夏油の友だちのパンピーの話。   作:ふみどり

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青春道連れ、世は無情

 まるで託児所に迎えに行く保護者の気分だな、と口に出したら猛抗議が来そうなことを思う。実際、この敷地のなかをひとりで歩かせることはできないし、やむを得ないときはこうして預けにいくのだから、あながち間違ってはいないのだけれど。

 雑務を片づけ、歩きなれた廊下を進む。託児所代わりのそのドアに軽くノックをすれば、中からはい、と気だるげな返事。ふと、中の気配が足りないことに気づいた。

 

「失礼するよ。硝子、燈は?」

 

 医務室に入ると同時にそう言うと、めんどくさそうな顔をした同期に、気づくの早すぎか、とため息をつかれた。

 

「叶木ならさっき五条が拉致ってったよ。この前叶木が報告した件、五条が出向くことになったから話を聞かせろってさ」

「ああ、燈が珍しく一泊もせずにとんぼ帰りしたっていう村の話か」

「まったく、アイツの危機察知能力も大したもんだ。村に入った瞬間『やばい』って思ったってんだから」

 

 先日、燈が訪れたという静かな山村。地図にすら載るか載らないか、というような本当に隠れた村だったという。そこに何やら面白そうな伝承があるというから赴いてみれば、一歩村に入った瞬間、怖気がたったという。

 

『閑散としてんのに、何か嫌なもんが詰めこまれてるような空気だった。適当な民家訪ねて話きいてみたけど、いかにも親切な顔して引き留めようとしてきてさ。ちょうどいい餌がきたから逃がすなって感じだったんだよ。これは無理だなと思ってさっさと逃げて、山の麓の村で聞き込みしていろいろ調べてきた』

 

 すると怪しい埃がごそごそと出てきたというわけだ。いかにもそれらしい「山の神」に謎の「ご神体」、ほのめかされた生贄伝説。そして知らぬ間に増減しているという、村人の数。

 俺生贄にされるとこだったのかもね、とけろりと言った燈の心臓には多分毛が生えているのだろう。

 

「けど、悟が行くほどのものだったのかい?」

「調査をしても正体が完全には見えなかったうえに、かなり年月を経ているようだからね。念のための特級派遣ってとこじゃないのか」

「念のため、ね」

 

 相変わらず、ずいぶんと便利に使ってくれるものだ。

 やれやれと適当に棚からカップを取り、勝手に珈琲を入れてその辺の椅子に座った。何を居座ろうとしてんだ、と嫌そうな視線が飛んできたが、そんなもので怯むほど短い付き合いではない。

 

「どうせすぐに戻ってくるんだろう? 久しぶりに暇をしててね、待たせてもらうよ」

「特級呪術師さまが暇とはよく言うね」

「はは、おかげさまでなかなか息をつく暇もなくてね。たまにはいいだろう? 硝子とまともに話すのも久しぶりだし」

 

 私は別に話すことはないが、としれっと言われ、喉の奥で笑った。これくらいで返してくれる関係性が、心地いい。

 

「相変わらず燈に告白しては振られてるんだって?」

「わざわざその話題を振るあたりが本当にクズだな、お前は」

「いや、健気に努力をしてるんだと思ってね」

「気のせいかな、今努力の前に『無駄な』って言葉が聞こえた気がしたよ」

 

 気のせいだよ、と笑顔で言えば、大きな舌打ちが返ってきた。それがまた愉快で、くっくっく、とつい肩が揺れる。

 もう十年もずっと、燈に手を差し伸べ続けている硝子。そしてその手を、一度も取ろうとしない燈。そこに含まれたふたりの意志を、たぶん二人以外では私だけが知っている。

 自分のカップに珈琲をそそぐその横顔を見つめながら、言った。

 

「一度聞いてみたかったんだけど、硝子」

「何?」

「燈のこと、好きなのかい?」

 

 ほんの戯れに、そう言葉を投げてみた。返事のわかりきった問いだった。

 は、と鼻で笑った硝子は、続ける。

 

