日本一の歌手を目指して上京した星街すいせい。彼女のもとに一通の手紙が届き、彼女は過去に置き去りにした大切なものと向き合うことになる。

みこめっとの切ない恋のお話です。pixivにもあげてます。

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さくら散れども。

000

 

 

 いつものように幕が上がり、わたしはスポットライトの中に立つ。見渡す限り満員の観客席。青いペンライトの光が波のようにさんざめく。夢にまで見たその光景は、いつしか当たり前の日常に溶け込んでいて。緊張や不安に押し潰されてしまいそうだったあの頃が遠い昔の記憶のようで。初ステージでは声を裏返していたというのに、いまのわたしは、縮こまることもなく、軽やかに、伸びやかに、恋の歌を唄い上げている。

 

 ふと思い出す。

 あの日、わたしの手を握った彼女の手を。歌手になる夢を叶えるため、田舎町から上京するわたしの背中を止めた人を。

 

『ほしまちっ、行かないでっ!』

 

 さくら色の髪がはらはらと冬の風に吹かれる中、東京行きの列車のホームで、鼻を真っ赤に染め、涙をぽろぽろと流したあの子の顔を。

 

『ごめんね、みこち』

『いやだっ、おいてかないでっ!』

 

 時折、わたしはどうしても彼女を思い出す。夢を追いかけるために諦めたと思い込み、無理矢理し舞い込んだ彼女への恋慕が顔を覗かせる。愛しさや切なさ、寂しさを振り払うように、それでもわたしは夢を続けるために高らかに唄う。

 

「ありがとうございました」

 

 すべてを出しきって、頭を下げる。

 しばしの静寂の後、沸き上がるように拍手が鳴った。観客席からの喝采を背に、わたしは舞台裏へ歩く。

 

「おつかれさまです」

 

 スタッフさんに挨拶をしながら。

 いつもより長く感じる廊下を通って控え室へ。

 きらびやかな化粧品。大きくて綺麗な鏡面台。メイクさんに些細な化粧くずれを整えてもらいながら、目の前に置かれた紙を手に取る。

 次のステージのセットリストを確認していたわたしのもとへ、マネージャーさんが駆け寄ってきた。

 なんだろう、トラブルだろうか?

 

「どうかしましたか?」

「……手紙が届きました。気を落とさないでください」

 

 念を押すような一言。

 ざわざわとした靄が胸中を満たした。

 手渡されたのは、黒い縁取りの簡素な便箋。

 封を切り、中を確認する。

 

 ――それは、さくらみこの訃報だった。

 

 

001

 

 

 彼女との出会いは高校二年生のころ。いま思い返せば粗末な環境だったけれど、校舎の片隅の小さな音楽室でピアノに指を滑らせながら、放課後、発声練習をするのがわたしの日課だった。オリジナルの曲を作って、カセットテープに録音し都会のレコード会社に送ったりもしていた。放課後の音楽室は、質素で簡素で粗末な場所だったけれど、わたしにとっては大切なレコーディングスタジオだった。

 いつもは訪問者なんていないんだけど、その日はきっと彼女の気まぐれで、さくら色の髪をした少女が両手をパチパチと叩きながらわたしの元を訪れた。

 

『おぉ、上手いにぇ!』

 

 にこにこと華やぐ笑みを浮かべて楽しそうにはしゃぐ少女。舌足らずのしゃべり方、幼さの残る仕草、とても同年代に見えなくて、確かわたしは彼女を叱りつけたんだっけ。

 

『先輩には敬語を使いなさい』

『ふぇ? みこ、二年生だよ?』

 

 黄色いタイを指差してきょとんとした顔を浮かべ、彼女はニシシと歯を見せて笑った。

 

『歌は上手だけど観察力は残念だにぇ!』

 

 それが彼女との初めての出会い。

 それから、なにが面白いのか分からなかったけれど、わたしが練習をする時、いつも彼女はちょこちょこと付いてくるようになった。

 

 放課後だけの関係は、次第に友人関係へと発展して、クラスは卒業するまで違ったけれど、休み時間やお昼休みはいつも二人で並んで過ごした。

 なんとなく、というわけではなく、きっと彼女に対して特別な何かを感じたから、わたしはいつもその隣に居たんだろう。もしかすると、彼女もそんな風に感じていたのかもしれない。

