硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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モジュロ記念。
クラゲが最後の戦いを生き残っていたら。
その先数年後か数十年後にでもこんな出会いがあるかもね、の話。


改名しろクソガキ

 どうあがいても、呪いは巡る。

 少しばかり()()()呪いをひとつ祓ったくらいで世界は変わらないし、腐ったみかんが何人死のうと結局どうしたって人間は群れて腐敗を生むし、俺はとっとと研究を形にして呪術師を辞めたいのにどいつもこいつも邪魔をする。妹や後輩が酒を持ち込んだりガキどもが暇つぶしに乗り込んでくるくらいはまあ、目を瞑ってやらないでもないが、そんな甘いことをしていたのが良くなかったのだろうか。

 どうみてもどこの血筋かひと目でわかってしまう白髪の坊主は、乙骨に手を引かれながらも生意気な目つきでこちらを睨んでいる。

 

「ここ託児所じゃねえんだけど」

「いやあ……すみません、僕も真希さんも、ほかの頼めそうなひとたちも任務で全滅でして……」

 

 遠縁とはいえ血の繋がりがあるからと、いまや五条家の当主と言っていい立場にある乙骨。禪院家の血筋である真希を妻に迎え、呪術界の立て直しにも大いに貢献し、御三家最後の生き残りである五条家もようやく落ち着いてきたところ──のはずなのに、何やら最近五条家が騒がしいという噂だけは耳に入っていた。

 十にも満たない少年と目を合わせ、なるほどねと椅子に座り直す。

 

「分家かどっかがこっそり育ててたわけだ?」

「……はい」

 

 別に白髪(あえて銀髪とは言わない)は五条家特有の遺伝ではない。しかし何の因果かうっかり色素の薄い身体で生まれ、それが今は亡き親戚によく似ていたのならば。頭の悪いクズが何を考えるかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 とはいえ、一番肝心なところが似ていないのによく馬鹿を考えたもんだ。色素の薄い肌の中に、あの特級クズとはまるで違う蒼灰色の瞳が滲んでいる。

 

「術式は?」

「まだ不明です」

「そうか。で、何でお前が連れてんの?」

「……ええと、あの……」

「端的に」

「攫っちゃいました」

「俺を共犯にする気か誘拐犯」

「ゆ、誘拐では、ないですきっと! 一週間くらい、僕が海外出張から帰るまで預かって頂けないかと……!」

 

 というか「攫った」に言及はしないんですかとか、まだ立場が微妙なので信頼できるひとに見ていてほしくてとか、そんなことはどうでもいい。

 仕方なく椅子から立ち上がり、俺の腹までしかない背丈のガキを見下ろした。生意気な視線は揺らぐことなく、しかし肩と乙骨に繋がれた手に緊張と警戒が見える。知らないやつを警戒するのはいいことだが、恐怖よりも嫌悪が見えるあたりでこれまでの環境がどんなものだったのかはだいたい想像ができる。

 ゆっくりと膝を折り視線をあわせた。びくついたガキはざっと片足をひいて身構える。全体的な造形は似ていなくもないが、それでもやっぱりまったくの別人だ。

 

「……名前は」

「、え」

「俺は家入海月、呪術師だ。呼ぶ必要があるならクラゲと呼べ。お前の名前は?」

「……ご、じょう、」

 

 ごじょう、さとる。

 改名したほうがいいんじゃないかなあという視線を保護者に送る。保護者は頭の痛そうな顔をしていた。本人が成長して希望するなら考えるとのこと。

 とりあえずこのガキは五条家の人間で、乙骨が「攫ってでも連れ出さないとまずい」と思える環境で育っていて、まだこのガキの利用や排除を考えるクズがいて、それに対抗できる人間が今出払っている、と。

 俺に任務が入る可能性もなくはないが、ここ数年は任務よりも新しい「総監部」──つまりは楽巌寺のじいさんや歌姫から雑用に使われることの方が多い。それもたいがい相談事だったりリモートで済むことがほとんどなので、一週間くらいならガキをひとりにすることもないだろう。

 五条家当主代理サマの言うことを聞いてやる義理など俺にはないが、このままごねて真希が出てくるとまずい。何ならこの部屋の機材くらい全部壊しかねない。となるともう、仕方がなかった。

 やれやれと蒼灰色に視線を戻した。強がりの奥で揺れる瞳は、蒼よりも灰色が強い。

 

「お前はどうしたい?」

「……、」

「言っとくがガキが遊べるようなもんは何もねーぞ」

「……帰らなくていいなら、何でも」

「そうかよ。乙骨、こいつ別に隠れてる必要はねーんだろ?」

「はい。すでに五条家の外にも知られています」

 

 繋いでいた手をはなし、同じ手で乙骨はそいつの頭を撫でた。このひとは大丈夫だよ、すぐ帰ってくるからね、と落とされた優しい声に、意外にも大人しくそいつはこくりと頷く。

 そのまま頭を下げて任務に向かった背中をじっと見送り、かと思えばずっと狙ってただろと言わんばかりの早さでこの部屋にひとつしかない椅子に飛び乗った。無愛想ながら得意げな表情で腕を組み、立派にクズの血を継いでいるらしい少年は胸を張った。

 まあ呪術師の家系のガキならこんなものだろう。こんなことでいちいち腹を立てるほど俺は暇ではない。が、一週間も預からなければならない以上、理解していてほしいルールというものがある。

 

「それは俺の椅子だ、()()()

 

 このファーストネーム呼びたくねえなと内心で愚痴りながら、俺は椅子に座る白く小さな頭をひっつかんで放り投げた。




仕方ないじゃないか、タイトル浮かばなかったんだもん。
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