()()()

 

 馬鹿なことを聞くなよ、と唇を歪めてみせた硝子の手には、淡い水色のマグカップ。それにそっと口をつけて、少し目を伏せた。カップを見つめたまま、ルージュが動く。

 

「そんなチャチな言葉で言い表せるような、やすいもんじゃないよ」

 

 愛だの恋だの、知ったことか、と。

 そう笑う彼女は、確かにひどく魅力的に見えた。なるほど、我らが紅一点は、燈が絡むとこんな風に笑うのか。十年の付き合いがあるのに、それでもまだ知らない表情があったことに少し驚いて、また笑った。

 こんないい女を振り続けるなんて、まったく燈も罪な男だ。もっとも、アイツが硝子を受け入れない一番の理由は、私なのだろうけど。

 じゃあ、と愉快そうに笑った硝子が、問い返す。

 

「夏油、私もお返しに聞くけど」

「何だい?」

「叶木のこと、好きなわけ?」

 

 まったく同じ問いを返されて、一瞬目を見開いて、それから噴き出した。私が? 燈を? 好き? まったく、何を馬鹿なことを聞いてくれるのだろうか。

 

「ここでもし私が頷いたら、また硝子に妙な噂を流されそうだね」

「任せろよ、呪術界全体に広めてやる」

「何でそういうときだけ妙にやる気なのかな、君は」

「面白いことには全力を出すってのをお前たちから学んだんだよ、私は」

「……ははは、全く否定ができないね」

 

 ああ、確かに馬鹿なことばかりやってきた。全力で、それはもうとことん、もはや年甲斐もなく、楽しいと思えば、愉快であれば、全身全霊で。燈と、悟と、硝子と、たまに七海や、伊地知や、悟の教え子たちも巻き込んで。まあやりすぎと咎められることもあるが、そこれはそれ、大人げない大人のちょっとした気分転換くらいは大目に見てもらいたい。

 そうやって、このどうしようもない感情とバランスをとって、何とか今も呪術師を続けている。

 

「硝子」

「ん?」

「私も、同じ答えを返すよ。―――好きだのなんだの、そんなチャチな言葉で表せる感情じゃない」

 

 長年の幼馴染として、二十年を一緒に馬鹿やってきた友人として、抱いている情。呪力すらもたず、力ある存在を消費し、傷つけ、使い捨てる存在でしかない非術師(さる)として、抱いている嫌悪と憎しみ。

 そのどちらも嘘ではなく、今も変わらずこの胸にあった。天秤の両腕は今もゆっくりと揺れ続け、どちらの皿が落ちる気配も見せてはくれない。

 まだ、本音(こたえ)は出なかった。

 

「……おふざけついでにこの話を続けるけどね、夏油。正直私は、さっさと答えを出すと思っていたよ。白か黒か、お前はすぐに決めるやつだと思っていた」

 

 私の内心を掬い取るように、硝子はそう続けた。

 その言葉に、思わず苦笑を返す。実はそうでもないことを、いつだったか燈に指摘されたのを思い出した。お前は、悩むと長いと。無駄に考えすぎて、ループにハマると。

 

『別にそれでいいなら勝手にすればいいけど、それ、むしろ辛くねえ? 結論が出ないのってつまり、どっちにも一長一短があって、最終お前的にはどっちでもいいからだろ? だったらコインの表裏でもいいからとっとと『こっち!』って決めてさ、他の選択肢切り捨てて考えないようにしたほうが楽だと思うんだけど』

 

 悩み続けんのって苦しいじゃん、と滅多に悩まないという燈は言う。私はお前ほどのんきになれない、とその場では言いながら、そのあとから少しだけ意識しだしたそれ。確かにそれは、小さな悩みからは私を救ってくれた。

 さすがに、それを教えてくれた当人のことを悩んでいるときは、そうもいかなかったけれど。

 

「……まあ、慎重にもなるさ」

 