 

 桜の花のようにうららかな微笑み。柑橘系のシャンプーの匂い。暇さえあれば自分語りをわたしに聞かせて、背中に抱きついて笑いかけてくる人懐こい彼女。

 

 くだらない話で大笑いしたり。

 お弁当をふたりで食べたり。

 ショッピングモールにお出かけしたり。

 テトリスで対戦したり、テスト勉強を見てあげたり。

 カラオケにも行った。映画を何度も見た。

 ゲームセンターで対決もしたっけ。クレーンゲームで全財産をロスして泣き叫ぶ姿に心の底から笑わされたのをすごく憶えている。

 

 お花見、夏祭り、雪合戦、初詣……。

 色んなことをふたり一緒に楽しんだ。

 多くの時間を、彼女とふたりで重ね合わせた。

 

 わたしたちの距離はどんどんと縮まって、気がつけば、当然のように、わたしは彼女のことを好きになっていた。彼女が風邪で学校を休むと学校がひどく退屈な場所に思えた。彼女がわたしに話しかけてくれるだけで時間を忘れるほどその一時に夢中になった。

 日に日に、彼女への思いは大きくなって。溢れそうで、零れ落ちそうな恋心の導火線に火がついて。

 だから、わたしは彼女に自分の思いを伝えた。

 

 ありがちだけど、校舎の屋上に呼び出して、彼女の瞳を見つめて精一杯の愛を言葉に乗せた。

 

『みこち、大好き。付き合って』

『……ぅぇ? ほんとに? からかってるでしょ?』

『本気だから。断られても諦めないよ』

『ぇ、……あの、えと、……みこからもお願いします』

 

 耳まで真っ赤に染めて、もじもじと手をこすり合わせながらコクりと彼女が頷いたとき、わたしは初めて、この世に生まれてよかったなんて大層なことを考えた。

 

 

 ――次は◯◯駅、◯◯駅、お降りの方は……。

 

 

 車掌さんのアナウンスに朧気だった意識が現実へと引き戻される。トランクケースを荷物置きから下ろして降車準備を整えた。目で追えないスピードだった車窓からの景色が、少しづつ速度を落として、鮮明に見えるようになっていく。たどり着いた先は、見慣れた町の、けれどひどく懐かしさを感じさせる寂れた駅だった。

 ところどころ錆び付いた駅名看板がわたしを迎える。

 停車した電車の扉が開く。

 わたしは三年ぶりに地元の駅に足を下ろした。

 

 あの日となにひとつ変わらない景色。

 ふと目にしたなんの変哲もない自販機。

 胸がズキりと傷んで、わたしはまた思い出す。

 

『もう少しで電車が来るね。これ、おごり』

『……うん』

 

 雪の降る寒空のもと。

 缶のコーンスープをふたつ買って、ひとつを彼女に手渡した。いつもなら「あちゅいあちゅい」と騒ぎ立てるはずなのに、温かい缶をぎゅっと握りしめて彼女は心ここにあらずといった様子で俯いている。

 

『ほんとに行っちゃうの?』

『ごめん、夢だから』

『……そっか』

 

 ふたり並んでホームのベンチに腰かける。鼻をすする音が聞こえてきて、さりげなく横をみると、やっぱり彼女はまた涙を流していた。ぽろぽろと落ちる大粒の雫が、コーンスープを握りしめた手のひらに落ちる。わたしは、いまさらかける言葉が見つからなくて、静かに泣く少女の体を電車が到着するまでの間、抱き締め続けることしかできなかった。

 

 しばらくもしない内に、駅に電車が停車する。

 

 わたしは暖かな少女の体から身を離し、トランクケースを手に取った。夢の第一歩へ向かうための扉がプシューと音を立てて開く。わたしの足は、背後に残した彼女の気配に止まりそうになりながらも、けれど確実に前へ前へと進んでいった。一歩踏みしめる度に脳裏をよぎる葛藤があった。感情があった。しかし、それらすべてに強引に封をして、わたしは夢のために心を殺した。

