夏油の友だちのパンピーの話。   作:ふみどり

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ちょっと前に書いたやつですが、年の瀬ということで。


年が明けても、また青春

「俺はいいけどさ、お前らほんとに実家帰んなくて良かったの?」

 

 そう言いながら燈は、私たちの分の蕎麦を差し出してきた。気が向いたときしか自炊をしないという燈だが、蕎麦程度なら食べられるものを作ることは知っている。

 

「別に構わないさ。顔は見せてきたしね。はい悟、君の分」

「おー。実家帰っても挨拶だのなんだの面倒なだけだしな」

 

 油揚げと葱ののったシンプルな蕎麦をまじまじと覗きながら、さらりと悟も言った。というか、実家に帰りたくない、とこのところグチグチ言っていたのはこの駄々っ子だった。毎年毎年おんなじことしか言わねえしやらねえの、と心底嫌そうな顔で言っていたが、季節の行事なんてそんなものなのではないかと思う。

 そこに燈が年末年始は独りだというのを聞きつけて、こうして燈の下宿に乗り込む算段を立てたというわけだ。

 

「悟が声をかけなかったら、燈もうちの実家に連れていこうと思っていたんだけどね」

「いやそれはさすがに遠慮するわ。おじさんもおばさんも元気?」

「ああ、元気にしてるよ。燈の顔を見たがってた」

 

 そっか、と言いながら燈も自分のどんぶりをもって炬燵に座る。

 

「ちゃんと食べてるのかって心配してたよ。燈は痩せてるからって」

「再三言ってるけど、おじさんもおばさんも傑の体型を基準に考えるのやめてほしいんだよなぁ。俺標準より体重あるくらいだぞ?」

「んなひょろいのに?」

「何でも自分(テメー)基準に考えてると世間知らずがバレるぞ、悟」

「あ?」

「はいはい、蕎麦がのびるよ、ふたりとも」

 

 と、喧嘩になりかけるところにストップをかけて手を合わせる。するとふたりとも大人しく手を合わせるのだから、こういうところは可愛いものだ。

 いただきます、と三人で声を揃える。

 

「お、食える」

「おめでとう悟クン、君は一杯百円もかかってない蕎麦を食える舌を手に入れた」

「うっそマジで!? んな安いの!?」

 

 本気で驚いている悟に笑いながら、ずず、と蕎麦をすすった。うん、今回は真面目に出汁をとったと言うだけあって、なかなか美味しい。

 

「うん、俺にしては上出来。……あ、やべ、ガキ使始まってんじゃん!」

「がきつか?」

「悟は初めてかい? 大晦日といえば紅白かガキ使、私たちはもっぱらガキ使派だけどね」

「まー多分悟も好きだよきっと。ただし絶対真似はすんなよな。これはフリじゃねーぞ」

 

 そう言いながら燈はテレビテレビ、とリモコンを漁る。そんなことを言われたら逆に悟は真似をするだろうに、と少し笑った。きっと明日には「デデーン!」とか言い出すに決まっている。

 

「悟のタイキックとか洒落にならなさそうだね」

「やめろ傑。……紅白にする?」

「んだよ気になるだろーが。早くテレビつけろよ」

 

 ううむ、とちょっと唸りながら燈はテレビをつけると、悟は興味津々で画面見つめ始めた。そんな悟がなんだかんだでちょっと微笑ましくて、思わず燈と目を合わせて、笑った。

 結局私たちはいつもの通り、腹を抱えて笑いながら新年を迎えることになる。

 

 *

 

「真似するなって言ったじゃん!! 言ったじゃん!!」

「大丈夫大丈夫、手加減するって。折れたら硝子に頼んでやるって」

「骨折る前提で話しすんのやめなさい!! 傑これは無理マジで助けて!!」

「仕方ないな、硝子を呼んできてあげるよ」

「違うそうじゃない!!」

 

 

 ***

 

 

「……あのときはマジでこいつらと縁を切ろうと思いました」

「なのに何で未だにこのクズどもと付き合いを続けているんだ? 正気に戻ったならすぐに行動を起こせよ」

「それはあれだよ硝子ちゃん、『燈は逃げ出した! しかし回り込まれてしまった!』みたいな」

 

