ある程度は予測できるとはいえ、それでもこの国からたったひとりを探し出すのには少しばかり時間が掛かった。
自由を手に入れてからすでに数ヶ月が経過し、身体中に巻かれていた包帯も取れている。ある程度の生活環境を整え、あんまり大声で言えないタイプの呪詛師……でなく呪術師の繋がりを辿り、そこそこ金を積んでようやく所在を突き止めた。
楽な仕事で助かるぜ、と前を歩く仲介屋は紫煙をくゆらせる。
「まあ事情は詮索しねえよ。紹介料はきっちり頂いたしな」
「別にたいした用があるわけやないんやけど……ところで、えー、時雨さん? この報告書、嘘は書いてませんよね?」
俺の少し前を進む歩き煙草のオッサン──孔時雨と名乗ったそのひとは、当然だろとばかりに口角をあげる。
俺が頼んだのはあくまであの野郎の所在であって情報ではないのだが、何を思ったかこのひとはサービスだと言ってここ数年の動向の報告書まで用意してくれていた。せっかくなので歩きながらぱらぱらと目を通していたのだが、……まあ、うん。
言いたいことはいくつかあるが、それは当人にぶつけることにしよう。
「一応聞くがアンタ、アイツを殺しにきたとかじゃねえんだよな?」
「今日を命日にするつもりはありませんね」
「そりゃあよかった。しかし、アイツに野郎の知り合いがいるとは思わなかったぜ」
「あーまあ……ただ向こうが俺を覚えよるかはかなり疑問」
「ははっどうやらマジでよく知った仲らしいな」
つまり野郎の顔を覚えないのは変わっていないと。
相変わらずみたいですねとつい零せば、オッサンも足を止めないまま肩をすくめる。仕事の仲介をするだけの関係だと言っていたが、どうやらこのオッサンもアイツのことはよくよく理解していると見える。その事実が妙に心の柔い部分をくすぐり、うっとおしい。
やはり、アイツは外に出るべき人間だった。出なければならなかった。いや、もっと早く追い出せば良かった、と八つ当たりのような感想がぽんぽんと浮かんでは消えた。
ざ、と薄汚れたシューズが路地裏の硬い地面を削る音が妙に耳に障る。
「ところで鎖桐望クンよ」
「何です?」
「アンタ、禪院家出たんだよな」
「そうですね」
「これからどうすんだ?」
おや、と少し顔を上げて視線をやる。半歩前を進むオッサンの表情は見えなかったが、何を尋ねられているのかは理解していた。
「……残念ですが、アンタに仕事をまわしてもらう予定はないですね」
「何だ、呪詛師希望じゃねえのか。禪院家、敵にまわしたんだろ? 表の世界でやってけると思ってんのか?」
「え、呪術界を表の世界って言うんです? 毒されすぎやろ」
「つっこむとこそこなのかよ」
ふたりして肩を揺らし、会話を途切れさせる。そもそも必要以上の情報を渡すつもりはなかった。別に彼は味方ではない。
ふと切れ長の視線が俺に向けられる。にっこりと微笑み返せばハイハイとオッサンはまた前を向いた。
「使える術師のアテはいくらあっても足りねえんだが、残念だな」
「そらどうも。アンタの言う『表の世界』から追放されるようなことがあればこっちから頭下げにいきますよ」
「そう言うやつはだいたいここまで堕ちてこねえんだよ。……ああ、来てるな」
言われなくても気付いている。
久し振りの気配、怖気が立つほどの存在感。
こいつに逆らってはいけない、そう本能が訴えかける。
相変わらず全身真っ黒の大男は、心底面倒くさそうな様子で廃墟の壁にもたれていた。
「──ああ、」
足を動かす。オッサンの横を通り過ぎ、アイツの間合いに飛び込む。それだけでいつも一瞬鳥肌がたつ。その感覚すらも懐かしかった。
覇気のない眼がこちらに向けられる。眉をひそめられると思ったが、その顔は一瞬で驚愕に染まった。意外なことにこのゴリラ、どうやら俺のことを忘れていなかったらしい。
は、とその口から声が漏れる。おまえ、と唇が動く。
ちゃんと生きていた。また会えた。約束したんだから当たり前だ。当たり前が当たり前に果たされることが難しいのがこの世界だ。込み上げる感情を溢れ出る寸前のところで押さえ込む。押さえ込んだのに、やっぱり溢れ出る。
衝動のまま手を伸ばし、お、ま、え、なァ、ととりあえず胸ぐらをとっつかんだ。
「な、にをしとるんじゃこのクソボケアホ!! ええか、親はおらんでも子は育つけど金がなかったらひとは生きられんのじゃ生み出した以上は最低限の生活くらい保障せえやどこのクズやお前は!! 金がないならそこらの呪詛師の数人でもぶち殺して札束でもなんでも作らんかいまずは土下座じゃ禪院家に攫われる前に手ェ考えるぞドアホボケ!!」
「……生きてるどころか相変わらずすぎねーかお前」
心底引いた声で返ってきた、らしすぎる言葉。
悔しいが、それがひどく嬉しかった。
もちろん恵のことを言っています。養育費は必要ですよね。