あれは、そろそろ雪も降ろうかという季節のことだった。
いつも通り、特に理由もなく適当に傑や燈と出かける話になって、俺は直前に任務があったから、外で合流する約束をして。
任務自体はたいしたものではなかったが、何せ場所が悪かった。足場の悪い森を進まざるを得なかった俺は結構に泥だらけになってしまって、仕方なくその辺で着替えを調達して待ち合わせの場所へ。
数分の遅刻ならいつものことだが、すでに待ち合わせ時刻から一時間以上は経過している。遅れる、とは連絡していたが、さて、待っているかどうか。……なーんて考えるまでもなく、待っているのはわかっていた。何せ一時間前から、ひっきりなしにふたりから「遅い」「寒い」とメールが届いている。
「ハァイ悟くん到着ぅ!!」
「あ~~~やあっと来た。悟お前、よくこのクソ寒い時期に外で待たせといて平気な顔で登場できるな」
「君だって遅れてきたのによく言うね、燈」
「たった三分だろ。俺はいつもの悟にあわせて着くように来たの」
「三分でも遅刻は遅刻だよ」
「つーかお前ら何食ってんのずるい」
ぶちぶちと文句を零すふたりの手には、缶コーヒーと肉まんの類い。暖を取るためにその辺のコンビニにでも行ってきたのだろう。だったらそのまま店の中で待っときゃいいのに、変なところで律儀な奴らだ。
「任務頑張ってきた俺にもちょうだい」
「だって、燈」
「いや何で俺に振んの」
「残念、私はもう完食した」
ほら、と空の紙袋を見せた傑に、燈は露骨に嫌な顔をする。俺だって最後の一個、と手元のあんまんと俺の顔を見比べて、仕方なさそうにため息をついた。諦めてそのまま俺にくれるのかと思いきや、ぱかりとあんまんをふたつに割る。その割れ目から緩やかに湯気が漏れた。
燈は、ん、とその片方を俺に差し出す。半分にしたうちの、少しだけ大きい方。眼前に出されたそれのせいで、サングラスがわずかに湯気で曇った。え、と思わず固まる。
「……え、何、いらねーの?」
「、いらねーとは言ってないだろ!」
一瞬の葛藤を打ち消して、それをひったくるように受け取る。動揺を悟られたくなくてかぶりつくと、餡子の温かな甘みが口内に広がった。
そんな俺をじっと見た燈は、納得したように小さく頷く。
「ああ、はんぶんこって文化に慣れてないのか」
「燈、シッ」
「んなこと言ってませんけど!?」
はいはいわかったわかったと、ふたりの手がぐしゃぐしゃと俺の頭をなで回す。何すんだと振り払ったところで、いつものように笑ったふたりが歩き出した。
「で、どこ行く? ちなみに俺はまだ腹に余裕があります」
「私もだよ。とりあえず適当に入って何か温かいものを食べよう」
すたすたと進んでいくふたりに、何となく悔しい気持ちのままその後を追った。無視してんじゃねー、とふたりの肩に飛びつけば、片方は難なく受け止め、片方は足をふらつかせてあんまんを落としかける。体幹が出来ていない。
「……燈、お前マジで貧弱すぎない?」
「何でもお前基準で考えんなっつってんだろ!」
即座に言い返してくる怖い物知らずにけらけら笑いながら、もう小さくなったあんまんの欠片を口に放り込んだ。そのとき視界の端で、ちら、と白いものが舞う。
「ああ、降ってきたね」
「あちゃー、天気予報で言ってたもんな。さっさとどっか店入ろうぜ」
そんなぼやきを聞きながら、ふたりに引きずられるようにして前に進む。冷え切っているはずなのに、何故だか温かい体温を両腕に感じながら、俺は少しばかりいい気分で空を見上げた。
風にあわせて舞う雪の欠片は、柔らかな花弁のようだった。