俺「以外」の全員が「2周目」は流石に鬼畜仕様過ぎる。   作:夢泉

41 / 54
幕間 修行の日々④「なぞなぞ」

 

 これは、俺がバルバルを旅立つ直前の事……師匠から1本を取る数日前の事だ。

 

「マイスイートシスター! 愛してるぜ!」

 

 もう何度言ったか分からない言葉を叫んで、俺はウアを抱きしめた。

 13歳になって背も伸びてきた妹だが、一方で俺も大きくなっている。故に、いつまで経ってもウアは抱きしめやすい大きさだ。

 ……抱きしめた理由は何だったか覚えていない。日常にありふれた平凡な事……些細だけど尊い日常の一欠けらだったと思う。

 ともかく。俺はウアの可愛さに感極まって、いつもと同じようにウアを抱きしめたのだ。

 

「ねぇ、兄ちゃん。兄ちゃんはさ、どうして私を「愛してる」の? そもそも「愛」って何なのかな?」

 

 けれど。その日は、抱きしめられたウアの反応が普段と違っていた。

 何やら真剣な顔で問いかけるウア。内容は「愛」について。

 ……ふむ。もしかしなくても、思春期というモノだろうか? モノの見方考え方に変化が生じているのかもしれない。

 これは、兄として真剣に向き合わねばなるまい。

 さて。なぜウアを「愛している」のか、「愛とは何か」だけども。

 

「前者に関しては。ウアが俺の可愛い可愛い妹で、俺の身体の一部みたいなものだからだよ」

 

 俺なりに良く考えた結果。回答はこんな感じ。

 抽象的で難しい問いではあるが、それなりに納得できる内容を返せたのではないだろうか。

 そう思ったのだけれど。

 

「妹だから? 妹じゃなかったら愛してくれないの?」

「……うん?」

「可愛いから? 可愛くなかったら愛してくれないの?」

 

 恐るべしは、思春期の悩み。

 これは想像以上に深いし、手強いぞ。もっと真剣に考えねば。

 

「……難しい問いかけだな」

 

 成程。例えば、ウアが妹では無かったとしたら? 接点が少なかったら?

 ……俺は彼女を自分の一部だと思うくらいに考えていただろうか?

 難しい。実に難しいぞ。

 再び思考を巡らせていると。

 

「兄ちゃん、シムナスさんのこと好きでしょ」

 

 急にウアが変な事を言い出した。

 

「ななななななな何を言うか! 何を! ばばばばば馬鹿なことを! 師匠に対して抱いているのは、そういう、断じてそういう感情じゃなくてだな! もっと何か、こう、何か違う感じのだな!」

「動揺し過ぎ。流石に無理があるよ」

 

 ……自分で言ってても気付いたわ。

 いつのまにか。本当にいつのまにか、俺が師匠に抱く感情は恋慕の域に達していたのかもしれない。自分でも良く分からないのだけれど。

 

「兄ちゃんはシムナスさんのドコが好きなの? 何が一番好きなの?」

「どこ? ……一番?」

 

 なんだ? 恋バナか?

 それも思春期の醍醐味ではあるかもしれんな。ただ、この環境……師匠とバルバルと俺とウアしかいない空間……では、ウアの恋愛話が出てこない。俺ばかりが話す不平等で一方的な展開になるのでは?

 いや、待てよ? 今の条件は、必ずしもウアが恋愛をしていない証明にはならない。

 例えば、バルバルに恋慕している可能性がある。……兄として、どんな反応をすれば良い? 確かに、バルバルは超絶良いヤツだし、ウアを任せるに足る存在である。だが、魔獣だ。しかも、アイツは好きな花が居ると前に聞いた。険しい道のり過ぎる。

 例えば、師匠に恋慕している可能性もある。……修羅場じゃ。目も当てられない修羅場じゃ。俺は妹と初恋の人を奪い合う事になっちまうぞ。

 例えば、ブラコンを拗らせて俺に恋慕している可能性もある。……こっちも修羅場じゃ。これで師匠がウアに恋慕してたりしたらヤバい。恐ろしい三角関係が出来上がる。

 ……待て。待て待て待て。思考が逸れまくっている。想像以上に、師匠への恋愛感情を指摘されて動揺しているらしい。深呼吸して落ち着こう。

 

「綺麗なヒトだよね。大人の女性の魅力もあるけど、身長が小さいから可愛さも併せ持ってる。……兄ちゃんはシムナスさんの容姿が好きなの?」

 

 俺が思考を落ち着けてる間にも、ウアの言葉は続く。

 ……ふむ?

