「ねえクラゲさん聞いた~!?」
ドアを蹴破るように部屋に飛び込んできた特級クズの片割れに、もう何か来ると思っていたと諦めの境地に至る。何故コイツの来訪を予想できたのかと言われれば、すでにクソ妹とこいつの片割れが同じように乗り込んできたからだ。
『兄貴~やばい話もってきてやったぞ~~~』
『クラゲさん、そろそろ危機感をもつべきでは?』
そうニヤニヤニタニタと気色の悪い笑みを浮かべていたやつらをようやく追い出したというのに、トドメのようにやってきたクソガキ。
どうせ口にするのは同じ内容だろう、調子にのらせるのも癪なのでさっさと出鼻をくじいてやることにした。
「庵が見合いする話ならもう聞いたぞ」
「ちょっとクラゲさんッそこは知ってても知らないふりして新鮮なリアクションとるところでしょ! そんなんで笑いのテッペン取れると思ってんの!?」
その程度じゃ怯まないクズを無視してキーボードを叩き続けると「ノーリアクション禁止ッ!!」と耳元で叫ばれた。しねばいいのに。しねばいいのに、俺にはこいつを殺す力がない。まったく、こういうときだけは我が身の無力を思い知る。なんて無駄な思考だろう。
仕方なしに身体を後ろに向ける。ぎし、と椅子が悲鳴を上げた。
「庵がどこぞの由緒正しき呪術師家系の御曹司に見初められたんだろ? 呪術師には珍しいほどの根明だってな」
「僕らよりも年下の二級ってことも?」
「夏油は将来性踏まえてもせいぜい準一級止まりって言ってたな」
「あらキビシ。僕は二級止まりだと思うけど」
お前のほうが厳しいじゃねーかと視線を向ければ、五条は逆だと手を振った。
「僕はヤサシーから見込みないやつの等級上げるのには反対なの。身の丈にあった立場に置いてやるのも優しさだよ」
「いや俺はお前と議論する気はねーけど。とにかく庵のことは知ってる。話は終わりだろ、帰れ」
「え~~~僕が話したいのはその先なんだけど~~~?」
それで、クラゲさんはどうすんの?
わざわざ目元の布をずらし、六眼をきらきらと子どものように輝かせて尋ねる五条悟、コイツまじで自分のツラの良さをよくよく理解してんなと頭の片隅で思う。まあ中身の腐り具合を知ってる身としては、当然こんな下世話な好奇心に付き合ってやろうなどとは思えないのだが。
というか、そもそもどうするも何も、という話なのだ。
「むしろ俺が何をしなきゃなんねえんだよ」
「は? 牽制くらいしにいきゃいーじゃん。何なら見合いぶち壊しにいく? 今ならこのグッドルッキングガイが全面協力して感動的な脱出劇考えちゃう!」
「するか馬鹿。庵の問題だろ、俺らが口だすことじゃねえよ」
「……強がり?」
「に、見えるならお前の六眼も節穴だな」
ただの先輩後輩だと言っているのに、何でこいつらは俺と庵の関係を勘ぐりたがるのか。硝子や夏油と同じく顔全部に「面白くない」と書いた五条は、ぶーぶーと不満の声を上げながら腕を振り回している。もう頭痛がしてきた。
あのな、と黙らせようとしても娯楽を諦めたくない六歳児はただただ喚く。
「だってクラゲさん絶対歌姫のこと好きでしょー!? 日頃からあんだけ気に掛けて助けてやってるくせに『別にそんなんじゃない』とか言われても全っ然説得力ないから! どう見ても完全に特別扱いしてんじゃん、そんな相手を掻っ攫われてもいーワケ!? 余裕ぶっこいてるとマジで後で泣き見るよ!? ここは素直になろ!?」
「……は──……」
硝子や夏油ならこの辺で一応は引き下がったというのに、さすが精神年齢六歳は自分の欲求に忠実だ。ひとの迷惑を考えやしねえクソガキを前に、多少は話に乗ってやらないと満足しないかと眉間の皺を伸ばした。
もうため息をつくことすらめんどくさい。
「わかった、五条、一億歩譲って俺が庵に特別な感情を抱いてると仮定する」
「認めた!?」
「仮定っつってんだろ聞けやクソボケ。で、それを前提にこの状況を鑑みて、──俺が邪魔する必要がどこにある?」
え、と深海の薄暗い灯りのなかで六眼が揺らめいた。
ぎい、と俺の椅子が鈍い音を立てる。
「硝子や夏油も聞きもしねえのにべらべらと見合い相手のこと喋ってったが、つまり甘えの抜けねえ坊ちゃんなんだろ」
そもそも相手が庵を気に入ったのも、庵がそいつに喝を入れただとか、何かの任務で助けたとか、そういうきっかけだったらしい。
いくら庵が背伸びをしたがるところがあるとはいえ、あいつは向上心も自立心も強く、そのくせ自分の未熟をよくわかっている。そんな庵が
何より、と今まで見てきた庵歌姫という人間に関わる記録が脳裏に浮かぶ。
「……庵が、自分ではどうしようもない状況に陥ったとき」
あいつは基本的に自分で出来る限りのことをしようとする。でも、自分の手札では解決できないと気付いたときには、きっと──。
「誰の顔が一番先に頭をよぎるか、わかるか?」
これは思い上がりじゃない。
経験則であり、ただの事実だ。
「あいつにとって一番頼れるやつが、俺以外にいると思うか?」
絶対に庵を裏切らない、疑わない、そのうえで手を貸してくれる相手。そんな都合の良すぎる存在、世界中探したってきっと俺くらいのもの。庵が自覚しているかどうかはさておき、これは現時点では純然たる事実であるように思う。
見合い相手がどれだけプライドのないやつだったとしても、想う相手に自分よりも頼りにする男がいるというのはたぶん面白くはないはず。いくら俺と庵の間に何もないと言い張ったとしても、だ。
そして庵自身も、自分と相手の気持ちのズレをすぐに理解するだろう。あいつはもともとひとの機微に聡い。
「俺がわざわざ手を出さなくても十中八九上手くいかねーよ。何もする必要がない」
だからさっさと帰れと言おうとしたところで、はたと気付く。
「……ずっと庵に浮いた噂がないのって実は俺のせい?」
「ハイもう責任取るしかないやつ~~~! 自分しか選択肢を残さない狡猾さはさすがクラゲさ〜〜〜ん! そこに痺れる憧れな~~~い!」
「クソうぜえ」
もうプロポーズしちゃいなと肩を叩く手をはたき落とそうとしてかわされた俺は、さすがにもう少し後輩との距離感を考えるべきかと久々に頭を抱えたのだった。
五条はうるせえからはよ帰れと心から思う。
まあまあこの辺について深く突っ込む気はないんですけども。ははは。