皓に向けた最後の言葉の答え合わせです。
何で俺がこんな低級任務を、なんて考えるまでもない。最低限に絞られた淡い光の中で、刀を鞘におさめる音が大きく響く。
より身近に「海」を感じられるように設計されたそこは、呪霊と戦うにはこれ以上なく不向きと言えた。
『かなりの強度とはいえ、水槽に傷でもつけたら大変なので……』
この任務はクラゲさんが一番の適役かと、と眼鏡のブリッジをあげたのはようやく補助監督が板についてきた伊地知くんだ。
まあ少なくともどこぞの
呪霊を祓ったあとの水族館は、いつもの静寂を取り戻している。
「……、」
いや、いつものと言っても、ここに来たのはいつぞや妹や特級クズどもに引きずり出されたとき以来で、その前に来たのはいつだったのか俺も記憶が定かではない。定かでないこと自体がおかしいのは理解している。
そんなことは気にせずさっさと戻れと理性が叫んでいるのに、俺の足は勝手にその水槽へ向かっていた。クラゲの水槽の管理はかなり難しいと聞くが、ここのクラゲはいつだって気ままに波を揺蕩っている。
足が勝手に「いつもの場所」で停止する。何度検索してもヒットする記憶とはないというのに、俺は確かに知っている。俺はよくここで、ぼんやりとクラゲを眺めていた。
ときに独りで。ときに、ーーー誰かと。
「……誰だよ」
いや、覚えてねえけど。
何故か隣に感じる寒々しさと、記憶の海に沈んで浮かび上がってこないそれ。思い出したいと思うと同時に、思い出してはならないと何かが告げる記憶。
下から上へと吹き上がる流れにあわせ、ベニクラゲが目の前をゆらりと通り過ぎた。
『え、このクラゲ死なないの? まじ? 俺が知らないと思って適当言ってない?』
『言ってねえわ。俺を何だと思ってんだ』
もしかして、そんな会話をしたこともあったのだろうか。一緒に、同じものを見つめていたことがあったのだろうか。
覚えていなくても、確かに耳に残っている声がある。
「……たくなかったな」
知らず零れて落ちてしまった言葉を噛みしめる。
ーーー忘れたくなかった。覚えていたかった。どこの誰かもわからない、厄介すぎる呪いを遺していったクソ馬鹿のことを。
深く息を吐いて目を閉じる。同時にスマホが着信を告げた。おそらく下で待たせている補助監督が帳が消えたのに戻ってこない俺を不審に思ったのだろう。鞘におさめた呪具を握り直し、振り切るように思い出せない記憶に背を向ける。
目を開ける。足を踏み出す。どうしようもないものに思考を割くほど暇ではない。感傷に浸って優先順位を間違うことなどあってはならない。
俺は、そんな生温い
「……はい、いえ、問題はないです。すぐに戻ります」
スマホの画面に指を滑らせる。眩しすぎる画面の灯りを落とし、さっさと思考を切り替える。
かすかな機械音と水の音が満ちた空間に、一人分の靴音は妙に強く響いた。
『忘れたくねえよ』
家入海月にとって精一杯の、たったひとりの親友への呪いの言葉。