「 ここはキスだよ! キス、キス、キスするの!」
先輩は激怒した。 必ず、
「 邪智暴虐の先生たちがなんて言おうとも! 」
あっそれです。
「 理不尽な通達なんかに負けちゃダメ!! キス! それ以外、考えられない! この劇で一番大事なシーンなんだから! キス! キ ── ス ────!! 」
ヒロインの役を演じる先輩は罠にかかった猛獣が暴れるみたいな勢いでそう
キスさせやがれと先輩が足をひと踏みするたび、その動きにつれて頭に仮付けされている金髪のクリップウィッグ ( 房に小分けされた演劇用カツラ ) だけは、怒りと無関係に優雅に波打った。
「 キ ───────!!!」
あー、あのレベルの声量出してる口元にガラス製品とか近づけたら音圧で粉々になるんだよね。 前にテレビで見た。 危ないよね。
「 ス ───────── !!! 」
キャラ崩壊だ。
先輩その役、悲しみに耐えて気高く生きる貴婦人の代名詞なんですけど ‥‥‥。 着付け作業を買って出てくれている服飾研究会の女子生徒があまりの剣幕に当てられて、先輩のために用意された濃紺のラバノワドレスを広げかけた状態で固まっていた。 怯えきった他の部員、特に上級生の人たちが、チラチラ僕に視線を送って来る。 お前、ここは主役として何とかしてくれよって目だ。
うーん。
ダメ元で、まあまあ落ち着いてください、って軽くなだめてみようかな。
“ “ ズシン ” ”
あ、やっぱ無理です危険です粉々になります。
◇
劇のリハーサルは今や大詰めの段階に入っていて、もう多少の個人的な不満や意見は胸にしまい、各人が演技の総合的なすり合わせを行なうべき時だ ‥‥‥ とは言え、上演寸前までこぎ着けた劇作りを、堅苦しい横やりで突然に邪魔されてしまった先輩がダークフォース感にあふれた激情を爆発させるのも無理はない。
いつもは演劇部のリーダーとして部活動全体のバランスや教師からの評判に気を配る人だけど、事が劇の重要な演出で、しかもそれが学校からのクレームごときを理由にあっさり変更されてしまいそうだとなると話は違ってくる。 社会的には半分子供扱いの高校生ではあっても、舞台における表現が制限されようとする時には一人の女優として決して譲れない
今がそうだった。