硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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海月の子守歌

「あーーー……まじ天国……」

「高専中のエアコンが全滅したのに何故ここだけ無事なんだ……」

「クラゲさんまじどういう手ェ使ったワケ?」

 

 俺は静かにしてろよと言ったはずなのだが、まあこいつらがそんなことなど気にするはずもなく。

 まだ六月の終わりだというのに信じられないレベルの酷暑が続く今日この頃、このたび高専中の空調が軒並みご臨終なさったらしい。そもそもがオンボロなうえ、いきなり夏がきたものだからロクに手入れもされずに酷使されたのだ、そりゃ機嫌も損ねるだろう。

 ちなみに俺の部屋は研究用の機材を導入したとき、ついでに空調も新しいものに取り替えた。何せ九十九さんのポケットマネーだ、俺は遠慮なく最新式の良いやつを買ったとも。おかげで今もこの部屋は快適な温度を保っている。

 枕やタオルケットを抱えて部屋に乗り込んできたこいつらは、どうやら本気で今晩をこの部屋で過ごすつもりらしい。

 

『可愛い妹が熱中症で死んでもいいのか』

 

 珍しく硝子がガチの顔で泊めろと訴えてきたので仕方なく許可したのだが、まさかおまけがふたりついてくるとは思わなかった。硝子曰く「最強も暑さには負けるんだって。ウケるよね」とのこと。一応お前ら男と女じゃねえのかとは思ったが、口にするだけ馬鹿らしいと思ったのでやめた。余計なことは言わないに限る。

 やいのやいのと修学旅行かと言わんばかりにうるさかったそいつらも、さすがに真夜中が近づくと静かになる。五条どころか夏油も呑気な寝息を立てていて、実は爆睡型なのかと少し意外に思った。まあ連日の熱帯夜で寝不足だっただけかもしれない。大きすぎる芋虫二匹は、タオルケットにしっかりくるまって起きる気配もなかった。

 その二匹の隣、比較対象のせいでひどく小さく見えるもう一匹の芋虫はもぞりと寝返りをうった。

 

「……あにき、」

 

 聞こえてきたか細い声に、小さくため息をつく。硝子は俺と同じで眠りが浅い。

 

「……モニターが眩しいとか言うんじゃねえぞ」

「ん、……ねむれない」

 

 そう言って転がったまま目元をこする硝子。半分眠って半分起きている状態のようだが、確かに妹はこうなるとかえって寝付くの時間がかかる。昔はどうにか早く寝かせようといろいろ試したものだが、まさかこの歳になって同じ状況に陥るとは思わなかった。

 早く、と言わんばかりに俺をじっと見つめる顔が、幼い頃の硝子と重なる。完全に幼児退行してやがる、と仕方なく椅子を下りて硝子の枕元に座り込んだ。

 手を伸ばし、さら、と自分と同じ黒髪に指を通す。

 

「ったく……ほら、目ェ瞑れ」

 

 何年ぶりだ、と思いながら息を吸う。歌うというほどの音量もなく、むしろ囁くだけのそれ。音と言葉を辿るだけの拙いものだが、硝子にはそれでいいらしい。

 大昔に父が俺に歌い聴かせた、どこぞの国に伝わる古い子守歌。

 

「───硝子?」

 

 歌い終わる頃には、硝子は昔と同じ顔で小さな寝息を立てていた。やれやれ、どうやら今でもちゃんと効果はあったらしい。硝子がくるまっていたタオルケットを肩まで引き上げ、最後にもう一度そっと頭を撫でる。

 

「……おやすみ」

 

 音を立てないように立ち上がり、ついでに仕方なくクソガキどものタオルケットも掛け直し、改めて椅子に座る。

 いつもより小さなタイプ音が、三つの寝息に溶けて消える。

 

 

 *

 

 

「……眠ってる間にクラゲさんの歌声を聴いた気がするんだけど」

「うっっっそ俺も。まじかあれ現実? クラゲさん歌うの? ウケる」

「え、兄貴の歌声とか十年は聴いてないんだけど」

「勝手に俺を夢に登場させんな出演料取るぞ。とっとと顔洗ってこい」




六月の酷暑のときに書いたもの。本当に暑かったですね、よく乗り越えた。
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