 燈の死に、意味をやると言ってしまった以上は。

 そうぽつりと言葉を落とすと、硝子は無言のまま珈琲に口をつけた。私も、自分のカップに口をつける。ちゃぷ、と黒いしずくがはねた。

 たとえ燈を殺すことを選ぼうと、燈を非術師(さる)として切り捨てようと、それでも自身で口にしたことを違えるつもりはなかった。燈の死に、意味をやる。それはつまり、私が大義を貫き通すということ。言動のすべてを、この内心で思うことも含め、大儀のために捧げるということ。

 たったひとりの幼馴染を殺すことを、決して、絶対に、後悔してはならないということ。

 

「……私が燈を『呪い』にするわけにはいかないからね」

 

 それは()()()の私にとっても、喜ばしくないことだ。せっかく燈は、たとえただの強がりでも、未練(のろい)を遺さず逝こうとしているのに、私が燈を呪いにしてしまうなんて。それだけは絶対に許されない。

 知らず力の籠った手の中で、カップがみしりと音を立てる。

 

「……よく言うよ」

 

 は、と嘲笑うような声が、鼓膜を叩いた。

 顔をあげると、声と同じ顔をしている硝子と目が合う。

 

「とっくに呪われてるくせに」

 

 もう手遅れだよ、という言葉に何を、と聞き直そうとしたとき、廊下が騒がしいことに気づいた。どたどたと遠慮なく歩く音に、ぎゃーぎゃーと言い合う声。

 

「いやだ俺絶対行かないからな! 最強なんだろお前ひとりで片づけて来い!」

「そりゃ片づけるのは僕ひとりでやるけどね。何度も言ってんでしょ、あの村はもはやある種の帳の中にあんの。基本的に招かれた雑魚しか入れないようになってんの。そりゃ最強の僕ならそれくらいぶち破れるけど、めんどくさいでしょそういうの。お前がもっかい中に入って、そっからお前に招いてもらうのが一番楽なわけ」

「しれっと雑魚とか言ってんじゃねーよ頼む立場なら少しは言葉を選べ! ちょっと硝子ちゃん聞いて、って傑も戻ってたのかお前も聞け、悟がひどい!!」

 

 ほとんど喚きながら乗り込んできたふたりに、全部聞こえてたよ、とため息をつく。ノックくらいしろよ、と硝子も呆れたように言った。

 えー、とふたりは同じ顔で遺憾の意を表明するが、このふたりは一緒にいるといつも以上に精神年齢が下がるのは一体何なのだろうか。

 もはや注意するのも面倒だな、と思いつつ、とりあえず話を促した。

 

「で、珍しいじゃないか悟、燈を連れて行くのかい」

「歳だけは食ってる呪霊らしくて、引きこもりに能力全振りしてるらしいんだよね。先遣の窓のやつら、入れなかったどころか村に辿りつくことすらできなかったらしい」

「なるほど。呪力のある人間を弾いているのかな」

「多分ね。まー僕の眼なら問題ないとは思うけど、念のため地図がわりに燈もってこうと思って。だけどうるせーし往生際が悪ィの、この地図」

「別に俺連れてかなくても、その辺一帯の山焼き払ってくればよくない? そしたら嫌でも顔出すだろ」

「ヤダ~燈クンこわ~い。……お前たまにそうやって真顔で過激思想出すのやめな? 本気か冗談か反応に困るから」

 

 俺は自分が危ないところに行くくらいなら山のひとつふたつ燃えたほうがマシ、と軽く言い放ったクズに、ああこれ本気で言ってるな、と苦笑するほかなかった。

 燈は何が何でも危ない橋は渡らないタイプだ。悟が強いのは重々わかっていても、それとこれとは話が別なのだろう。自分の弱さを誰より理解しているが故の対処であるだけに、私としては悟に加勢はしにくい。が、まあそもそも悟が言い出した時点で、結末なんて見えている。

 

「しょうがないな~じゃあ傑も一緒にいくから。ほら、それなら怖くないっしょ?」

 

 悟がわざわざ人を連れていくと言ったからには、本当に面倒な帳なのだろう。力づくでも連れていくだろうとは思ったが、今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がする。

