汗でダラダラになりながら寂れた商店に一人で駆け込んだ。
少し心配もあったがエアコンが付いているようで何よりだ。
「あら、お客さんかしら」
店に入ると店主らしきおばさんが声をかけてきた。
返事をする前に息を整える。
「いえ、少し用事があってこの辺りにきていただけで」
「少し休憩させてもらっても?」
「ええ、大したものはないけどゆっくりして行って」
愛想の良さそうな笑顔を浮かべておばさんはそう言い、さらに店の奥から椅子を持ってきてそこに座るように言った。
「ああ、ご親切にどーも」
「これもよかったら飲んで」
そう言うと飲み物を渡してきた。
……今お金持ってないんだよね。
仕方ないからポケットからお金を出すふりをしながらレジから盗むか。
「ああ、お金を」
「いいのよ、暑かったでしょ」
「最近はお客さんも少ないし暇だったの」
「期限が切れる前に飲んじゃって」
ならいいか。
素直にもらっておくことにしよう。
連れがくるまで待たせてもらうことを伝えて一息つくことにした。
数分後、汗を流しながらラヴちゃんがたどり着いた。
「……っ、ふう、なんだかんだ言って、ずいぶん、速かったな」
「そう?こんなものでしょ」
「……フォームも綺麗だったし、陸上でもやってたのか?」
「特には。速く走ろうとしたら同じような格好になるものなんじゃないの」
峠から走り始めた直後、ラヴちゃんはゴーストライダーを牽制するために炎を巻き上げていたが、私は言いつけ通り走ることに集中して全力でその場を去った。
初動が早かったこともあるが、そもそも私の方が健脚だったらしくそのまま離れてしまったのだ。
途中でゴーストライダーの標的が私に切り替わったこともあったが、能力をうまく使って見事逃げ切ることに成功したのだった。
まぁ、商店に来る前にゴーストライダーの追走は無くなっていたが、室内で涼みたかったのでラヴちゃんを置いてきてしまった。
「お連れさんがきたのかしら」
話し声に気付いたおばさんが店の奥からやってきた。
手に持った飲み物をタダで渡そうとするも断られている。
「お気持ちはありがたいのですが、代金は払います」
「もらっちゃえばいいのに」
「ダメだ。ん?もしかしてもらったのか?」
「くれるって言うし、財布は車の中だったから」
「まったく……すみません、連れの分も払います」
タダでくれるって言うなら貰っちゃえばいいのに。お堅いんだから。
支払いを終えるとおばさんが口を開いた。
「わざわざよかったのに。とっても真面目な方ね」
「お仕事って言ってたけどこんな場所でどうしたの?」
「お連れさんも美人だからモデルの撮影か何かかしら?」
そう思っちゃうよね。綺麗だから。
わかるわかる。
「いえ、私たちは警察官です。ひき逃げ事件の捜査中でして」
「少しトラブルで、差し支えなければ電話を貸していただきたいのですが」
「まあ、大変。電話ね。取ってくるから待ってて」
おばさんはそう言うと店の奥に引き上げて行った。
すると、ラヴちゃんが私の方を見ながら小言を言い始めた。
「春夏秋冬、貰い物はしないように。正式には警察官でないとはいえ、賄賂を疑われかねない」
「それと、今回は聞き込みの予定はなかったから何も言わなかったが、今度からはもっとフォーマルな服装……スーツで来るように」
「流石にデニムとTシャツはラフすぎる」
「善処しまーす」
いやスーツとか持ってないんだけどね。
仕事辞めた日にゴミで出したから。
それに堅苦しい服は嫌いなんだよね。
夏場はクールビズってことでどうにかならないかな。
しばらくするとおばさんが店の奥から携帯を持って戻ってきた。
「お待たせしてごめんね。この歳になるとどこに何を置いたかすぐに忘れちゃって」
「いえそんな、ありがとうございます」
ラヴちゃんが電話をするために離れようとするが、おばさんが引き止めた。
「ちょっと聞きたいんだけど、ひき逃げのことって何かわかったのかしら」
「この辺りのことだし、私気になっちゃって」
「すみませんが、調査中でして。詳しくは話せません」
「そう……」
「なら仕方ないわね」
「私本当に怖くって」
「だって同じ場所で四人も轢き逃げされるなんて」
「何か呪われてるんじゃないかと思っちゃって」
……?
四人?
その言葉を聞いてラヴちゃんと目を合わせる。
ひき逃げの被害者は全員で九人。
そしてニュースで発表されているのは一般人の被害者三人だけだ。
警察官六人の被害は発表されていない。
事件の特殊性故、どこまで詳細を公表するかまだ決定していないことから現状知っている人間はほぼいないのだ。
四という数字は一体どこからきたのか。
「失礼ですが、四人というのは?被害者は三人では?」
「三人?ああ、それって最近亡くなった方でしょ」
「昔、まったく同じ場所でひき逃げがあったのよ」
「新聞で小さく記事になってたけど、その犯人も捕まったって聞いてないわ」
「それは何年くらい前のことでしょうか?」
「えーと、たしか……二十年くらい前だったかしら」
「時期は、春から夏くらい?涼しくなり始める前だったのは覚えてるわ」
嘘をついているようにも感じないし、本当のことかも。
しかし、捜査資料で確認したが、ここで大きな事故が起こった記録はなかったはずだ。
それこそ軽微な衝突程度で、死亡事故の記載はされていなかった。
「(案外、最初に言ってた隠蔽もあながち間違ってないんじゃない、これ)」
「(ああ、ただの偶然とは思いづらい。確認した方が良さそうだ)」