勇者が寝返った。がっつり裏切りやがった。
『勇者はもう、魔王と戦いません。魔族は友好的な種族で、人間に比べて非常に善良です。仲良くしましょう、武器を下ろしましょう。あと俺、魔王と結婚します。新婚生活めっちゃ楽しみです』とか宣言しやがった。教会の一番偉い人とか憤死しちゃったんだけど。しかも俺が次なる勇者らしいじゃん。中指二本じゃ足りないレベル。
一言くらい言ってくれたってよかったじゃん。
勇者しんどい、やめたい。とかさ。女神がメンヘラでワロえない、とかさ。
俺は言ったよ? 周りの人にちゃんと。恩師だと思ってた人が簡単に口外して、次なる勇者だとか持て囃されて、最前線に送り込まれたけど。女神メンヘラすぎて夢にまで出てきて睡眠が困難だとも訴えたよ。信頼していた部下が上司に告げ口して不敬だとかなんとかで拷問されたけど。
言ってくれたってよかったじゃん。俺だったら秘密にしてやったし、なんなら安眠グッズとかメンヘラ対抗ハウトゥー本とか送ったし。相談にも乗ってやったよ。勝手に孤独がられても普通に困るだろ。なんだよ、友達だと思ってたの俺だけかよって落ち込んだりもしたよ。残される俺のことは一ミリたりとも考えてくれなかったっぽいじゃん。人間みんな嫌いとか言って裏切ったらしいけど、俺も人間なんだけど。嫌いだったとか初耳。言ってよ。プリンとかどら焼きとかマドレーヌとか差し入れしてた俺が馬鹿みたいだろ。もしかして甘いもの嫌いだったとか? 言えよ、マジで。
意外と俺、お前のこと親友くらいには思ってたよ。
孤児院でカビたパン奪い合ってたらいきなり「俺には前世がある。前世合わせて二十八歳だから、年功序列でこれ俺のパンな。お前のパンねえから!」とか喚き散らかした時、ついに空腹で頭がおかしくなったんだなとか思ったけど。お前の前世の話、結構面白くて好きだったし。“草”とか“w”とか“ワロタ”がしんどいって意味だったり、本気と書いてマジと読んだり、絵文字ってやつで感情を最大限に表現するとか、色々スラング教えてくれたよな。牛乳で腹を下して教室でうんこ漏らしたら、うんこ太郎ってあだ名を付けられて卒業まで虐められたとか。可愛い女の子に告白されて「キスしていいですか」って迫ったら逃げられて、その一部始終を動画で撮られてて拡散されたとか。うんこみたいに臭い部屋でレイープされた後にそんな話するもんだから、クソ笑ったわ。まあどんな最悪な目に遭っても、「人間悪い奴もいるけど良い奴もいるよな」って見解は一致してたはずじゃん。
やっぱあれか? リリアナを寝取ったことまだ根に持ってたのか。若気の至りじゃん。土下座して、皆の前で腹踊りしたことで溜飲下してくれたじゃん。その後祝福貰って傀儡の能力を得たけど、逆罰で人間性とか生殖機能とか失って誰も愛せなくなった俺に、めっちゃm9(^Д^)プギャーしてたじゃん。あれで許されたと勝手に思ってたんだけど、俺だけ? 下半身の下半身亡くなってワロタとか煽ってたじゃん。俺思うんだけど、お前も大概下半身だったよな。クソナードで、人間不信だ女怖いだなんだ言い訳してたけど。ムッツリって言うのはお前のことを言うんだぜ。女神の寵愛により祝福受け放題逆罰無効とかいうクソチートで、モテモテハーレム作ればよかったろ。リリアナもお前とよりを戻したがってたぜマジで。死ぬ間際に言ってたわ、なんか。
あんなビッチいらない魔族でハーレム作ります! ってか。魔王の最終的な目的は、積極的に魔族と人間の間に子供作らせて、純粋な人間を減らすことらしいじゃん。
種族浄化だ! とかなんとかお前は憤ってたけど、あれどうしたんだよ。
「伝令! マグリア王国が降伏を宣言! 我が軍に撤退命令が下されました!」
ああほら、お前のせいで王様冷めちゃった。
「放っておけ」
まあでも、前線で戦っている兵士はマグリア王国の兵士だが、王の命令とか関係ないんだなこれが。何故なら、教会の犬こと勇者こと俺が実質的に最高指揮権持っているためだ。
俺の祝福は傀儡である。全ての兵士の意思を統一し能力を向上させ、痛覚と恐怖心の一部を俺に集めることでそれらを軽減させることができる。傀儡というちょっと恐ろしい名前なのは、畏怖させるためで、実際は別の何かだけど。
泥のようなコーヒーを優雅に啜る。
この祝福のおかげで、後方の拠点でブレイクタイムなんかも楽しめるわけだ。
だが部下は未だ焦ったような顔を崩さない。
「どうした」
「……いえ、あの」
モゴモゴと、部下は言葉を濁す。
上司にその態度とか、軍法会議ものである。
俺は寛容だからそんなことしないけど。
「なんだ。はっきりと言え」
「……お、王が国の聖杯を割ったようで」
「つまり?」
「我々に祝福が行き届きません」
ファーーーーーーwwwwwwマグリア国民全員、祝福使えないやんけwwwwww無能オブ無能wwwww祝福ない人間とか魔族からしたら赤子に等しいwwwww詰んだwwwww
「教会は?」
