七海が出戻りをしたら。
数少ない、会話が成立するひとであったように思う。
「……なんだ、出戻ってきたって本当だったのか。わざわざ地獄に帰ってくるなんて物好きな」
久しぶり、と椅子を軋ませたそのひとは、私が卒業したときと変わらない顔をしていた。
お久しぶりです、と緩慢に口を動かす。一応の礼儀として挨拶に来ただけで、特に用があるわけではなかった。それでも、このひとが無闇に誠意を切り捨てるひとではないことは知っている。
「クラゲさんもお変わりないようで。相変わらず引きこもって研究三昧ですか」
「何か含みを感じるんだけど。七海くんは老けたな」
「言い方」
「じゃあ渋みが出た? 苦労したって顔してるじゃん」
いやだからって戻ってこなくても、とぶつくさ言いながらクラゲさんはぼさぼさの頭に指を入れる。
かつて私が呪術師を辞めると言ったとき、それがいいよ、と言ったのはこのひとだけだった。
『術師なんか、術師しかやれないやつがやればいいんだ』
七海くんは術師以外でもやっていけるから、と。
きっとそれはクラゲさんの心からの言葉だったのだろうと今なら思う。しかし当時の私はそれを突き放されたようにしか思えなくて、ついムキになって言ってしまった。
『貴方だってそうでしょう。貴方なら、術師以外でも十分に生きていける』
むしろ術師以外の方が真っ当な評価を受けられるだろうに、と。
そんな八つ当たりを瞬きひとつで受け止めたクラゲさんは、特に表情を変えずに言った。
『術師じゃないとやれないことがあるんだ。仕方ない』
仕方ない、と言いながら、このひとは今も一級術師として生き残っていた。以前と変わらずこの薄暗い深海に住み着いて、数の海を漂っている。
相変わらず上層に喧嘩を売りながら、他よりは少ないが非常に面倒くさい類いの任務を適当にこなし、五条さんと夏油さんに振り回され、妹である家入さんのことを見守りながら。
このひとはきっと、そういう自分の在り方をとっくに決めていたのだろう。一度は呪術師を辞め、数年のうちに舞い戻ってきた自分とは違って。
けれど、それを恥じるつもりはない。
「……クラゲさん」
「何?」
「結局戻ってきましたが、外に出たことも無意味ではありませんでしたよ」
へえ、と変わらないトーンの声が、続きを促す。ほんのわずか、頬の力が抜けたような気がした。
「労働はクソだと学びました」
「そこ学んじゃったか〜。災難だったな」
「ええ。まあ呪術師もクソですが、同じクソならより適性のあるほうを選ぼうと思いまして。……それに、」
そう、それに。
術師に向いていないと、貴方にはさんざん言われてきたけれど。
今も、適性はあっても向いているとは思っていないけれど、それでも。
「術師として在りたいと思ってしまったので」
するとクラゲさんは少し黙って、そうか、と小さく呟く。緩やかに椅子から立ち上がり、私の目の前に立った。かつては私より少し高い位置にあった目が、今は同じ高さにある。
骨ばった白い手が、軽く私の肩を叩いた。
「おかえり、七海くん」
感じるはずのない体温がじわりと肩にしみこんでいく。
励ましや、優しさとはまた違う何か。そう、このひとはそういうよくわからないものをくれるひとだった。
この地獄に帰ってきたのだと、何度目かもわからない感慨に浸る。
「とりあえず一級に推薦しとくから頑張って」
「私にはブランクを取り戻す暇すら許されないのですか?」
海月のいる軸で出戻りするかな。わからぬ。
支部からの移行です。書いたのは結構前。