つくづく呪術師とは性格の悪いものだと。
空中に映像として揺蕩う
『随分と思うところがあるって顔だな、宇佐美』
そんな馬鹿正直な表情筋で交渉とか出来んのか、と軽く言葉を投げられる。返事を期待されているわけではないのはわかっていた。まるで深海のような、あるいは宇宙のような薄暗闇を纏って映し出された彼は、実体ある人間ではない。
呪術特化型情報解析システムという呼び名はお好みではないらしい。仰々しいし長いし、と平面上で眉根を寄せ、呼ぶなら「クラゲ」で良いと言った。それはそれで正しくないが、
というわけで膨大なデータベースを抱え、システム管理を担うAIーー通称「クラゲ」は、椅子もない宙に座って足を組んでいる。
「……たまには素直に未来予測を教えてくれないか」
『何について? まさか宇宙人のことをか? 馬鹿言うなよ、大気圏の外のことなんて開発時の想定に入れてねえよ』
「じゃあ今想定に入れてくれ」
『俺に肉体がなくて良かったな。もし腕があったら殴り飛ばしてたぞ』
無理なものは無理だと言い張るクラゲだが、「想定に入れていない」というよりは「想定に入れられなくもないが、不確定が多すぎることを言いたくない」だろうことはわかっている。こちらとしては僅かでも検討の手掛かりが欲しいところなのだが、クラゲはその辺りが頑なだった。
クラゲを開発して呪術界を去ったという一級呪術師「家入海月」の情報はあまり残されていないが、当人を知る釘崎野薔薇女史曰く、「ほぼ本人」「いや完全に本人」「ということは絶対性格悪いわ。諦めなさい」とのことなので、自分そのままの性格をトレースしたのだろう。このシステム開発については長い呪術の歴史の中でも偉業中の偉業と言っていいのだが、彼の性格についてはもう少し手加減をして欲しかった。性格の悪さまでトレースしなくていい。
呪霊の等級の予測や術式の分析については軽く対応をしてくれるのだが、過去のーーそれこそ六十八年前の死滅回游などの詳細や、呪術界全体に関わる未来の予測については基本的に答えてくれない。
たまには自分の脳みそ使わねえと腐るぞ、と鼻で笑われたときは、危うくただのホログラムに拳を叩き込みかけた。私もまだまだ自制が足りない。
「……シムリア星人側に、両面宿儺レベルがいる」
『へえ』
「そうでなくとも、戦争だけは避けなければならない」
『そうか』
まるで他人事というスタンスを変えないクラゲ。そうプログラムされているだけだとわかっていても、口の中に血の味が広がる。執務室に広がる沈黙が、まるで重力を伴っているように重苦しい。
地球の命運をあのふたりに託した選択を間違いだとは思わない。だが、本当にそれで良かったのか。もっと彼らに負担のない選択があったのではないかーーと、ずっと考え続けている。
思考に呑まれて下がっていく視線を、これみよがしなため息が押し留めた。心底めんどくさそうな目がこちらに向けられている。
『愚痴吐きなら他所でやれよ。俺にお悩み相談の機能はない』
「……わかっている」
『わかってねえから言ってんだろ。正解なんて持ち合わせてないAIに泣きついて項垂れて? 悲劇っつーかもはや喜劇だな。くだらな』
正々堂々売られた喧嘩に、ひくり、とこめかみが揺れる。しかしクラゲの言葉が全て正しいのもわかっていた。
ぎり、と音がしそうなほどに拳を握り込む。手のひらに爪が食い込んだ。弱気に傾いた思考をじくりとした痛みが塗り替える。今はこの痛みはありがたい。
「……クラゲ」
『んだよ』
「乙骨真剣からシムリア人特使マルル・ヴァル・ヴル・イェルヴリが使う術について報告が上がっている。どんな術式なのか解析してくれ」
『ん』
キーボードを叩き、真剣からの任務報告書とマルと呪詛師との戦闘の映像データを流し込む。呪詛師と相対したマルは、その戦闘力の一端を見せていた。これだけの情報でも、クラゲならある程度の予測を立ててくれるだろう。
目を閉じて処理を走らせる彼に向けて、いや、ほとんど独り言として、私は小さく囁いた。
「私は私の最善を尽くす」
返事を求めてはいない。そのまま彼に背を向ける。
未来などわからない。正解などわからない。それでも立ち止まっている訳にはいかない。ただ、求める結果を目指して足掻くしかない。
『ーーそれが人間だ』
気のせいかもしれないほど細やかな声に背を押され、一歩を踏み出した。
ただのAIなので。
Q、なぜ自分の性格をトレースしたAIを作ったんですか。
A、海月にとって気に食わない使われ方をしたくなかったから。拒否条件を書き並べるより自分の価値観を書き込んだ方が確実だと思ったらしいです。
宇佐美さんも悩んだり苦しんだりしたのかしらと思いまして。
ちなみに相槌を打ってあげてるだけだいふクラゲ的には優しいのですが、それがわかる人はもう呪術界にいないのかもしれません。