 

「強いヒトだよね。一度剣を持てば、まさに「達人」って言葉がピッタリ。……兄ちゃんはシムナスさんの強さに焦がれたの?」

 

 確かに、師匠の剣技は美しい。数百年の研鑽が辿り着いた、1つの極致。それに焦がれ、求め続けた5年間であったのは事実だ。

 

「賢いヒトだよね。色々な事をいっぱい知ってる。……兄ちゃんはシムナスさんの知識に惹かれたの?」

 

 確かに、師匠の知識は膨大だ。永い時を探求し続けた師匠のみが到達できる領域。それに惹かれ続けた日々であったことも間違いない。

 

「……そのくせ、抜けてる所もあって、ポンコツな所も多くて可愛い。そういうヒトだよね」

 

 それは間違いない。師匠は強い癖に、放っておけないポンコツさがある。ダメダメな所を見ていると、守ってあげたいという感情が湧いてくるんだよな。

 正直、何が一番かって言われると困る。

 それに……

 

「容姿では、無いかもしれない。そりゃ、綺麗だと思うけど。俺は師匠の容姿に惹かれた訳じゃない。最初に会った頃とか警戒しかしてなかったし」

 

 一目惚れをした……とか、そう言う事では無かった。

 師匠と出会った時を思い出す。両親から、知人から、街から、あらゆるモノから逃げてきた時だ。あの時の俺は、彼女の全てを疑いながら、少しでも情報を集める事しか考えていなかった。それは、最低でも数日間続いていたと思う。

 師匠を信用できる人物と定めていても、両親のように豹変する可能性だってあったのだから。

 故に。俺は、師匠の容姿に骨抜きにされた訳では無い。

 

「強さでもない気がする。よわよわな師匠を守ってあげるシチュは正直良いと思う」

 

 師匠のピンチに颯爽と現れて救うみたいな? 別に師匠に窮地に陥って欲しいわけでは無いけど、男として憧れる心は否定できない。弱い師匠……アリだと思います。

 

「賢さでもない気がする。俺が先生になって師匠に教える……みたいなのも面白そうだし」

 

 師匠が俺の事を「師匠」とか「先生」って呼ぶ……めっちゃ良いな? 一度で良いから呼んで欲しい。

 あ、料理教える時に「先生」と呼ぶように頼めば良かった! 失敗した!

 

「ポンコツさは確かに庇護欲みたいのが湧くけど、それを直して欲しいって俺は思ってるくらいだしなぁ……」

 

 この5年。バルバルと協力して、師匠のズボラさに随分とメスを入れた。

 まだまだポンコツだが、最低限の生活スキルは修得させることに成功している。

 

「……うまく説明できねぇや。何なんだろうな。好きとか愛するって。……魂が求める? そんなスピリチュアルな話に落とし込みたくないしな……」

 

 畢竟。良く分からない。

 俺が師匠の何に一番惹かれたのか。どうして師匠だったのか。良く分からないのだ。

 

「けど、そんなに難しい話でも無いのかもしれない」

「どういうこと?」

 

 確かに、問いかけ自体は難しい。

 最初の「愛とは何か」にも通ずる問いかけであり、容易に答えが出せるモノではない。

 しかし。

 

「目の前にある現実を否定したってどうにもならない。なら、それを受け入れるしか無いんじゃないか?」

 

 またも思い出すのは、5年前の日のこと。あの逃げた日のことだ。

 あの時、俺は深く考えるのは後で出来ると考えた。

 どれだけオカシイ状況であろうとも、目の前の現実を受け入れて、取れる手段を選ぶしかないと。そう考えて進んだ。

 それと似ているかもしれない。

 

「今、俺はウアを大切に想っている。愛していると感じている。師匠とバルバルを大切に想っている。……その「今」。自分の感情を俺はあるがままに認めようと思う。何があったから好きじゃなく、今までの全てがあって「好きという今」があるんだって」

 

 随分とまどろっこしいな。深く考えたことがない内容だったので、思いつくままに喋っているせいだろう。

 そうだな。簡潔に述べるならば。

 つまるところは。

 

「俺は、「今」目の前にいる「ウア・ククローク」。その存在を愛している。それが、今の俺が認識している現実で、事実。そこに仮定を挟み込む意味は無い」

 

 ……こういう事なのだろう。

 専門的に正しいのかは知らない。興味も無い。

 ただ、俺の回答はこれだ。

 例えば。『世界5分前仮説』という説がある。世界が実は5分前に始まったのかもしれない。5分前に、存在しない「記憶」を生命が「覚えている」状態で出現したのかもしれない……という有名な思考実験。

 この説は否定する事が出来ない。しかし、否定出来ないだけで、証明する事も出来ない。そういう代物。

 ならば、これが真実であるか否かなど、何か意味がある事だろうか? それを馬鹿真面目に考えて、今の自分が有する記憶・感情・関係性に疑心暗鬼となる事に何の意味があるのか?

