み込むつもりはなかった。失礼した」

「いえ。何となくとしか言えないことをどう説明しようかと思っただけです」

 

 何となく、そうした方がいいと思ったから。そうしたいと思ったから。そんな曖昧が過ぎる理由を口にすることには躊躇いがあった。しかし、それ以外に説明しようもない。

 

「理由のない気まぐれを起こしたくなることもあるもんで」

「……そうか。ならその気まぐれに感謝だな」

 

 また無言で資料をめくり始めた日車さんに、このひと「善人」側だなと反射的に思う。いらない才能を開花させたせいでこの世界に足を突っ込んでしまったようだが、やはりこちらの世界には向いてない類いのひとだ。

 まじで死滅回游とか余計なことを、と内心で悪態をつきながらキーボードを叩いていると、クラゲくん、と背後で静かな呟きが落ちた。

 

「何ですか」

「今後のための参考意見として聞きたいんだが、……君は呪術師をどう思う?」

「クソです」

「できればもう少し具体的に」

 

 具体的に何も、ひとの負の側面や生き死にが常に隣にある世界なんて碌なもんじゃないに決まってるだろと言いたかったが、振り返った先にあった日車さんの目を見てやめた。

 さすが善良な魂の持ち主、少しもふざけていない真摯な目は適当な答えを許さない。

 

「……これは俺の勝手な想像ですが、弁護士やってれば人間の嫌なとこ結構見ますよね」

「そうだな。正直だいぶ食傷気味だ」

「なら呪術師もおすすめしません。こっちは食傷どころじゃない」

 

 人間の負の感情から生まれる呪霊を祓って、祓って、祓って。命がけで地道に減らしているというのに、それでもどこかしらで呪霊は生まれ誰かの生命を食い殺している。終わりの見えない仕事というだけでも嫌になるのに、相対するのが呪霊だけでなく呪詛師だったり呪術界そのものだったりすることもあるわけで。

 この世界にあるあらゆる仕事の嫌な部分だけ抽出した仕事といっても過言ではないと俺は思っている。そりゃあ善良で良識のある人間には堪えられない。堪えなくていいからとっとと出ていってほしい。

 

「人間の醜さを骨の髄まで理解し、受け入れると同時に命がけで否定する仕事です。たいてい呪術師として長生きしている人間に碌な奴はいませんし、呪術師としてしか生きられないクズばかりだ」

 

 さらに言うなら、と日車さんの視線を正面から受け止めながら、俺は椅子の肘置きに右肘をついてもたれかかった。

 

「他人に意見を求めて素直に受け入れるようなひとは、まず呪術師に向いてませんよ。早死にコース一直線、後悔しか残らない」

 

 そこで初めて、そのひとはク、と肩を揺らした。そうか、と口角を上げ、改めてこちらを見る。

 

「無自覚な世話焼き、と聞いたが。なるほど、その通りだな」

「……俺をどう評するかは勝手ですけど、遺憾の意だけは表明しときますね」

「はは、いや、すまない、気を悪くしないでくれ。非常に参考になった。ありがとう」

「いえ」

 

 善人ではあるが変人でもあるな、と幾分か柔らかい表情になったそのひとを呆れたように見る。というか余計なことを言ったのは虎杖だろうか。世話焼きというのはたまに言われる言葉ではあるが、俺としては非常に受け入れがたい。

 やれやれと身体をモニターのほうへ戻すと、クラゲくん、と再び呼び止められる。首だけ後ろに向けると、またそのひとと目が合った。

 

「今日一日でこれを読み終えるのは難しそうだ。また来ても構わないか?」

 

 どう見ても面白そうな様子のそのひとは、何となく全てを読破してもこの部屋に訪れるような気がした。頭を掻き、少し考える。作業の邪魔さえしないでくれるなら俺が拒む理由は特にない。

 

「……まあ、どうぞご自由に」

 

 頭の中でチカ、と星が光る。

 一番大きな星の中には、和菓子の入った紙袋を持ってこの部屋のドアをノックする日車さんの姿があった。

 




たぶん仲は悪くない。
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