まだ慣れないアルコールにうっかり悪酔いしてしまうというのは、まあわかる。
自分の酒量も把握しきれていないのならまともに歩けないのも、ぎりわかる。
相当な恨みを買っているだけに他で弱みを見せられないのも、わかる。
イメージ戦略が必要な立場だけに「家族」に醜態を晒せないのも、まあよし。
ただ、だからといって酔い潰れた状態で俺の部屋に乗り込んでくるのはまったくわからない。
「おい夏油そこで寝るな、せめて寮行けよクズ」
「くらげさんがつめたい……」
「これまででもお前に優しくした覚えはただの一度もねえんだわクソが」
俺の部屋のど真ん中、それも堂々と大の字に寝転がる夏油の顔はどう見ても真っ赤だった。しかもめちゃくちゃ酒臭くてこれは公害の域。換気扇を全開でまわしているが、元凶がこの部屋に転がっている限りはマシになることはないだろう。
誰かの何やらの祝いだなんだで飲み会をする話は小耳に挟んでいたから、どうせうちのクソ妹や酒乱の後輩や下戸のくせに悪ノリだけは達者な特級クズの相棒に限界まで飲まされたのだろう。特別酒に弱いということはないはずだが、まあ「この程度も飲めないのか」とか煽られまくって飲み過ぎたというところか。負けず嫌いも大概にしろってんだクズ。
というか何で俺の部屋に来るんだというのが一番の。真夜中もとっくに過ぎた時間に面倒くさそうな呪力が近づいてきたと思ったら、この馬鹿ふらつく足でドアを蹴り開けやがった。おかげで蝶番がイカレてしまったので、酔いが醒めたらきっちり修理させようと思う。
あー、とかうーとか意味を成さない言葉を口から零す酔っ払いに、頭から水でもぶっかけてやろうかと半ば本気で考えたころ。ぽつり、と微かな機械音に掻き消されてしまいそうなほど小さな呟きが部屋に落ちた。
「……ありがとうございます」
「……それは何について言ってんだ?」
あまりに微かすぎていっそ聞かなかったふりをした方がいいのかとも思ったが、ここまでされて夏油に気遣いをくれてやる理由もないので適当に返す。
は、と夏油の肩がわずかに揺れる。口元にはわずかに笑みが零れていた。
「……ぜんぶ、ですよ」
全部、と言われるほど夏油のために何かしてやった覚えもなかった。
もうめんどくさくなってモニターに視線を戻しキーボードを叩き始めると、また夏油が笑ったような気がした。
「わたしは、……」
その後も口の中で何やらもごもご言っていたようだが俺の耳には届かなかった。というか別に聞く気もない。酔っ払いの自分語りほどサムいものはない。
「……きいてます?」
「聞いてない。もう面倒だから立てねえなら寝ろお前。俺にお前を運んでやる優しさはない」
「くらげさんひりき……」
「硝子が持ち込んだ酒ならあるけどもう一杯行くか夏油?」
「これがあるはら……」
「硝子と庵と五条に言え」
あーもう、と仕方なしに立ち上がり、備え付けの小型冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出した。新品のかたいキャップを緩めてから軽く締め直し、仮眠用のブランケットを取る。夏油を蹴り動かして横向きの体勢にさせ、顔の前に水を置き、でかい芋虫にブランケットを掛けた。
一応吐き気はと尋ねれば、されるがままの夏油からの微妙の一言。その辺にあったビニール袋もついでに床に転がし、そのまま自分のスマホを手に取った。
「二日酔いの薬は硝子に頼んどいてやるから寝ろ。まじで寝ろ」
「はは、くちわるいのにめんどうみがいい……」
「言ってろ酔っ払い」
硝子から爆笑のメッセージが返ってきたのを確認し、スマホを適当に放り捨てる。朝になったら薬ついでに
再びモニターに向き合ってキーボードに手を添えるも、また背後から囁くような声。さすがにもう返事をしてやる義理もないと構わずキーを叩き始めると、少し音量を上げてまた名前を呼ばれた。
何なんだよと眉間に皺をよせて振り返れば、悪戯に成功したような色を表情にのせて夏油は眉尻を下げた。
「……おやすみなさい」
そのあまりに甘ったれな声には真剣に吐き気を覚えたし、何故それを動画におさめて夏油を脅す材料にしかなかったのかと。
俺も呪術師としてまだまだ甘いらしいと心底反省した、ある夜の話。