このクソ暑いなか真っ昼間に外出しただけでも疲れたというのに、まさか大通りでこの特級クズどもと顔を合わせるとは。何故だか一緒に高専に戻る羽目になった挙げ句、今も俺の部屋を陣取っているこのクズども、マジでいい加減にしてほしい。
「いや、私たちを使って逆ナン撃退しておいてそれはないでしょう」
「そーそー。しつこく絡まれてたから助けてやったんじゃん」
「何、兄貴逆ナンとかされてたの。ウケるんだけど」
「やかましい」
残念なことに先日まで久々の出張に出ていた俺は隈が消えていて、そういうときに外に出ると声を掛けてくる物好きはたまにいる。面倒ごとに発展する前にいつも適当にかわして逃げるのだが、今日の女性は妙にしつこかった。それを見ていたらしい特級クズどもが割り込んできたために逃げられたのは事実なのだが、あれを「助けた」と表現するにはかなり語弊があるだろう。
『ひどいわッアタシとあろうものがありながら浮気だなんてェ!』
『ワタシだけだって言ってくれたあの夜はなんだったの……? やっぱり、小さくて可愛いオンナノコの方がいいんだ……ッ!』
でかい図体をくねらせながら俺にしな垂れかかってきたクソガキどもに、何で俺にはコイツらを殺すだけの力がないんだろうなと久々に自分の無力を呪ったのだがそれはさておき。
唖然とした顔の女性を前に、俺の脳内では次の行動の選択肢とその結果が無数の星となって瞬いた。優先順位を間違えるな、俺にとって今最重要なのは一刻も早く帰ること、それに尽きる。
我ながら決断にはコンマ一秒と掛からなかったと思う。
「で、クズどもの悪ふざけを否定するどころか全力で悪ノリして乗り切ったと」
そう面白そうに言う硝子に、俺は特に返事をすることなくキーボードに指を伸ばす。
さすがにまったく恥がなかったとは言わないが、どうせ俺はたいして外に出ることもないし、目の前にいる女性も高確率で再会することなどない。だったらどんな誤解を生もうとも、俺は俺の優先順位をもとにその星を選ぶ。
『……何だよ、妬いてるのか?』
可愛いな、と。
未だかつて言ったこともない台詞とともに、俺は表情筋を動かした。
グラサン下の蒼と切れ長の黒がこれ以上なく見開かれる。
『悪いけど、これからコイツらの機嫌をとらないといけないんだ』
それじゃ、と目の前の彼女が冷静になる前にさっさとふたりを引きずってその場を離れた。クソガキどもは悪寒がとか何とかクソうるさかったが、俺だって完全に鳥肌がたっていたのでお互いさまだと思う。しかも礼代わりだ何だとアイスを奢らされたのだから文句言われる筋合いはない。
俺たちが戻ると同時に涼を求めて部屋にやってきた硝子は、その女の子が気の毒だとけらけら笑っている。やかましい。
「俺、クラゲさんのあんな笑顔初めて見たわ」
「偶然だね悟、私もだよ。まだ悪寒がひどい」
「心配すんな、今後二度と見ることはねえよ。俺も鳥肌がおさまらん」
ついでに無駄に動かした表情筋に違和感がひどい。何となく頬をさすりながら画面に数字を打ち込み続ける。
ふ~~~ん、と意味深に唸りながらクソ妹が俺の背後に寄った。
「けどまじ兄貴ってそういうの全部切るよね~」
「むしろ俺が喜んで遊びに行くように見えるのか」
「見えねーけど、そーゆーのキョーミないわけじゃないんしょ? 彼女いたんだし」
その言葉で脳内に浮かぶ、もうほとんど思い出すこともなかった長い髪の背中。
何でそれを、と俺が言うより先に特級クズどもの驚いた声が響く。飛びつくように椅子の後ろに貼りついたそいつらに、もうため息も出ない。
「クラゲさんの彼女なんて気になるな。どんなひとだったんですか?」
「めちゃくちゃ性格悪い美人!? それかめちゃくちゃ頭いい変人!?」
あ~~~~~クソうるせ~~~~~と眉間に皺を寄せつつ、ざっと記憶を巡るがやはり硝子にそんな話をした覚えはない。
俺に「彼女」と言える存在がいたのは中学の頃。硝子は俺と入れ替わりで中学に入学したから顔を合わせたことはない。噂くらいは聞いたことがあるかもしれないが、これまで硝子がそれを知っている気配はなかったし、おそらく知ったのは最近。そして俺も硝子も何だかんだ中学までの知り合い、つまり高専に入る前の人間関係はどうしたって希薄になる。
可能性で考えて、硝子が最近接触していてもおかしくなく、彼女の存在を知っている人物―――脳内検索で該当した人間がひとり。そうか、あいつなら硝子もとっくに知っていると思って口にした可能性は高い。
「……庵か?」
「お、やるじゃん。正解」
そういえば高専時代に一度、庵と行った任務の帰り道で彼女とすれ違ったことがある。中学卒業とともに別れた彼女は、昔と変わらない顔で俺に声を掛けた。
