あのバトルの前、海月がいたらのif話。
引きこもる余裕がなくなってしまった今でも、相変わらず日光に当たる気にはなれない。
なるべく日当たりが悪く、しかし窓を開ければ風通しは悪くない一室。高専の機能がほぼ停止している今、適当なところで煙草を吸ってもうるさいやつがいないことだけは有り難い。
窓から緩やかに入ってくる風に、吐き出した煙が掻き消されていく。それをぼんやりと眺めながら、緊張感の欠片もない足取りで馬鹿でかい呪力が近づいてくることに気付いた。
「やっほークラゲさんサボりー?」
「うるせえ」
声と呪力の両方がうるさい。
自分からずいっと視界に入ってきた五条は、いつものようにふざけた笑みをその顔に乗せている。
箱の中で小さくなっていたはずの「最強」は、久々の外の空気に触れて存分に羽を広げているように見えた。少なくとも、俺の眼には。
「みーんな準備と鍛錬に明け暮れてんのに、こんなとこにひとりでさ」
「お前も抜け出してきてんだろが」
「僕はいーのよ。最強だもん」
その言葉に、つい視線を五条に向ける。
するりと目隠しを外したそいつは、俺と視線をあわせてにんまりと笑う。
「何、僕が負ける
その言葉に、わずかに目を細める。
間近に迫る、呪術の王・両面宿儺と現代最強の呪術師・五条悟の文字通りの殺し合い。
あまりにも情報の足りない現状で詳星呪法を使おうとはさすがに思わなかった。──いや、認めよう。らしくもなく
小さく舌打ちだけを返してみれば、五条のクズはそれはそれはたのしそうにキャハ、と笑ってみせた。気持ち悪い。
「まー見てないよねクラゲさんだし。でもほら、術式使わなくても予測はたてられるでしょ? ねえねえどっちが勝つと思う? やっぱ五条クン? それとも悟チャンかな~!?」
「……五条」
「え、やっぱり僕? だよねだよね当然だけど五条クンうれし~~~!」
「策くらい練ってあるんだろうな」
硬い声色を聞いてか、目の前のふざけた野郎はぴたりと動きを止める。
俺だって五条が負けるとは思っていない。五条は六眼と無下限呪術をあわせもつというだけではなく、それらを積み重ねてきた相伝のすべてを己のものとしたうえで、駒をさらに次に進められる存在だ。
もはや術式がどうとか領域展開がどうという次元の話ではない。五条悟はきっと、現代を生きる呪術師の誰よりも
五条という家で受け継いできた「強くなるための地図」、そのゴールの先に好き勝手道を付け足したあげく地図をはみ出して落書きを続けるような
だが、
「お前が負けるとは思ってねえよ。だが、楽に勝てるとも思ってない」
百歩譲って、宿儺だけだったら。
千歩譲って、
俺はきっと五条の勝利を疑わなかった。
「宿儺だってただの傲慢クソ野郎じゃない。伏黒の肉体を得たことで勝算が生まれたからこそ、あいつはお前から逃げなかった。次も、おそらく逃げない」
平安を生きていた以上、戦闘の経験値はおそらくは向こうのほうが上だろう。
しかもこれまでの呪術の研究を続けてきたクソ迷惑な
「……呪術の歴史そのものと戦うようなもんだろ。スケールがデカすぎて予測する気にもなれねえよ」
それはもう、やってらんねーという気にもなるというものだ。
しかし当の五条ときたら、そんな俺を見ながらいつものようにふざけたツラで笑う。
「クラゲさんてば、上層の腐ったミカンに説教されてたときと同じ顔してるよ」
「そうだな、同じくらいうんざりしてるわ。何で呪術師なんてもんになっちまったかな俺は」
「んも~~~またそんなこと言ってぇ、」
そろそろクラゲさんも、サボるのやめてよね。
ちか、と薄暗いなかでも微かな光を受けて輝いた六眼が俺を射貫く。は、と眉をひそめたときには六眼は再び黒い布の下に隠れていた。
「僕のほうはまあ、任せてよ。トーゼン無策じゃないし、相手が呪術の歴史そのものなら新しいこと考えるまでだし? 大丈夫だよ~僕、最強だから」
もちろん戦闘以外のことはめちゃくちゃクラゲさんにも協力してもらうし、と軽く笑うクズ野郎の声はいつも通りだ。だからこそ、さきほどの一言が俺の中に重く響く。
ただサボらず手伝え、というにもあまりも。
「……五条?」
「ねえ、
ぽん、と左肩に重み。
ゾクリと冷たいものが背筋をはしる。
「そろそろ、自分を型に嵌めるのやめない?」
──
それは、俺がかつてこの口であいつに吐いた言葉だった。
この展開に進めば、詳星呪法はもうすこし「先」に進むことになると思います。
「相手の脳に作用する」領域展開なんて夢が広がりますよね。相手が「脳」なら、なおさら。