 高専近くの小さな神社は、普段こそひとは少ないが、そのときになればちゃんと正月らしい姿を見せてくれる。高専の関係者や近所のひとたちが穏やかに初詣に訪れては、両手をあわせて去っていった。

 呪術師でも信仰はあるんだな、とぼんやりと思ったが、信仰の自覚が薄くても伝統と習慣が身についてしまっている日本人の性ともいえるかもしれない。

 俺たちもまた、賽銭を投げて鈴を鳴らし、両手をあわせた。ついてきた生徒たちがおみくじに騒ぐ様子を遠巻きに眺めながら、配られていた甘酒をちまちまと飲んでいる。

 

「まあそれ以来、なんだかんだで予定があえば燈の家で年越しをするようになってね。昨日もそうだったんだよ」

「相変わらずキショイなお前らは」

「何、硝子も来たかった? 意外と食えるよ、燈の百円以下蕎麦」

「いや昨日は月見にしたから百二十円以下蕎麦くらいかな。最近卵も高いんだよな~」

 

「タマゴガ……タカイ……?」と宇宙語のように話す悟に、今度こいつに某バラエティ番組の動画を見せてやろうと思う。一か月を一万円で生活するやつ。たぶん大爆笑する。

 まあもともとがボンボンの悟だ、金銭感覚を養う場がなかったんだから悟の場合は仕方がないと思えなくもない。だが、こいつは別だ。と、隣で同じく甘酒に口をつける幼馴染に視線を向ける。

 

「それはそうと傑」

「何だい?」

「正直に吐けよ。お前、あの子らへのお年玉いくら包んだ」

「……常識の範囲内だよ。いや、本当に。だから毎年確認するのやめてくれないか、燈」

「そうか、悪いな。何分まだお前の金銭感覚を信用できないもんでな」

 

 はははと硬い表情で笑う傑。この反応は嘘じゃねーな、と確認して、やれやれとおみくじではしゃぐ生徒たちに目を向ける。

 晴れ着で楽しそうに笑う姿は見ていて何ともほほえましいし、特に恵やみみななちゃんたちには大きくなったなぁと年寄り臭い感慨を覚えなくもない。可愛がっているつもりもあるし、俺も気持ち程度のお年玉は渡した。そう、あくまでも気持ち程度だ。個人的には学生とはいえ任務で金を稼ぐようになったんなら、そろそろお年玉を卒業してもいいのではとすら思っている。

 金の重要さを身に染みて知っている俺の持論だが、金もろくに稼げないうちから身の丈にあわない金の使い方なんて教えないほうがいい。これについては悟も傑も同意したし、自分の金の使い方が常識的じゃないことくらいは理解している悟も「じゃー僕お金については口出ししないから」と身を引いてくれている。お年玉の相場についても悟なりに世間一般を考えたうえで渡しているようなので、ちょっと感動すらした。

 いやそもそも教師が生徒にお年玉ってどうなのとは思ったけど「これは日々任務をこなしている可愛い生徒たちへのボーナスみたいなもんだから!」と涙目で言い張られた。その辺どうなのか夜蛾学長にこそっと聞いてみたら全力で目をそらされたので、まあ学校が黙認してるならと目をつぶることにしている。

 しかし意外と厄介だったのは傑の方で、一般家庭出身のはずなのにこいつ、特級の給料が良すぎるせいで完全に金銭感覚がぶっ壊れたらしい。何でも買ってやろうとするわ、お年玉に札束やろうとするわ、いくら境遇への同情があるからってそりゃないだろうと正座させて説教したが、そもそも頑固がすぎて頷こうとしない。

 仕方がないので俺は対傑用最終兵器を使う決断をした。

 

『……で、言っても聞かないんですよ。どう思います?』

『ちょっと待て燈、誰と電話してるんだ。いや、まさか、』

『あ、傑くん代わりたそうにしたそうにしてるので代わりますね、()()()()

 

 そのときの傑の顔ときたら爆笑もんだった。いやマジで。

 こそこそと俺の隣にきた悟が、電話の邪魔にならないように小さな声で尋ねる。

 

