「ね~~~~~いいじゃん燈~~~~~!」
「燈、お願い」
「ダメっつったらダメ。諦めなさい」
燈が高専に来るときは基本的に目を離さないようにしているが、所用があるときは硝子のいる医務室か、学生寮に燈を置いていくことにしている。今日は硝子が外出していたので、学生寮の談話スペースに放置していた。
備え付けのソファに座り、両隣から双子につつかれながらも手元の文庫本から目を離さない燈。菜々子はスマホを片手に燈を揺すり、美々子はいつも通りぬいぐるみを抱きながらじっと燈を見つめている。
いつものごとくおねだりをされている様子に苦笑しながら、私は三人に歩み寄った。基本的に彼女たちに甘い燈も、何でもかんでも言うことを聞いてやっているわけではない。
「今度は何のおねだりだい?」
「あっおかえり夏油さま!」
「お疲れ様です、夏油さま」
「ああ、お疲れさま」
この子たちの「さま」呼びはもう諦めたからいいとして。
燈は私の声に少し顔をあげ、おう、と簡単に応じた。それで、と質問の答えを促せば、燈はやれやれと言わんばかりに首を振り、本を閉じる。
「前にお前にも土産でやったことあるだろ、東北に本店のある有名パティシエの限定スイーツ」
「……ああ、珍しく悟が本気で驚いてたやつ。燈が旅先でそこのオーナーと仲良くなって融通してもらったって話だったね」
「そう。今メディアにも取り上げられて、マジで入手困難になってんだって。で、どこぞの馬鹿は大人げなくも、それを食べたことがあるって生徒に自慢したらしい」
「本当に大人げないね、どこぞの馬鹿は」
それで甘いもの好きで流行りものが好きな二人は、自分たちも食べたいと燈におねだりしているというわけか。なるほど、自分が苦労すれば済むだけのおねだりならわりとホイホイ聞いてやる燈も、さすがによそさまに迷惑のかかることは簡単には頷かない。
「それはさすがに難しいだろう。二人とも、あまりわがままを言ってはいけないよ」
「だって夏油さま、そりゃ私たちが食べたいのもあるけど、もうすぐ野薔薇の誕生日なの!」
「野薔薇も一緒にスイーツ特集見てて……食べてみたいって言ってたから」
聞けばあらゆる手段を尽くして順番待ちの予約を入れているが、野薔薇の誕生日に間に合うかは微妙なところなのだという。他のプレゼントも用意しているが、せっかく誕生日を祝うなら出来る限りのことはしたいのだ、と。
「……だって、野薔薇は初めてできた友だちだし」
「ずるいかもしれないけど、やれることがあるのに何もしないのも、と思ったの」
思えばこの子たちをあの猿どもの村から連れ出して以降、どうしても「普通」の生活は送らせてやれなかった。この子たちは私さえいればいいとは言ってくれたが、それでもきっと友だちは欲しかっただろうと思う。
同じものが見える、同年代の、女の子の友だち。二人が野薔薇に会えて本当に喜んでいることは、私も察していた。
「……こら傑、お前がそういう話大好きなのは知ってっけど絆されるなよ。いくら俺だってできることとできねーことがあるんだよ。そんだけ人気なら今死ぬほど忙しいだろうし」
「燈にできることとできないことがあるのはわかるけど、これは『できること』だろ? 適当な口実で連絡をとって向こうからスイーツを送るよう誘導することくらい、燈にとっては大したことじゃないはずだ」
「ひとを詐欺師みたいに言うな。やらないっつったらやらない」
やはり。燈は今、「できない」とは言わなかった。
「……仕方ないな。燈」
確かもうすぐ、学会で論文発表があるんだったね?
そう言ってにこりと笑えば、燈は警戒したように眉をひそめた。燈は自分が好きでやっている研究だから別に苦ではないとは言っているが、それでも論文をまとめることがあまり好きではないことは知っている。いや、論文の執筆というよりは、それ以外の部分が、だが。
「その論文のチェック、手伝ってあげてもいいよ? 誤字脱字の確認、日本語ミス、英訳が必要ならそっちも。不足している資料があれば、その入手にも手を貸そう」
「傑お前、二言はねえな?」
さっとスマホを取り出した燈に、もちろんと頷く。菜々子と美々子がぱあっと目を輝かせた。この顔が見られるなら、それくらい大したことではない。
「夏油さまありがとう! 燈、本当にできる!? 野薔薇の誕生日まであとちょっとなんだけど!」
「お金はもちろんちゃんと払うから。誕生日、パーティで驚かせたいの」
双子のきらきらした視線に少し苦笑しながらも、自他共に認める特技・人間関係の幼馴染みは、自信満々の顔で頷いた。
「俺に任せなさい」
彼が詐欺師の道を選ばなくて良かったと心から思う。
野薔薇の誕生日には、大輪の笑顔を咲かせる彼女たちの姿があった。