家入海月というひとは、この呪術界では数少ない「まとも」なひとだと思っている。このひとがひとつ上の先輩であったことは、本当に幸運だった。
常にめんどくさそうで、やる気も見えなくて、でも実習や任務ではすごく頼りになって、意外と面倒見もよくて。どんなときでも私の言葉をちゃんと聞いて、丁寧に答えを考えてくれて。ときには弱音や愚痴にだって耳を傾けてくれた。
とことんまで無駄を嫌うこのひとが、私の弱音を「無駄」だと切り捨てないでくれることが、どれだけ嬉しかったか。どれだけ助けられたか。
「だから先輩が先輩で本当に良かったと思ってるんです~~!!」
「だったらその先輩の前で酔い潰れて手間掛けさせてんじゃねーよこの馬鹿」
「信頼故です!!」
「その信頼いらねーわ。まじでお前何で酔ったら俺んとこ来んの? 毎回寮の空き部屋まで運ばなきゃなんねーこっちの身にもなれよ。いい加減酒の飲み方覚えろ」
「先輩のお説教も久しぶり~~!! おんぶも久しぶり~~!!」
「うるせ~~~~~。耳元で喚くな」
心底嫌そうな顔をしながらも、先輩はちゃんと部屋まで運んでくれる。決して、私を見捨てない。私が出来のいい後輩じゃなくても、まだまだ弱くても。
「任務でどんな失敗したのかしんねーけど、やけ酒して強くなれんなら苦労しねーぞ」
……たまに、こんなデリカシーのないところはあるけれど。うるさいんです、と言ってみれば、やっぱりかと言わんばかりの盛大なため息。それでもやっぱり、先輩は先輩で。
「来るならシラフで来い。そしたら話くらいは聞いてやらんでもない」
「やっぱ先輩やさし~~~~~!」
「抱きつくな。お前な、一応俺も男なんだから危機感は持てよ」
「……ききかん? せんぱいに?」
「……そういう面まで信頼されるとさすがに微妙な気分になるもんだな」
やれやれと首を振りながら、先輩はずり落ち掛けた私を背負いなおす。細身に見えるけれどその身体はがっしりしていて、私を背負っても少しも揺らぐ様子がない。あの部屋に籠もりっぱなしのくせに、鈍らせていないのがさすがというか。
この背中に、私は何度も助けられてきた。
「……先輩はすごいひとですよね」
「何だ、まだこのめんどくさい問答続くのか? 俺を褒めても何も出ねーぞ」
「だって先輩すごいんですもん! 強いし、頭いいし、私のこと馬鹿にしないし!! あんなに喧嘩売りまくってるのに生き残ってるし!!」
「あーはいはい」
「ちゃんと聞いてください!!」
「お前シラフのときは堅すぎるくらいなのに、酒飲むとまじでめんどくさくなるのどうにかなんねーの?」
「なりません!!」
「即答はウケる」
足して二で割ったらちょうどいいのに、とかぶつくさ言う後頭部にごつんと頭をぶつける。やめろ石頭、とそれでも平然とした言葉が返ってくる。
先輩は本当にすごいひとなのに、と何だか悔しくなってきた。すごいひとで、やさしいひとだ。硝子に甘くて、でも他の後輩の面倒もちゃんと見ていて、あのクソ生意気な五条や夏油にまでなんだかんだ上手に接していて。なのに、このひとはとにかく自分のことに無頓着だ。
こんなに、すごいひとなのに。
「……庵」
どれだけ私がそう言っても、このひとには響かない。このひとはどこまでも自分本位であるくせに、その実たいして自分に興味がなかった。
結局このひとにとっては「自分自身」すら「手段」のひとつ。強さも知識も何もかも、目的のために足りていればそれでいい。それを周囲がどう評価しようと知ったことではないのだろう。
あまりにも先輩らしすぎるそのスタンスが、私にはどうしても悔しかった。
「……。……ありがとな」
ぽつりと落とされた言葉は、夢かうつつか。
どうしたらこのひとは、自分自身に目を向けてくれるのだろう。そう思いながら、私の意識は暗闇に溶けていった。
*
「昨夜はほんっとうに申し訳ありませんでした……!!」
「まじで足して二で割れねーかな。土下座はやめろ、されても困る」
この先輩後輩、あまりにも仲が良すぎる。