『おばさんて誰?』

『そりゃ傑のお母さんだよ。傑はあの性格だからさ、()()()ことをすんなり受け入れたうえに、命がけの任務に出なきゃいけない呪術高専にいくことも反対せずに許してくれた両親にすげー感謝をしてるわけ。だからご両親の前では、クズ封印してめちゃくちゃいい孝行息子をやってるわけよ』

『つまり頭が上がらないと。しかも燈は連絡先を知っていると』

『まーそこは長い付き合い故かな。俺、傑が見えることも喧嘩三昧だったときのことも知ってるし、それでもダチやっててくれてありがとう的なことは言われたことある』

『なるほどね~。僕もそのうちご挨拶しとこっかな~』

 

 しなくていい、と通話を終えた傑は笑顔をひきつらせて言った。ちゃんとわかったかと笑顔で俺が尋ねれば、歯噛みするようにわかったよと声を絞り出す。ウケる。

 まあ、これは本当に最終兵器なので滅多に活用することはないが、それはそれとしておばさんには何かと連絡を取らせてもらっていた。何せ俺も、「一般的な家庭」について知っていることはそう多くない。実をいうとお年玉の相場についてアドバイスをもらったりもしたし、子どもたちの扱いや学校などの対応について話を聞いてもらったりもした。頭が上がらないのは俺も一緒、というのは秘密の話である。

 とにかくそんなこんなで、毎年傑のお年玉に目を光らせているというわけだ。

 

「……なんだかんだで叶木が一番まともに保護者やってんだな」

「待て硝子、それは聞き捨てならない」

「そうそう、僕たちだってちゃんと保護者やってんだからね?」

「まあ対外的に保護者が必要な場面はほぼほぼ俺が出たけどね」

「私だって出ると言ったのに燈が止めたんだろ?」

「お前それ鏡見てから言えよ? その長髪とガタイ、マジで目立つからな。悪い意味で」

 

 目立つと面倒が多いっていうのはお前もよく知ってると思うけど、とさらりと言えばぐっと傑は黙り込む。いや本当に、せめて髪切れよと思う。ブーメラン? 俺は惰性と利便性で伸ばしているだけなので、必要な時はばっさり切ります。

 

「高専に金銭的支援取り付けて禪院の手から守ったのは僕なのに……」

「あの子たちを助け出して生活環境整えたのは私なのに……」

「ま、何事も適材適所ってね」

「世の中バランスが取れるようになってるもんだな」

 

 まあ当然ながら俺はあの子たちに呪術や戦闘について教えてやることはできないし、ただ自分にできる部分で手を貸してやっただけのことだ。卑下をしているつもりはないが、天狗になっているつもりもない。何だって、できるやつがやればいいのだ。

 甘酒の最後のひとくちを飲み干して、紙コップをゴミ箱に投げ入れた。飲まないよりはマシだったが、やはり甘酒だけでこの寒さに堪えるのはきつい。ちゃんとアルコールが入ったのが飲みたいな、と思ったところで、傑も紙コップをゴミ箱に放り込む。

 

「さて、そろそろ高専に戻っておせちでも食べるかい?」

「俺はそろそろ熱燗か何かであったまりたいです」

「お、いいな。いい酒用意してあるぞ」

「さすが硝子ちゃん!」

「君たちねぇ、間違っても生徒に飲ませないでよ」

「うわ、悟が教師らしいこと言ってる」

 

 僕教師なんですけど、と言う声を綺麗に無視して、はしゃぎ続ける生徒たちに声を掛けた。そろそろ戻るぞー、と軽く言うと、おみくじを結び終えたらしい生徒たちが集まってくる。

 それぞれの顔が何となく明るいところを見ると、おみくじの結果はそれなりに良かったらしい。もっとも、おみくじで凶を引こうがへこたれるような柔なメンタルの人間はひとりとしていないのだけれど。なんとも心強い、とそれぞれの顔を見てちょっと笑った。

 

「じゃ~皆、高専戻っておせち食べよっか。何と今年のおせちは皆大好き五条先生と傑くんの手作りだよ~!」

「は、」

「え?」

「うっそ、」

「マジで!?」

「こんぶ」

「いや冗談だろ」

「ハイ本当で~す! 君たちね、何でもできる僕たちを舐めちゃいけないよ? 高級食材もふんだんに使ったから期待していいからね!」

「ははは、初めて作ったものばかりなんだからあんまりハードルを上げないでくれ」

 

