ごめんなさいと珍しく殊勝な態度で頭を下げるクズどもの傍らに、一匹の毛玉が転がっていた。
まだ成猫には早いという程度に小柄だが、その態度のせいかサイズよりも大きい印象を受ける。少し長めの黒い毛の中に、同じ黒の目がぱっちりと浮いていた。その一対の瞳はじっと俺の顔を凝視していて、俺も何となく目を逸らさないまま口を開いた。
「……マジで肉体が変化したわけではなさそうだな? 認識阻害の術式か」
「そうそうそんな感じの対象者とその周囲の五感に影響する術式。僕には硝子の輪郭通りの呪力をまとった猫っぽい何かに見える」
「六眼にまで影響してんのか。大した術式だな」
「ええ、巻き込まれた一般人が多かったとこもあり、珍しく私たちが揃って任務に出たんですが……」
久々の三人一緒の任務に浮かれてはしゃいでヘマやらかした、と。
そう続けてやれば、さすがの特級クズどももきゅっと唇を結ぶ。俺には猫にしか見えない硝子だけが、平気な様子で大きなあくびをしていた。
ふうんと目を細め、硝子の首根っこを引っつかむ。触った感触も重さも猫のそれだ。このレベルで五感を操るのは大したものだが、縛りの釣り合いを考えれば本当にこれは「対象を一時的に猫に見せること」だけに威力を全振りしているのだろう。直接的な害のある術式ではないらしい。
「……呪霊は祓ったんだろ?」
「それはもちろん。力入っちゃってチリも残んなかったけど」
「私が取り込めればすぐに戻してあげられたと思うんですが……悟、はしゃぎすぎだ」
「はぁ? 傑がトロかっただけでしょーよ」
「特級ふたり揃ってたくせに硝子を巻き込んだか。ざまあねえな」
ぴたり、と喧嘩を始めようとしていたふたりが動きを止める。バツが悪そうな様子でその場に正座したあたり、夜蛾の教育が行き届いている。
硝子を床に下ろし、クズどもの旋毛を見下ろした。とりあえず両腕に呪力を流し込み、まっすぐに振り下ろす。
がつ、と鈍い音が深海に響いた。
「硝子は俺が預かるからさっさと出てけ。お前らへの説教は夜蛾に任せる」
「クラゲさ、」
「さすがに一晩もありゃ戻るだろ。出てけ」
しょぼくれた特級クズどもの顔は正直おもしろかったが、生憎それを眺めていたいと思うほど俺は悪趣味じゃない。さっさとふたりを追い出し、俺はぎしりといつもの椅子に腰掛ける。
足元に寄ってきた硝子が、のんきな様子で一声鳴いた。
「……硝子」
「にぃ」
「気が済んだらさっさと戻れよ」
猫の顔でもわかるくらいニヤリと口元を歪めた黒猫は、平気な顔で丸くなった。最近目元にクマを飼い始めていた妹は、これ幸いとばかりに目を閉じる。
サボりたいがために呪いを解除せずに猫で居続けるこいつ、さすが俺の妹だと思う。
ねこ=猫=寝子
「硝子、昨日は、……クマがなくなったね?」
「まーね」
「……硝子、お前もしかして」
「仮にそうだとして、お前らがヘマやったのは事実だろクズども」
「「ごめんなさい」」