 そんなモノに時間をかけるくらいなら、今の自分が愛しいと思う存在を大切にした方が良い。

 ……「愛」に理由を求めるよりも、今の感情を大切にすべき。それが俺の結論。

 だったのだが。

 

「私は納得できないかな、それ」

 

 ズッコケそうになる。

 必死に考えた結果を即答で否定された。

 どうやら、俺の答えは妹的にはダメダメだったらしい。

 

「兄ちゃん、「アナタの全てを愛しています」って言葉をどう思う? 言われたら、どう感じる?」

 

 攻守交替でウアのターンということかな。

 それで、「アナタの全てを愛しています」か。ふむ。

 

「随分とロマンチックな言葉だな。もしかして、師匠の本棚にそういう感じの本でもあったのか?」

「茶化さないで。真面目に答えて」

 

 おぉっと。ちょっと場を和ませようとしたのだけど失敗した。

 思春期の女の子の思考は難しい……。

 えっと、それで。言われたらどのように感じるか、だったか。

 

「……そうだなぁ。現実にそんな言葉を言う人が居るかどうかは別として。言われたら嬉しいと思うよ。その気持ちを受け入れるか否かも別問題だけど、それでも嬉しくて誇らしい事だ」

 

 ま、こんな感じかな?

 誰に言われるか、どんな状況で、どれだけの真剣さで言われるか。そういう条件でも大きく変ってくるだろうけれど。

 それでも。それが嘘偽りの無い真剣な言葉であれば、嬉しい。自らの全てを肯定し、愛してくれる誰かが居る……少なくとも、そのヒトにそこまで想って貰える自分になれた。その事は、誇るべきではないだろうか。

 しかし、これに関してもウアの答えは違っていた。

 

「私はね、この言葉が大嫌い」

「大嫌い?」

 

 よりにもよって「大嫌い」とは穏やかじゃない。

 一体どういうことなのだろう?

 

「でもね。「全てのアナタを愛しています」……こっちは嫌いだけど好きなんだ」

「なんだ? もしかして、なぞなぞか?」

「なぞなぞ……うん、そうかも。そう思ってくれて構わないよ」

 

 今までの意味深な会話の全てが「なぞなぞ」のための壮大な前振りだった……という事はあるまい。

 恐らく、ウアには何か思い悩む事があるのかもしれない。

 しかし。ウア自身が話したくない事……話さないと決めた事を無理やり聞き出すのも違う気がする。

 第一に。思春期の悩みというのは、自分で答えを見つけていくモノだとも思うし。

 必要以上に干渉する面倒くさい兄にはなりたくない。ウアの自主性を認めることだって必要だ。

 師匠との模擬戦でも手応えが出て来て、そろそろ一本に繋がりそうと感じる今日この頃。

 そうなれば、俺は旅立つ訳で。どんな時でも妹の傍に居られる訳では無いのだから。

 

「よっしゃ。なら兄ちゃんが解いてやるぜ。「アナタの全てを愛しています」は嫌い。でも、「全てのアナタを愛しています」は嫌いだけど好き……むむむ?」

 

 意外と難しいぞ、コレ。ちっとも答えが分からん。

 

「あはは、流石の兄ちゃんでも今は解けないよ」

「……ウア?」

 

 悩んでいると、ウアが「よっ」なんて言いながら立ち上がり、テクテクと歩きながら言葉を紡ぐ。

 俺は隣に座って会話をしていたので、視界にはウアの背中が映る。ウアがどんな表情でいるのか、それを伺うことは出来ない。

 

「でも、きっと」

 

 そうして、ウアは。

 俺の妹、ウア・ククロークは。

 

「ずっと先で。いつかの答え合わせにはなるはずだよ」

 

 少しだけ悲しそうな声音で、そう言って。

 そのまま、「じゃ、今日も修行頑張ってね!」なんて言いながら、タタッと走って行ってしまう。

 その後、この日の会話の内容について話を振っても、ウアは頑なに何かを語ろうとはせず。俺はウアの意思を尊重し、それ以上の追及を止めた。

 そして。この会話から1週間ほど後に。

 俺は師匠から一本を取って、晴れて旅立ちの許可を得たのである。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。