 乗車する直前、足が止まる。

 ふと、直感的に理解した。

 ここがわたしの運命を大きく左右する分岐点だ。

 そのとき、彼女がわたしの手を掴んだ。

 

『ほしまちっ、行かないでっ!』

『みこち……』

『ずっと会えなくなるわけじゃないって分かってる。けど、やっぱりみこはずっと一緒にいたいからっ! わがままだって分かってる。すいちゃんの夢を邪魔しようとしてるって分かってる。それでも、みこはやっぱりイヤだよ! 恨んでくれていい、憎んでくれてもいい。それでもいいから、みこのそばからいなくならないでっ!』

 

 言葉が、出なかった。

 伝えたいことがたくさんあった。伝えなければならない言葉がたくさんありすぎて、何を言えばいいのか分からなくなった。

 

 傲慢にも、夢と彼女を天秤にかけて、ゆらゆらと揺れ動く秤の動きを無理やり固定して、納得したつもりになって。そうでもしないと動き出せなかったから。

 

 あの頃のわたしは今よりもずっと不器用で、言葉足らずで、愚かだった。だから、握りしめられた指を惜しむように外して、彼女の額に優しくキスを落とした。

 

『すいちゃん……』

『ごめん、みこち。手紙、書くから』

 

 急ぎ始めた電車。

 わたしは呆然と立ち尽くす恋人をホームに残して、逃げるように電車に飛び乗った。扉が閉まる。数センチにも満たないその壁が、まるで永遠のように思えた。

 

 ――まもなく電車が出発します。

 

 駅に備え付けられた古いスピーカーからアナウンスが流れる。扉の向こうの彼女を名残惜しくも見つめておきながら、わたしは自分勝手に自分の夢を追いかける。

 

『――っ!!』

 

 動き始めた電車。

 何かを叫びながら、彼女がわたしを追いかける。

 どんどんと加速するスピードに置いていかれて、彼女がわたしから離れていく。ふいに足を躓かせて、彼女がホームに転んでしまう。

 

『みこちっ!』

 

 聞こえない彼女の声。

 触れることのできないもどかしさ。

 この選択をしたのはわたしなのに、膝を擦りむいた彼女に駆け寄ることのできない自分をひたすらに恨んだ。

 

 未練と後悔と夢をのせて、わたしは電車に連れられていく。向かう先に彼女の姿はない。それでも、わたしの心の奥深く、根を張るようにいつでもその桜はあった。

 

 

002

 

 

 蔦が絡まる白い壁。教会の前に佇む喪服姿のわたしは現実味のない現実のなかを朦朧と歩く。参列者の波に流されて、呆然と彼女の葬儀に参加した。

 親族に挨拶をして、檜の棺桶、飾られた笑顔の写真を静かに見つめる。本当に彼女にはもう会えないのだろうか。ふとした拍子に背中に抱きついてきて、また笑いかけてくれるんじゃないだろうか。ありえない妄想ばかりが頭を巡って、わたしは流されるままに葬儀を終えた。すべての体験が、スクリーンに写し出される映画を観客席から眺めているような、どこか他人事のような経験として済まされて、だからだろうか、ついぞ涙は出なかった。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございました」

 

 人並みが出口へと流れていく。

 みなが、それぞれの悲しみを背負いながら帰路へ着く中、わたしの足はなぜだか教会に縫い止められていた。お葬式は終わってしまっていて、ここにいる意味なんてひとつもないのに、わたしの体は動き出すことを拒否している。

 静まり返った待合室。

 黒いソファに腰を下ろして、流れる時間を無意味に踏み潰しながら、わたしはただ単純にそこにいた。

 

「星街さん?」

 

 誰かがわたしの前に立ち、視界が陰る。顔を上げると、そこには彼女の母親の姿があった。わたしはすぐさま立ち上がり、決まりごとのように代わり映えのない言葉を並べた。

 

「御愁傷様でした」

「……ありがとう。生前はお世話になりました」

「あの、わたしっ!」

「いいのよ、大丈夫。みこはあなたのこと、恨んでなんていなかったわ。……事故がなければ、なんて考えてしまう日が終わることはないんでしょうね」

「……」

「これ、あの子の遺品のなかにあったの。中身は確認していないわ。よかったらどうぞ、もらってあげて」

 

