僕、進研ゼミのおかげで“何でも“出来るようになったよ! 作:隼
【View/康太】
僕の目は真っ赤に充血している。手の平も指も包帯だらけ。シャーペンの書きすぎが原因の腱鞘炎で、もはやまともに動かせない。
筋肉も悲鳴をあげている。昨日も一昨日も夜なべ町内を走り回ったからだ。
オーバーワークだとわかっていても、内に秘める激情は止められなかった。兄への焦燥感は決して尽きることは無い。なぜなら、
――あの日から、僕は1度も兄に勝てていない。
もうどんなに努力しても勝てないのではないか。
何度も頭に浮かぶその言葉を、最初こそ僕は必死で否定していたが、今は常に頭の中をぐるぐる回っている。
それでも、努力は辞めない。それを辞めたら、僕は認めることになるから。
けど――。
僕の心はもう限界だった。理性はもはやブレーキの役割を失っていた。
兄がいない隙を見計らって、僕は兄の部屋に侵入する。
そして机の上にお目当てのものを見つけた。
『進〇ゼミ』
兄も母も敬愛して止まない情報通信教材。
この薄い本が、そうなのか……。
手を伸ばそうとして、直前で踏みとどまる。
進〇ゼミを使うことを躊躇ったわけじゃない。進〇ゼミのその本には、何かの液体でビタビタになったあとがあったからだ。今は完全に乾いているが、かすかに異臭がする。
……嗅いだことのある匂いだ。これは、嫌気性菌が増殖した――唾液の匂い。
いったい、兄は『進〇ゼミ』で何をしているんだ……?
好奇心から、僕は手を伸ばすことを再開し、本を手に取った。
『よう』
後ろから聞こえた声に、ビクッと体が震えた。
兄にバレたのか?と思い、瞬時に振り向くと、そこには無償髭をこしらえた、オヤジ臭い熊(?)っぽいアニメキャラクターのぬいぐるみが立っていた。
『何無視してんだオラッ。蹴飛ばすぞコラ!』
「ぬいぐるみが……しゃ、喋った……?」
『おうよ。俺様が喋ると何かおかしいか?あァん?』
「そりゃ、可笑しいに決まってるだろ……なんなんだよお前
……」
『オレはくまごろうだ』
「くまごろう……?」
『テメェ、進〇ゼミ触っただろ?』
「あ、ああ……確かに触ったけど」
『だからオメェのサポート役として召喚されたんだよ。オレは進〇ゼミの中でも大人気なキャラなんだからな。光栄に思えや』
「よく知らないけど、人気とかあるの……?」
『おうともよ。人気があるやつは進〇ゼミの表紙とかによく載って……ってそんな話はどうでもいい』
触れられたくない話だったのか、くまごろうは雑に話を切り上げると、ビシッと僕を指さす。
『さぁオメェも、さっさと“チャレンジ“すんぞ』
「いや、無理……」
その声にガクッと目に見えて、ズッこけるくまごろう。
『は、はァ!?オメェ、進〇ゼミやるんだろ?勉強もスポーツも何でもオレが叶えてやんぞ??』
「その進〇ゼミ、健太のだし……。僕は進〇ゼミなんかに頼らなくても1人で大丈夫だから。結構だよ」
『はァァァ!?オメッ、じゃなんで触ったんだよ進〇ゼミ!』
「それは……つい好奇心で」
『なら責任持って最後までやれよォ!!』
「それはごめんだけどさ。最後って……?」
ウグッと目に見えて表情を変えるくまごろう。
『最後ってェのは、つまり……そう、終わりだよ』
「僕は言葉遊びがしたいわけじゃないんだけどさ」
『ンン、まァ、テメェなら話しても大丈夫だろ。……最後ってのは欲望の終わりだよ』
「欲望の、終わり……?」
『んだんだ』
頷く、くまごろう。しかし、僕は違和感を覚える。
「欲望に終わりなんてあるの?」
『おお、坊主。イイトコ突いてくるじゃねェか!』
「それはどうも」
『勿論ねえよ、そんなン』
「??」
『人間ってのはよォ。願い叶っても次から次へと新しいモンがポンポン湧き出てきやがる。マジで切りがねェ。だが、終着点はある。それは――死だ』
「それは……文字通り死ぬまで進〇ゼミをやれって意味?」
『ン?まア、意味は間違っちゃイネェな』
「なんかイマイチ容量を得ない答えだね。正解なの?ハズレなの?」
『ダーー!!ウゼェッ!!いいから、早く進〇ゼミをやれ!早くやれッ!!』
「だから無理だって言ってるじゃん……」
そう言った途端、土下座するように地面に頭を叩きつけるくまごろう。
『うおぉ!!……クソ、なんで誰も俺様の言うこと聞きやしねぇ……。これだからいつまで経っても表紙に……』
「なんか言った?」
『な、なんでもないわァ!ふぅ……仕方ねえ、長期戦を覚悟するしかねェようだな』
「え、まさか僕に付いてくる気なの?やめてよ……面倒くさい」
『オメェ中々ヒデェこと言うな……。俺様だって戻れるんなら戻りてェが……』
「なに、もしかして戻れないの?」
『ちょいとノルマがな……。このまま帰ると廃棄処分にされ――ッてなんでもねェ!!』
「ふぅん……」
ぬいぐるみの世界も大変なんだな。だからといって同情なんてしないけど。
僕は一時は進〇ゼミに頼ろうとした。けどやっぱりダメだ。
僕は僕の力で、兄を――。いつか、必ず。
『なァ、俺様腹減った』
「コイツ、燃やしたい……」
『あァん!!?』
煩い奴が1人(?)増えた。
※ ※ ※
【View/健太】
強すぎる力は退屈である。
もはや、競う相手もいない。俺に叶えたい願いは無くなりつつある。
しかし、熱い欲望は未だ胸の奥に秘めているのがわかる。このまま貯めおけば、爆発しそうだ。
なら、一体どうすべきか……。
「なあ、コラショ」
『なんだい?健太』
「願いが1つできた。俺はライバルが欲しい」
コラショは満面の笑みを浮かべて、
『うん!ボクもいい案だと思うよ!勉強もスポーツもやっぱり互いに切磋琢磨して競い合わなきゃね!』
「何か、いい案はないか?」
『う~〜ん……』
考え込むコラショはポンとひらめきのボタンを押して、
『そうだ!もっと進〇ゼミをいろんな人に使ってもらえばいいんだよ!』
「どういう事だ?」
『進〇ゼミをやっている今の健太には、同格の敵。すなわちライバルと呼べる存在が居ないんだよね!なら、進〇ゼミを使う人が増えれば、それは解決するよ!きっと健太を倒す人間が現れるかも!』
「ハッ、有り得ないな……」
『そうかな~?確かに健太ほどゼミを上手く使える“ニンゲン“はこれまで見たことないけど!』
「でも、そうだな……可能性はあるかもしれない。コラショ、俺はどうすればいい?」
『それはもちろん、進〇ゼミを友達に紹介するんだ!』
「友達?ハッ、あんな下等生物共の中に友達なんていないぞ俺」
『健太が救ってあげるんだ。下等生物は下等生物で居るしかない。それが宿命だからね!でも、進〇ゼミなら、彼らに力を与えることが出来る!キミも一人ぼっちじゃなくなるよ!』
「別に俺は一人ぼっちじゃないが……そうだな、やってみるのもありかもしれん」
『なら、早速チャレンジだ!さあ、進〇ゼミに願って!』
「ああ、分かった」
俺は言われるがままに祈りを込めた。
――ライバルが欲しい、と。