里香ちゃんの呪いが解ける前です。
「……あの、」
「うん?」
五条先生に紹介された、叶木さんというひと。「詳しいことは話してないけど別に秘密にしなくていいし、というか細かいこと気にしない適当な人間だから憂太も気にしなくていいよ!」なんて言われたけど、僕としては正直、距離感に困る人だった。
叶木さん自身はとても気さくで話しやすい人なのだけれど、――だって、この人は、自分で自分の身を守る力を持たない人だ。
「……すいません、僕とふたりなんて、」
「え、何で君が謝んの? 悪いのは俺の報告聞くっつっときながら相変わらず遅刻しやがる悟じゃない? というかアイツ、マジで遅いね。こりゃ途中で何かあったな」
「え、」
「数分の遅刻ならいつものことだけど、十分経ったからね。急な任務か呼び出しか、そんなところじゃない? ま、連絡来るまでのんびり待とっか。憂太くん腹減ってる?」
あ、と僕が返事をするより先に、さっさと呼び鈴を押す叶木さん。僕が口をはさむ間もなく、さっと注文を取りに来た店員さんに適当にオーダーを伝えていく。飲み物や、簡単につまめる軽食の類など、僕が食べても食べなくても問題のないようなものばかり。一通りの注文のあと、他に何かあるかなと尋ねられる。反射的に首を振ると、じゃあ以上でとメニュー表をぱたんと閉じた。
店員さんが去っていくのを横目で見ながらメニュー表をラックに戻し、にこりと僕に笑顔を見せる。
「話しにくい人とふたりになったときはな、とりあえず食べ物と飲み物たくさん頼んどくといいよ。ほら、口にモノを詰めてる間は喋んなくいていいだろ?」
そう、さらっと言われて心臓が鳴った。きゅっと口を結んでしまった僕を見て、叶木さんはちょっと愉快そうに唇をゆがめた。
「ま~そういうの見てりゃわかるからさ。むしろごめんな、別に俺と直接話をさせる必要はないと思うんだけど、どうも悟は受け持ちの生徒と俺を絡ませたがるんだよね。悟なりの教育方針らしいんだけど」
「教育方針、ですか?」
「呪術師の感覚に染まりすぎないようにとか、そういう感じじゃない? 言ってなんだけど、そっちの世界ってやっぱマイノリティだからさ、接する人間の種類も限られるじゃん? いろんな人間と接していろんな価値観を知るってのは、呪術関係なく人間の成長として大事なことだろうしね」
「それは……確かに」
まあそこまで悟が考えてるのはかなり疑問だけど、と叶木さんはいい笑顔。五条先生をフォローしているのか貶しているのか、そのあたりがどうも不思議な人だ。
「それに、君が俺を避けるのも、まあわかるから。俺がパンピーだからだろ?」
「、それは、……その、」
「そんな顔をする必要はないよ。君の呪いのことは、少しだけど聞いてる」
――君の大事な人が誰かを傷つけるのなんて見たくないよな。
そう、仄かな優しさを含んだ声で言われて、目を見開いた。相変わらず、叶木さんはいつもの顔で微笑んでいる。
「なのに自衛の手段もないやつと二人なんて普通にきついって。やーほんとあのクズ何考えてんだろな。後で文句言ったれ、俺も言っとく」
「い、いえ……あの、叶木さんは、」
「ん?」
「こわく、ないんですか?」
僕のこと。里香ちゃんのこと。自分の目の前に、自分を傷つけるかもしれない人間が座っているということ。
そのすべてを含めたうえでの言葉だったが、叶木さんはテーブルに運ばれてきた皿を受け取りながら、けろっと言った。
「悪いけど、全然」
「……え?」
「いや、だから全く。まー俺全く見えないから実感がないってのもそうなんだけどさ。彼女、憂太くんに何かしようとしない限り出てこないんだろ? じゃあ問題ないじゃん、俺何もしないよ」
何より、とポテトを齧りながら叶木さんは続ける。
「俺以上に俺を傷つけることを怖がってる子相手に何を怖がれっつーのよ。いや本当君みたいなぶきよ……優しい子が悟の生徒ってマジで心配。頼むからアイツを見習わずに成長してね」
「今不器用って言いかけました?」
「憂太君ポテトには何かつける派? 俺ケチャップより塩オンリーのが好きなんだよね」
「あ、僕もです……って叶木さん!」
思わず大きな声を出してしまった僕に、けらけらとその人は笑った。
そういう顔してなよ、と、何故だか言われたような気がした。何となく胸がくすぐったくて、そんな気持ちになったのもずいぶんと久しぶりで、思わず唇を噛み締めた。そうしないと、何かが溢れてしまいそうだった。
「あれ、ポテトより唐揚げのが良かった? 追加する?」
皿に盛られた黄色い山に手を伸ばそうとしない僕を見て、叶木さんは不思議そうに言った。いえ、と何とか唇を解いて、それに手を伸ばす。
揚げたてのポテトフライは少し熱くて、塩辛かった。
*
「お疲れサマンサ~! ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「おっ財布が来たぞ憂太くん! ほら追加頼むぞ、何でも言え食べ盛り!」
「え、えっと、じゃあこのハンバーグステーキを」
「ちょっと待って憂太、この短時間で燈に影響されすぎじゃない?」