僕、進研ゼミのおかげで“何でも“出来るようになったよ! 作:隼
―― それからの“沢田健太”はまるで人が変わったようだった。
【View/沢田康太】
兄はどんな人物かと聞かれれば、僕はこう答える。
――面倒臭がりで目の前の快楽に直情的。宿題すら一切せず、定期テストでは1桁の点数が当たり前、テスト前でも寝っ転がってゲームばかりしている怠け者。
――飽きっぽくて傲慢。自分の思い通りにいかないとすぐに感情を露わにして自分以外のものを強く否定する典型的なワルガキ。
珍しく心力を注いでいた趣味の陸上競技も、乱暴で考えなしに練習しているせいで、掛けた時間に対して殆ど成長しない。
その癖、僕の足の速さにいつまで経っても追いつけないのを、僕のせいにして、無駄に張り合おうとしてくる。
正直に言えば……僕はそんな兄を心底軽蔑していた。
しかし、ある日突然、そんな兄が――。
「ママ!オレ今回も100点とったよ!」
「ママ!オレ、陸上部の代表選手に選ばれたんだぜ!」
あっという間に栄光を手にしたのだ。
いつも僕のことを羨ましがり、指をくわえて憤っていただけの兄が、いつしか、僕を勉強でも陸上競技でも追い越している。
僕は、絶句した。とても、これが現実だとは思えなかった。
だって僕は、アイツが努力している姿を見たことがない。
僕が必死で部屋にこもって勉強している中、アイツは、芸人のコントを見て、下品な笑い声を上げていた。
僕が部活が終わってからも夕方、汗だくになりながらランニングしている中、アイツは、友達の家で、モンスターを狩るゲームに夢中になっていた。
おかしい。おかしい。絶対におかしい。……有り得ない。
僕は内に眠る激情を押さえ込んで、兄に冷静に問い詰めた。――いったいどんな不正をしたのかと。
しかし兄はケロッとした顔で言った。
「なにって……。オレは『ゼミ』を始めただけだよ?」
はあッ!?とクールを崩し、思わず表情を歪めた僕。
『ゼミ』?あの情報通信教材で、勉強はまだしも、陸上競技があんなに上達するはずがないだろ?
しかし、目を見れば分かった。兄は嘘を言っていない。少なくとも兄自身はそれを確信していると。
……兄さんは一体何をしたんだ。兄さんが知らないなら、誰か入れ知恵をした人間がいるはず。そう考えた僕は母さんに話を聞いてみることにした。
しかし、母さんに同じことを尋ねても、
「そうねぇ……。健太が変わったのは『ゼミ』を始めてからかしら」
健太と全く同じことを言うだけであった。
母は名案を思いついたとばかりに、ポンと手を叩いて、
「……そうだ、康太。良い機会だし、健太と一緒に『ゼミ』を始めて見たらどうかしら?今なら『お友達・ご兄弟紹介キャンペーン』というのがあってね?特典で『アルティメットウォッチ』と『図書カード2000円分』が――」
「――僕には必要ないよ!」
母の勧める言葉に、被せるように感情あらわにし僕は拒否した。
普段と違う僕の姿に、口元に手を当てて驚いている母。
――これじゃ、ガキみたいだ。“アイツ”と同じじゃないか!
ハッと気づいた僕は、ドタドタと急いで自分の部屋へ駆け込み、勢いよくドアを閉めた。
そしてベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。
一体……何が起きてるんだ……!?