 横から本当なのか、と硝子ちゃんに裾を引っ張られるが、ほんとだよと頷いた。毎年年越しそばは俺が作ってんだからお前らもたまには何か作れ、と冗談で言ってみたらマジでマジをやった馬鹿どもである。

 俺はこいつらが調理に挑む横で、使っている食材の値段にはらはらしながらおせちのレシピ本を開いて作り方を読み上げていた。少し味見もしたが、残念なことに本当にこいつらはやればできるのである。普段やらないだけで。

 ひどく残念な顔で美味かったんだよ、と言えば、硝子ちゃんも残念そうな顔で本当につまんねーやつらだな、と頷いた。少しは失敗するくらいの可愛げを見せろってんだ。

 

「これで不味かったら十年はからかうネタにしたんだけどね」

「そこは空気読めよ」

「しゃけしゃけ」

 

 つまんなそうな顔をした真希(ちゃん付けしたら殺すと言われている)と棘は大きく頷くが、とにかく美味いものが食べたい組と、夏油さまのすることなら何でもすごい組はきらきらと目を輝かせている。

 まあ、何でも美味いにこしたことがないのは確かだ。はしゃぐ生徒たちに苦笑しながら、じゃあ行くかと歩き出す。

 すっと俺の横に立った悠仁が、そういえばさー、と俺を見上げる。

 

「叶木さん、おみくじ引いてなかったよね?」

「ああ、うん、ここ数年引いてないんだ。いつも結果同じだからいいかなって」

「え、何そんなことある!?」

「あるんだよこれが。俺、大吉以外引いたことないの」

「とんでもない強運じゃない、ちょっとその運わけなさいよ!!」

 

 この手か、この手に運があるのか、と手袋をしたいくつかの手に右手を取られる。御利益あるかな、とにぎにぎと毛糸の手に握られるのがなんともくすぐったい。

 いや、呪力すらない俺の手に運なんてあるはずもないと思うのだけれど。自分の手がご神体かのように扱われるのが面白くて、少し笑った。

 ついでに、ただし、と言葉を添えた。

 

「ひとつ付け足しとくと、俺は毎回『ひとに恵まれる』的な一文がある。わかるな? つまり、俺の大吉は……」

「あっ運返すわ叶木さん」

「うーん、俺もやっぱ遠慮しとく」

「はっは、正直者どもめ」

 

 もらったものを返すように再び俺の手を取っていく、可愛くて正直な生徒たち。

 その様子に肩を震わせながら、横目で「大吉」たちを見た。

 

「ちょおっと失礼が過ぎない〜?」

「立派な大吉だと思うんだけどね?」

「こいつらと一緒にされたことが哀しくて泣けてくる」

「そこは硝子ちゃんにだけ謝っとくわ。ごめんね!」

 

 はははっと笑うと、笑い声は白い息になって空に溶ける。

 おみくじなんて引いてみないと結果はわからないが、今まで行ったあらゆる寺社仏閣で同じ答えが出ているのだ。もうここまできたら諦めるというか、どの神さまにも「それ一応大吉だから諦めな?」と肩を叩かれている気がしてならない。誰に聞いても同じなら、おみくじを引くだけ無駄というものだろう。

 神さま公認の「ひとに恵まれた」結果がこれだと思うと、もはや笑うしかなかった。

 

「ま、神さま公認なら諦めるしかないよな。というわけで、今年もよろしく」

 

 切っても切れない腐れ縁か、はたまた神さま公認の良縁か。もうここまできたらどっちでもいいわ、といつの間にか付き合いの長くなった三人の顔を見る。

 それぞれが、いつもの顔で笑っていた。

 

「はいはい、ヨロシク」

「仕方なさそーに言うのやめてくれる〜? ま、よろしくね」

「うん、よろしく、燈」

 

 毎年そんなことを言いながら、俺たちはなんだかんだでこれからもつるみ続けるのだろう。

 ――その日が来るまで、ずっと。

 

 

 

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