幽霊狩人佳奈希の怪奇譚   作:音升 佳奈希

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 これは、とある少年が夢を追う話。

 本作では横読みを推奨しています。




序章『幽霊狩人の子孫』
英雄譚との邂逅


 

 

「────物心着いた時から、父は祖父や曽祖父について語ってくれなかった。ウィリアムズの父は無口というわけではない。いやむしろ、口に関しては驚くほど軽いとまで言っても良いだろう。そんな父が話さない祖父達の事が、ウィリアムズは気になって仕方がなかった。

「父さん、もう話してくれたって良いじゃないか。僕だってもう十五歳だ。どうして話してくれないんだよ」

「俺は話すつもりは無い。これは譲らないからな」

 頑固な父を宥めるように母がキッチンから顔を覗かせた。

「まあ、貴方。ウィリアムズももう十五歳、お義父さまの事をお話しても──」

 そこで母の言葉は怒声によって掻き消された。

「やめろ! 親父は死んだんだ! これ以上、あれの話をするんじゃない!!」

 母は申し訳なさそうに顔を引っ込めて、夕食の続きを作り始めた。外は既に夕日が差していて、ウィリアムズの父の怒りを表しているようだったのが、ウィリアムズはどうしようもなく嫌だった。

「父さんの馬鹿! 臆病者!」

 ウィリアムズはそう叫んで、普段着のまま、部屋にある自分の財布を握って家を飛び出した。

「ウィリアムズ!!」

 父の怒声のような呼び声は、もはや聞きたくなかった。ウィリアムズはひたすら走って、とにかくあの家から離れたかった。途中でタクシーを見つけたので、タクシーを止めて乗った。

「どちらまで、坊っちゃま?」

「とにかく遠くまで」

 かしこまりました、とだけ言って、運転手はアクセルを踏んだ。アスファルトの上で揺られる車体は、ウィリアムズの眠気を誘った。

「………おやすみなさいませ」

 ウィリアムズの眠たそうな雰囲気を感じとったのか、運転手は振り返りもせずにそう言った。

 

 着きましたよ、とウィリアムズが運転手に起こされて目を開ける。身体を起こすと、古いレンガで造られた家々が並ぶ、古く美しい街並みが並んでいた。ウィリアムズは、しかしこの場所に見覚えがなかった。

「運転手さん、ここは?」

「チェイン・ウォーク。472番地、でございます」

「チェイン・ウォーク………ロンドン!? どうしよう、ぼくそんなにお金持ってないよ!」

 ウィリアムズの悲痛な叫びを、しかし運転手は笑って吹き飛ばした。

「いえいえ、坊っちゃま、お釣りもチップも結構にございます。私の役目ですので」

 役目? そう聞くウィリアムズの言葉を運転手は沈黙で答える。そのまま話題を変えて、運転手は言った。

「坊っちゃま。いえ、貴方様はあの古い造りの家に、どうしても必要な用があります。貴方様は、行かねばならないのです」

「どうして?」

「それは御自身の目によってお確かめを」

 ウィリアムズは頷き、タクシーの後部席を降りる。タクシーはそのまま走り去っていった。ウィリアムズは眼前の古い建物に足を踏み入れた。

 その瞬間、ぼくはありとあらゆる記憶が頭の中に入り込んできたような錯覚を覚えた。そして二階に上がって、手馴れた手つきで古いチェストボックスを開き、中の数冊の書物から手頃なサイズの手帳を手に取り、表紙を見る。

Carnacki's pocket book(カーナッキの手帳)』何枚も継ぎ接ぎになっている分厚い手帳は、カーナッキという男が遺したものだった。そして、カーナッキというその名に、ぼくは非常に親近感を覚えた。ウィリアムズ・ホープス・カーナッキ。ぼくの名前だった。

 そして、手帳の中には様々な出来事が簡潔に記されていた。それはある種冒険譚であり、ぼくの好奇心と知識欲を盛大に引き立てた。礼拝堂、魔界、妖魔、館、異次元………。 それらの全てはぼくの頭に入り込んできた記憶を一つ一つ鮮明に引き出していった。それと同時に、タクシーの運転手の言っていた『役目』が完全に理解できたし、同じく父が祖父や曽祖父の話をしなかった理由もわかった。父も祖父も、そして曽祖父も、この著書に記されている勇敢なる幽霊狩人カーナッキの──つまり、高祖父の──ファンだったのだろう。だが、完璧に練られたカーナッキさえ、幾度となく危険な目に遭っている。それを、大した対策も出来なかったぼくの一族が無事で済むわけがないだろう。曽祖父も祖父も、霊障に触れすぎて死に至り、父も死に目を見て臆したのだろう。

 なら、どうしてぼくだけがこの場所を見つけ、チェイン・ウォーク472番地にたどり着けたのだろうか。あの運転手の言葉と示し合わせれば、簡単だった。それがぼくの役目、そしてこれからの使命なのだ。

 分厚い本を二冊と、カーナッキの手帳を抱え込んで、ぼくは思った。「でも、またイギリスで幽霊狩人を再興させても、つまらない、カーナッキはきっと言うのではないか?」だから、ぼくは思った。日本へ渡るべきだ、と」

 

 佳奈希はそう言って笑い、話を終えた。

「アメリカとかじゃないのか? そういうのは」佳奈希は私のその問いに対して、ナンセンスだと笑い飛ばした。

「いいかい? アメリカにはそういう胡散臭い話なんていくらでも転がっている。だがその殆どは嘘、破滅的なジョークに過ぎない。アメリカよりは別の場所が良いと思ったからだよ。それに」

 佳奈希は言葉を紡ぐのを止めた。私は彼の話の先が気になって、つい続きを促してしまった。彼は急かされるのがあまり好きではなかったのだが、今回ばかりは問題なかったらしい。

「日本は昔からずっと興味があった。ぼくはここに来れてよかったと、心から思っているんだ」

 彼は私に笑いかけて、手に持っていたコーヒーを飲み干した。暖炉の前に置かれた革張りのソファから立ち上がった佳奈希は、優しげな追い立てに取り掛かった。

「さあ、今日はもう閉幕だ。帰りたまえ」

 

 私は彼が一度しかしなかった昔話を噛み締めつつ、電車に揺られて帰宅したのだった。次はいつになるだろうか? きっと明日から、またそんなことを考えながら暮らすことになるだろう。と、私はその確信があった。

 

 

 






 ウィリアムズ・ホープス・カーナッキ
 作中最後で『佳奈希』と呼ばれていた青年。来日した際に名前を改めて、幽霊狩人、探偵トマス・カーナッキの名前を漢字で当て字にして役所に提出。受理されたので現在は音升 佳奈希と名乗っている。

 私
 佳奈希の話を聞く、聞き手の青年。五歳ほど年が離れているが、佳奈希とは親友同士である。

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