 鞄から取り出されたピンク色の便箋。

 封はさくらの形のシールで閉じられていた。

 宛先の住所はない。

 ただ宛名だけがある。

 

『星街すいせいへ』

 

 震える手でその便箋をわたしは受けとる。

 

「……それと、よかったらさくら神社へも行ってあげてくれないかしら。あの子の書いた絵馬があるから」

 

 頷いて、次の行き先を示されたわたしは、ようやく教会の外へ出る。

 ひなびた街の昼下がり。

 ふらふらとわたしは彼女の足跡を辿った。

 

 

003

 

 

 さくら神社。

 彼女が巫女として働いていた場所だ。

 

 境内には桜の木が何本も植えられていて、春になると一部のエリアがお花見スポットとして解放されたりもする、地元の人間なら知らない人はいないそんな神社。

 

 いまは冬なので桜の枝は葉も花もつけていない。枯れたようにそこにあって、死んだようにそこにある。

 

 わたしは一直線に絵馬が奉納されている場所へ向かった。ずらりと並んだたくさんの絵馬。この中から彼女の書いたものを見つけるのは、きっと骨が折れることだろう。そう思っていたんだけれど、彼女の書いた絵馬は存外簡単に見つかった。

 

 わたしはそれを見て、息を詰まらせる。

 

『すいちゃんの夢が叶いますように  みこ』

 

 見覚えのある丸い文字。

 彼女の残した確かな痕跡がそこにあった。

 

 あんな別れだったのに。

 引き留める彼女を振り払うように離れたのに。

 

 あの後、何通も何通も、わたしは彼女に手紙を送っていた。そのひとつとして、返答はなく、きっと彼女はわたしに怒って、あきれて、悲しんで。応援なんてしてないとばかりに思い込んでいた。

 けど、彼女は……。

 みこちは、わたしのことを、最低なわたしを……。

 

「応援、してくれてたんだね……」

 

 いまさらになって、涙がぽろぽろと流れ落ちてくる。彼女の優しい願いが綴られた絵馬を握りしめて、わたしは声を殺して嗚咽を漏らした。

 

 ふと、気付く。

 その絵馬の裏にもう一枚、彼女の名前の絵馬がある。

 わたしはひとつ奥に隠された絵馬を見た。

 

『大好きなすいちゃんと、一緒になれますように』

 

「うっ、うぅ……」

 

 そんなの、そんなのってないよ。

 みこち、わたしは、わたしも……。

 

「大好きだよ、みこち」

 

 その場に崩れ落ちて、わたしは声を荒げて泣いた。

 

 

004

 

 いつものように幕が上がる。

 降り注ぐライトの中。

 満員の観客席を眺めながら、わたしは歌う。

 

 もう二度と触れることのできない彼女を思って。

 夢と恋の天秤は壊れるほどに傾いているけれど。

 

 今日もわたしは、ここで恋の歌を唄っている。

 

 

※※※

 

 すいちゃんへ

 

 

 お手紙返さなくてごめんね。

 たくさん送ってくれていたの、全部読んでたよ。

 ありがとう。

 

 大変なこともたくさんあるみたいだけど、テレビですいちゃんが歌っているのを見たとき、みこは元気をもらいました。あと、すいちゃんが夢に向かって頑張ってる姿を見られて、とっても嬉しかったです。

 みこの彼女はすごいんだぞって、そう思いました。

 

 お手紙を返さなかったのは、すいちゃんの邪魔をしたくなかったから。みこが悲しいって、帰ってきてほしいって書いちゃうと、すいちゃんは優しいから帰ってきちゃうでしょ?

 

 お手紙を書くと、絶対にそんなことを書いてしまうから、みこは返事を書かないことに決めました。

 

 ずっと、ずっと、応援してるよ。

 ずっと、ずっと、大好きだよ。

 

 すいちゃんが夢をちゃんと叶えて、これで満足だって胸を張って帰ってきたら、真っ先に会いに行くからね。

 

 そしたらみこと、今度はずっと一緒にいてほしいな。

 

 愛しています。

 

 

 さくらみこより




とある楽曲から着想を得て書き上げました。
読んでくださり、ありがとうございました!

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