『久し振り、海月くん』
長い髪が印象的で、常に微笑みを崩さないひとだった。しかしそれは温厚という意味でなく、むしろもっと苛烈で、頭の中は随分とぶっ飛んでいたのをよく覚えている。
この俺を相手に、堂々と取引を持ちかけてきた元クラスメイト。
「すっごい美人だったって歌姫センパイが言ってた」
「え~~~クラゲさんてば美人がいいんだ~~~? ブスは嫌い~~~?」
「女性の美醜なんて興味あったんですか? それはそれで意外だな」
「……先に聞くが硝子、お前庵から具体的に何聞いた」
ここまで来たら適当にでも答えてやらないとクズどもが退かないことは骨身に染みて理解している。だが、言わなくてもいいことまでべらべらと喋りたくはないし、不名誉な誤解があるなら一応否定はしておきたい。たとえ大して喋るようなエピソードがない関係だったとしてもだ。
にまにまと愉快そうなクソ妹の顔が暗い色のモニターにうつる。えっとぉ、とその声は我が妹ながら腹が立つほどわざとらしい。
「背中まである長い黒髪が綺麗でぇ、モデルかってくらいの大人っぽい美人でぇ、中学卒業するまで付き合ってたとかぁ? 後はぁ、向こうから普通に話しかけてきたって。喧嘩別れじゃなかったんだ? 高専行くから別れた感じ?」
さすが庵は見たことと聞いたことだけを正確に話し、邪推を真実のように言うことはしていないらしい。まじでアイツ呪術師には向かねえやつだなと、まともが過ぎる後輩にたまには酒の一杯くらい奢ってやろうと決めた。
その程度の話しかしていないのなら俺は余計な弁明をする必要はない。は~~~~~と長いため息を吐ききり、仕方なく口を開く。
「ただの『取引』だ。利害関係」
「……は?」
「俺も彼女も、よく知りもしねえやつに呼び出されたり手紙送りつけられたりするのに飽き飽きしてたんだよ。だから彼氏彼女関係を偽装しないかって向こうから持ちかけられた。カモフラージュに一緒に帰ったり多少出掛けたりはしてたが、そんだけ。卒業で無事契約満了、平和にサヨナラだ」
「急にクラゲさんらしくなった」
「は? じゃあ手ェ出してねえの? つっまんな」
でもちょっとくらい手ェ出したんだろむっつりすけべ~~~と頬をつつくクソ五条の指をはたき落とし、いい加減散れと羽虫をはらうように手を振る。
画面にうつるクソ妹もつまらなさそうに口を尖らせていた。
「兄貴はわかるにしても、何、そのひともモテすぎて困った系なの?」
「そうだな。本命以外は眼中になかったらしい」
「え、本命いんのに他の男と付き合ったわけ?」
「事情があったんだろ。知らんけど」
俺も詳細は知らないし興味もなかったので聞かなかったが、彼女の様子からして迂闊に告白ができない相手だったのだろう。まあ未成年を相手にするわけにはいかない大人か、あるいは同性か。だからといって諦めるほど生易しい性格には思えなかったので、きっと今も虎視眈々とターゲットを狙っている。
『絶対に逃がしたくないの』
その話をしたときの、彼女の表情ときたら。苛烈、強気、傲慢、何と表現しても足りない顔で微笑んでいたのだから、本当に俺と同い年なのかと疑わしく思ったものだ。
もしかしたら、俺が知る中で一番強かな女性かもしれない。
「……面白え話がねえのはわかっただろ。さっさと離れろ暑苦しい」
不満そうな顔を隠さない馬鹿三匹がようやく引き下がったのを見て、やれやれと小さく息をつく。滅多にない日中の外出の上に調子に乗ったこいつらの相手までしていれば、さすがに疲労感がやばい。
今晩は長めに睡眠時間をとるか、と頭の中で今日の作業の流れを改めて考えていたとき、そういえば、とまた夏油の声。
「日中の外出なんて珍しいですね。任務って感じでもなさそうでしたけど」
「呪具のメンテ」
ああ、と五条の眼が部屋の隅に立てかけてあるケースに歩み寄り、サングラスをあげてしげしげとそれを見つめた。
「何か変だよな、これ。よくわかんねーけど、ただの呪力ある刀じゃねーだろ。相当なレアもんぽいけどどっから手に入れたの?
禪院家からの借り物、と何の気なしに口にしてからふと視線を右上にあげる。そういえば五条って俺と禪院家のいざこざの話をするとき、基本近くにいなかったような。
五条家と禪院家は言うまでもないほどの犬猿の仲だが、五条もそういうのは気にするのだろうか。何の反応も返さない五条を不審に思い、キィと椅子をきしませて後ろを向く。
そこには、心底信じられないという顔でこちらを凝視する五条の姿があった。
頂いたリクエスト詰め込んだだけのやつ。続きはどこかに行きました。
呪具についても詳細設定は固めてあるのですが、まあ書く機会があれば。