硝子の兄は海月になりたい   作:ふみどり

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海月と硝子で短編集を作ったときに書き下ろしたもののひとつ。
自らを凡人と称する一級呪術師たちのおはなし。


凡人夜話

「家入ィ! こんなとこにいやがったのかお前!」

「うっせえな。いま何時だと思ってんだよ日下部さん」

 

 いつものごとく校舎裏で深夜の一服をキメていたとき。珍しくも鼻息荒く飛び込んできたのは、俺と同じく一級呪術師であり、教職も兼ねている日下部篤也だった。

 

「真夜中に大声なんてらしくもない。何かお気に障ることでもありましたか?」

「そのわざとらしい敬語のことだよ確信犯だろうが!」

「誤用のほうの確信犯だな。敬語使って文句言われたのは初めてだわ」

 

 まあ日下部さんの言ってることはわかっている。つい口角が上がった。

 別にたいしたことはしていない。この昼間、たまたま人目に付くところで日下部さんと鉢合わせたものだから、最大限礼儀正しくご挨拶差し上げただけだ。上層の爺どもにすらまともに礼儀を守らない俺が、それはもう、にこやかかつ丁寧に。

 俺は礼節を守っただけなのにな~とゆったりと煙を吸い込んだ。お前なぁ、と歯がみする顔が面白い。

 

「いまお前が呪術界でどんな風に見られてるかわかってんだろ?」

「知りませんねえ、何せ引きこもってるんで」

「嘘をつけ嘘を。五条に夏油、それにお前の妹や学生たち含めて一大勢力扱いだぞ。何を企んでんだって常に疑惑の目で見られてる! そのお前に真面目くさった敬語なんざ使われたら俺まで仲間だと思われるだろうが!」

「俺としては夜蛾に矢面に立って欲しいんですけどねえ。何か上手く逃げられたんですよ、意外と立ち回り上手いんだよなあのオッサン」

「おいこら夜蛾さんまで巻き込むんじゃねえ」

 

 いや夜蛾の教え子なんだから巻き込まれて当然だろ、というのはさておき。

 この日下部篤也というひとがどういうひとなのかはだいたい知っている。夜蛾に恩義を感じていて、恩義という言葉で縛られる程度には義理堅く、学生たちにとっても良い教師であり、術式をもたずして一級呪術師に上り詰めるだけの実力と知識を備えている。

 一級の中で最強はと尋ねられれば、おそらく多くがこのひとの名前を出すだろう。それだけ厄介かつ面倒で、敵に回したくはない呪術師だった。

 しかしこのひとは、死にたくないからという理由で保守的に立ち回ることが多い現実主義者でもある。うっかり上層の命令でこっちを殺しに来られても困るので、ちょっと周囲にアピールでもしておくかと思っただけだ。

 

「別に何も企んじゃいませんよ。強いて言うなら一緒に上層に嫌われて欲しいなって」

「お前性格最悪か? いや最悪なんだよな、知ってた」

「そらどうも。アンタを評価してるが故ですよ」

「いらねえんだよ。俺は目立ちたくねえの」

「わかる。でも俺は無理だったんで、諦めて俺と注目を二分してください」

「マジで最悪かお前は。八つ当たりじゃねえか」

 

 何とでも。それだけ言ってまた煙を大きく吐き出した。禁煙中のオッサンは恨めしそうにのぼっていく煙を見上げている。その様子にまた肩が揺れた。

 

「わかってんだろ日下部さん。アンタが強いのが悪い」

「お前は俺を過大評価しすぎなんだよ。お前とやったら普通に負けるぞ俺は」

「そっちこそ、俺の評価が高すぎますよ。出方が読めても避けられなきゃ意味ねえんだから」

「……お前今さら凡人ヅラすんのやめろ?」

「アンタが言うか。俺は正真正銘凡人です」

「……」

「……」

 

 は、と互いに顔を背ける。まあ恒例とも言う。

 正直を言えば、本当にこのひとがこちらの敵に回るとは考えていなかった。そもそも上層は術式をもたない術師を軽んじるし、そんなやつに五条や夏油に喧嘩を売るような任務を割り振ることはない。あまりにも無駄で無意味だからだ。

 なのに何故俺がこのひとを引っ張り出してこちらに抱き込もうとするのかと言われれば、まあ、答えは明快。

 日下部篤也が()()()()人間だから。

 

「……にしても日下部さん、よく禁煙続いてますね。吸う?」

「禁煙してるやつに勧めんじゃねえよ。いらん」

「よくやるわ。長生き希望?」

「たりまえだろ。俺は先見てんだよ」

 

 その言葉に、く、と喉の奥が鳴った。

 んだよ、と胡乱な目を向けられるが気にもならない。

 

「いえ、先を見てるなら尚のことこっちについて欲しいなと」

「……何をする気か知らねえが、五条と夏油がいるなら十分だろ」

「あいつらは最強ですが、それだけじゃ足りないってわかってるんですよ。だから仲間を集めて育ててる。その育て方がクソ下手なんですけどね。思いません?」

「思う」

「即答はウケる」

 

 最強は最強の目線でしか物を語れず、凡人は凡人の目線でしか物を語れない。

 一を聞いて十を知り、さらに百を実践して千を応用するようなやつらに、後進の育成は向かない。できないとまでは言わないが、適性はないし効率も悪い。世界の大多数の人々は、当たり前のように凡人なのだから。

 教育には凡人の手がいる。それも、凡人である事実に腐ることなく努力を重ね、相応の成果を残し、結局は他者への情を捨てきれない、そんなお人好しであれば尚よし。

 そのすべてを満たす呪術師は希少も希少。だから、隠れていてもらっては困るのだ。

 

「日下部さん、アンタの手が必要です」

 

 先を見るなら、自分と教え子の行く末を考えるなら、呪術界(せかい)は変わった方がいい。そんなこと、現場を走る呪術師なら誰もが思っている。

 この呪いに満ちた地獄を、ほんのちょっとだけマシな地獄に変えるために。

 

「――だから、」

 

 嫌そうな顔をしながらも逃げずに話を聞いてくれるお人好しを、正面から見据える。

 

「俺の分まで働けよオッサン。隠れて楽しようなんざ許さねえぞ」

「いい笑顔で何言ってんだお前。あと言うほど年齢変わんねえんだわクソガキ」




私が知る限り日下部さんの年齢は明確になっていないと思うんですが、まあ日車さんと同じかちょい上くらいかな、と思っております。つまりクラゲはまじでそんなに歳変わらないのにオッサン扱いしました。ごめんなさい。
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