このままじゃ、僕は……僕の努力は……。
『進〇ゼミ』
母とアイツが誇らしげに繰り返すその言葉を僕は思い出した。そして――。
「僕を舐めるなよ……!ふざけやがって……。絶対にこのまま負けてたまるか!思い知らせてやるッ!!」
※ ※ ※
【View/沢田健太】
オレがテストで満点をとってから数ヶ月が経った。
まるで世界がオレのものになったようだった。
望んでいたものが、光に引き寄せられる蛾の如く、次々と手に入っていく。
『テストで満点を取りたい』と願えば、いつの間にか膨大な知識が脳になだれ込み、手が勝手に答案に答えを記入していく。『もっと足が早くなりたい』と祈れば、いつの間にか筋肉が強靭に発達し、力強く――効率的に地面を蹴り出す。
オレは定期テストで毎回1位になり、常にクラスの張り紙で1番上を飾っていた。
陸上の大会では、同時にスタートしたはずの他の連中はすぐに遥か後ろに消えた。気がつけば市内の新記録を確立し、多くの羨望の眼差しと喝采を浴びた。
かつて康太を僻んでいた惨めなオレはもういない。ここにいるのは、天賦の才を持ち、圧倒的な成功者であり続けるオレである。
――そうだ……オレという話し方はもう下品だ、もうやめるとしよう。
僕……じゃ、康太と被るよな。なら、オレは“俺”と自分を呼ぼう。
何が違うのかって?そんなの、違わないだろうな。だが、俺にとってはかなり意味合いが違うんだ。
なぜなら、俺はあの日の惨めなオレとは違う。
この『進〇ゼミ』のおかげで、“俺”は輝かしい未来を手に入れたのだから。
俺は、自室の机に向き直り、進〇ゼミ3月号を開くといつものように願う。
手が勝手に持ち上がり、シャーペンが目まぐるしく動き出した。
すると脳内に情報の濁流が流れ込み始めた。
……ああ、これこれ。この感覚。
知性を大幅に引き上げ、何かのリミッターを解除し、膨れ上がって行くような感覚。
気持ちいい……。
すげえ、気持ちいい……。
あ、ああ……。
ああああああああぁぁぁ……。やべぇ、これ。やっぱ……最高だ……。
…………。
……。
俺はいつしか眠っていたのか、涎を垂らしながら目を開いた。
慌てて、近くのティッシュ箱から紙をとって拭う。
そして、微かな違和感を感じた。
……足りない。これじゃ全然足りないのだ。
もっと高度な知性を。もっと強靭な肉体を。不可能さえ可能にする運気を――俺は必要としている。
もっと、求めなければならない。もっと強き“俺”を。
――この進〇ゼミなら、それを可能にしてくれる。
どんな願いも、祈りも、コイツは聞き届けてくれる。
『健太くん。今日もコラショタイムだよ――ボクに願いを捧げて!』
ふと、いつものようにアニメのキャラクターのような幻聴が聞こえた。
ぼやけてよく見えないが、赤い、うさぎのようなフォルムの幻覚も。
……またか?またそいつが何か話した……?
瞬間――ブワッと激情が体に張り巡らされるように、電撃のような指令が走った。痙攣したように俺は体を震わせる。
ああ――ダメだ。やっぱりこれには俺は抗えない。俺は、俺は――。
もっと、ずっとずっと強く在らねばならない……!
バッと起き上がった俺は、また机に置いてある進〇ゼミ3月号に向かう。
幻覚だろうか。身を焦がすほどの俺の欲望が、オーロラのように目に見える。それらを勿体ぶらずに全て捧げる。強く、強く願う。
ごっそりと何かが抜け落ちるか感覚。欲望が成就していく――。
『健太!よく頑張ったね!きっとキミなら、キラキラ輝いた最高の学校生活を送れるよ!――だから、これからも!』
『一緒にチャレンジ頑張ろう!!』
それから暫くあと。ようやく俺の意識が戻った時、そいつはそこには既にいなかった。
俺は強い頭痛を感じ、手で抑える。
一瞬の間に、様々な症例が思考を巡った。そして瞬時に答えが導き出される。
俺は、前よりずっと高いステージに立っていることを自覚した。
ニヤリと知らず知らずのうちに、口をひん曲げた変な笑みを浮かべていることに、鏡を見て気づいた。
……何かがおかしい。
まるで、自分が自分じゃ無くなっていくような……。
『違う!それでいいんだ!健太は新しい輝いた自分に生まれ変わるんだ!』
「は……?」
いつの間にか、机の上に赤いうさぎがちょこんと座り込んでいた。
『初めまして、だね。沢田健太。ボクはコラショ。ランドセルの妖精だよ!』
そして、絶句する俺に満面の笑みで手を差し伸べる。
『ボク、キミのことすっごく気に入ったんだ!さあ、早速今から一緒にチャレンジ頑張ろう!!』
骨髄まで響くその声に、一末の不安はかき消され、瞬時に欲望が増幅していく。
それに俺は、黙って従うしかなかった――涎を垂らし、歪な笑みを浮かべながら。