自分はどれだけ燈のことを理解しているのだろう、と思ったことがある。
きっかけは、燈を殺しかけたとき。燈は自分のことを「俺なんか」と言った。あれだけ同じ時間を過ごしながら、私は燈がそんな風に自分を軽んじていることすら知らなかった。
別に燈のことなら何でも知っているつもりだったなんて気色の悪いことを言うつもりはないが、何となくもやっとしたものがが胸に残る。
こっちのことは隠したいことまで察せられてしまうのに、向こうのことはわからないなんて状態が妙にもどかしかった。
「で、今度は何考え込んでんの」
「……別に」
「別にってんなら無言でひとの顔凝視すんのやめろよな。視線が痛いんだよ」
相変わらずの狭苦しい部屋。悟は今日単独任務に出ていて、私は一人で燈の下宿を訪れていた。
燈は机に向かって学校の課題を片付けていて、私はその辺にあった本を開いている。たいして難易度の高くない課題なのか、燈のペンはさらさらと動き続けていた。
「言いたくないなら勝手にすりゃいいけど、俺に文句があるならとっとと言えよな」
「言ったら改善してくれるのかい?」
「え、本当に俺への文句なの? 基本直さねーから諦めろ」
「意味ないじゃないか」
といっても、お前がわかりにくいのをどうにかしろとはさすがに言えないし、言ったところでどうしようもないのはわかっている。燈の腹の内の読みにくさは出会ったときからだし、それは燈なりの処世術で武器でもある。燈が必死で身につけたものを否定するようなことは言いたくなかった。
何なの、と燈はペンを持つ手を止めて振り向いた。
「お前本当に悩むの好きだよな。向いてないからやめたほうがいいぞ」
「うるさいな。というか悩むのが向いてる人なんているのか?」
「悟とか? 向いてるってかあいつは少し悩んだ方がいいよな」
「それは言えてるけど」
記憶をたどる限り、悟が何かに悩んでいるのを見たことがない。悩むよりも先に行動するし、それで危ういことになっても自力で切り抜けるだけの実力がある。どこまでも自分を信じているが故の、悩み知らず。けれどそれは、非常に危うくもあった。
「でも、燈も基本悩まないって言ってただろ」
もう記憶もぼやけるくらいに前のことだが、確かに燈はそう言った。多分中学に上がってすぐくらいだったと思うが、今にして思えば中学生が言う台詞ではない。
そりゃ俺はね、と燈は手の中で器用にペンを回し始めた。
「悩んでろくなことになった試しがねーからだよ。うだうだ悩んで動けないでいるときが一番人間無防備なんだって、幼くして学びましたからね俺は。はっは、クソ親戚の間でたらい回しにされた甲斐があったもんだよな!」
そう、普段はあまり言わない自身の過去を笑い飛ばす燈。そんな幼馴染みを見て私は、さっとその手からペンを抜き取った。
あ、と燈が間抜けな顔で手を止める。
「はいはい、私が悪かったから悩みの話はやめよう」
「何だよ、いきなり」
「……自覚がないのかい?」
何が、と本気でわかっていない様子の燈に、少し驚いた。
「その頃の話をするとき、いつもペン回しをするだろ、君。指を動かすことに集中して、あんまり思い出さないように気を紛らわせてるんだと思ってたんだけど」
そう言うと、燈は驚いたように目を見開き、ぴたりと動きを止める。わずかに視線が揺れたと思ったら、じわじわと燈の顔が赤くなっていく。
この反応はまさか、と私も目を見開いた。本当に自覚がなかったのか。
「……ふ、」
「何を笑ってんだ傑! 違う、絶対違うからな!!」
「はいはい、わかったわかった」
「何がわかったってんだお前!!」
「いや、私はわりと燈のことを理解していたんだなと」
違うっつってんだろ、と燈は赤い顔で喚き続ける。
腹の中が完全にはわからなくても、私にも些細な仕草からその内心くらいは汲み取れるらしい。内心を見透かされることに慣れてない燈が慌てふためくのが面白くて肩が揺れる。
完全に拗ねてしまった燈が眉間に皺を寄せたまま机に向き直る。その背中に改めて声をかけた。
「取り繕いが上手いやつの腹の中を暴くのって、わりと愉快だね」
「お前のそういうところマジでクズだと思う」
付き合いの長さが憎いと零した燈に、改めて噴き出した。