 眉間にしわをよせた燈は、ひどく嫌そうな顔と声を作って返した。

 

「……ねえ、たまに思うけど悟って俺のことなんだと思ってる?」

「駄々っ子」

「それお前だから! 理不尽言ってんのお前のほうだから! とりあえず傑だしときゃ俺が言うこと聞くと思うなよ!」

「いや聞くじゃん、たいてい」

「ちょっと待て悟、私にも都合というものがあるんだが」

「え~傑まで駄々こねんの?」

 

 いや駄々こねてんのお前、と燈と声をそろえたところで、悟がおもむろにスマホを取り出し、高速で指がその画面を辿る。ぽん、ぽん、と返信が帰ってきている様子にも構わず、ひたすら指をメッセージを送り続けているようだ。一分ほどそれを続けた後、ハイ完了~とスマホをしまう。同時に、私のスマホが一瞬震えたのを感じた。

 

「というわけで傑も一緒に出発ね! 明日の朝には出るからよろしく!」

 

 嫌な予感しかしないスマホの画面を見ると、そこには任務を告げるメッセージ。無機質なはずの内容なのに、何故だかその背後で誰かがすいませんすいませんと頭を下げる様子が見えるような気がした。

 思わず、両眼を片手で覆う。

 

「……燈、ここまできたら腹をくくろうか」

「ふっざけんなよ傑! お前は悟に甘すぎんだって!!」

「正式な指令が下りた以上は仕方がないんだよ。あと別に甘くはない」

「そういうわけでハイ、三人で行くよ~。硝子にはお土産買ってきてあげるからね」

「酒かつまみになるものな。菓子はいらん」

「硝子ちゃんちょっとは止めてくんない!?」

「止めて止まるやつらじゃないのはお前が一番知っていると思うが?」

 

 しかしよく特級ふたりなんて許可おりたな、と硝子が言えば、僕を誰だと思ってんの、と悟は笑う。

 

「まあかわりにその帰りにもう何体か呪霊祓うことになったけどね。大丈夫大丈夫、僕と傑がいれば一瞬もいらないよ。ついでに帰りに温泉でも入ってこう」

「ああ、追加任務もやるからってごり押ししたのか。……多いな」

「何、弱気なわけ?」

「まさか。たまには温泉でゆっくりするのもいいね」

 

 ね、燈、と長い付き合いの幼馴染ににっこりと微笑みかける。ひく、とその頬がひきつったのが見えた。ぽん、と軽く、あくまでも軽く、その肩を叩く。同時に、悟も反対の肩に手を置いた。

 燈の両肩からみしりと音がしたかもしれないが、まあ気のせいだろう。

 

「ま、一言でいえばさ、燈。その呪霊と、僕と傑の最強タッグ、どっちがコワイかなって話なわけだよ。わかるよね?」

「旅は道連れ世は情けという言葉もあるよ、燈。心配しなくても、最低限はちゃんと守ってあげるから」

 

 最低限てナンデスカ、と死んだ眼でいう燈の言葉は綺麗にスルーした。わかるよね、と悟が繰り返すと、燈の首がかっくりと前に倒れた。ほんともーやだこいつら……と絞り出すような声が聞こえる。

 事実上の敗北宣言に、新幹線と宿の手配は伊地知にさせたから、とハートマークをつけんばかりの上機嫌で悟は笑う。おおかた、最初からこの「温泉旅行」が目的だったのだろう。まったく、とは思うが、乗ってしまった以上は私も同罪か。

 

「いや~楽しみだね〜温泉」

「本当だね。たまにはそういうのもいいな」

「石橋は叩いても渡らないのが俺の信条なのに……」

 

 まあ生きて帰ってこい、と硝子にさえも軽く言われ、不吉なこと言わないでくれる、と真顔で返す臆病者に、軽く笑う。

 そんなに心配しなくても、と心からの言葉を続けた。

 

「燈を死なせるようなへまはしないさ」

 

 何せ、その命は私のものなのだから。

 

 

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