「……魔に堕ちた王の命令など従うな。さ、ささ最後まで人類のため闘うべし、と」
部下はソーダみたいに真っ青な顔をして、震える声を抑えるように言う。
要は、俺に与えられた祝福である傀儡の能力を使って、全兵士万歳突撃させろというわけだ。俺はマグリア国民ではなく、教会の聖杯から祝福の力を得ているのでちゃんと祝福は発動する。そりゃ足ガクブルですわ。
「そうか」
ついため息が漏れる。
なあ、なんで裏切ったんだよ。勇者。
お前が裏切らなかったら、こんなことにはならなかった。マジでな。
窓の外、空を見上げる。
鳥さんがパタパタしている。
自由に空を旋回し、青を切り、太陽に溶けていく。
そういや、自由な鳥になりたいわーって歌ってた女の子に、酔ったお前は「飛ぶために脳みそ捨てた阿呆になりたいんかわれ」とかダル絡みしてたな。お前そういうところあったわ。変に拗らせて。ユランの時みたいに。
……ユランのことなら、悪いのは人間じゃなくて、祝福に頼らざる得ない要因を作ってる魔族が悪いと俺は思うけどな。そりゃね、人間に不相応な強大な力を望むなら、罰を与えますとかいうシステムは狂ってるよ。逆罰として死を与えます、とか平気でやるじゃんあのメンヘラクソ女神。師匠とか、確か逆罰で故郷がクレーターになったらしいし。それを取り決めた女神が平然とした顔で「人類のために戦ってください」とか言ってきたらそりゃぶん殴りたくなるよ。
盗みが一番上手くて食い意地張ってて、走るのも速くて。サーカスの空中ブランコに憧れて、宿舎を魔改造してぶん殴られてたユラン。逆罰で四肢を失って、得た祝福は受胎加速。一ヶ月で子供授かって産めます、とかさあ。マジ卍って感じだよな。あれ、使い方合ってる? よくお前の真似してユランが使ってたから。つっても、もう確認取れないんだけどさ。
教会に保護されたユランの惨状を聞いて、お偉いさんの命令振り切ってユランに直接会ってさ。ユランと話し合って、一緒に決めたじゃん。ユランの意志だったし、確かに傀儡使って従者に毒盛らせて殺したのは俺だけど。実行に移したのは俺だけど、ユランを殺したのは俺だけど。お前も納得してたじゃん。なんだよ。ユランが決めたことじゃん。ウジウジするお前に面倒臭くなってあの時「傀儡使って人類滅ぼしてやってもええで。俺死ぬけどw」って言ったら「やめろ」って拒否した癖に。お前は魔王に寝返るんだもんな。あーあー、メンヘラクソ女神も泣いてるぜ。毎日夢に出てきて首絞めてくるんだぜ? 「あなたは裏切らないよね? あいつらみたいにわたしを殴らないよね? わたしを足蹴にして、わたしの尊厳を踏み躙って、わたしを捨てないよね? あいつらみたいなことは、しないよね?」とかなんとか。あいつらって誰だよ。Qってなんだよ。
なんて物思いに耽っている間にも、部下であるダリアくんは震えながら死刑宣告を待っている。因みにダリアくんは、上司に俺の愚痴を告げ口して拷問送りにしたとんでも口軽クソ部下である。
いつかの勇者との、他愛のない雑談を思い出す。
「傀儡やめね? 誰も殺したくないって泣いてた子いたよ」
「だれ?」
「確かダリアって名前だっけ」
「家畜さんブーブーで草。出荷よー」
「かわいそう。もぅマヂ無理。リスカしょ…」
「でも俺が上司に進言したらリアルにクビ飛ぶから」
「人間性ないくせに死にたくないとか草」
「うるせwwww」
実にクソみたいな会話だ。
でも、もしかしたらあのクソみたいな冗談を聞かれていたのかもしれない。ダリアくん、祝福でめっちゃ耳良いらしいから。報復で告げ口されたンゴww自業自得ww
一応あの後、進言したんだけどな。無理な傀儡は人格を壊しますよ、とか言って。教育という名の拷問を受けて無かったことにされたけど。まあ、首輪が爆発せず拷問で済んで僥倖だった。
そう、首輪。
意識するとなんだか息苦しさを覚えて、つい首輪を触る。
教会のお偉いさんが、その傀儡とかいう祝福ヤバくね? って焦って取り付けられて以降、勇者にすら外すことはできなかった、首輪。
教会に逆らえば首輪が爆発して死ぬようになっている。
教会は、俺が祝福を使い全ての兵士を生身の状態で魔族に特攻させることを望んでいる。
だから、今この瞬間の俺の答えはただひとつしかない。
「ダリア」
俺は部下の名前を呼ぶ。
「は、はい」
最早立っていることすら困難なのだろうか。ダリアくんは断頭台の前に立つ死刑囚のように足を振るわせ、メンヘラクソ女神になにかを祈るように手を組んでいる。当の本人は彼の後ろで「あなたはわたしを捨てないよね。早く祝福を使って、わたしの勇者さま」と呪詛を吐いていることなど、知る由のないことだろうけど。
「家畜さんブーブーで草とか言ってごめんね。ジョークだからジョーク。ブラックジョーク」
「……へ?」
空は毒々しいほど青い。
間抜けな声を上げる部下を尻目に、傀儡を発動する。
これで、きっと最後になる。
「全兵士に告ぐ。今すぐ武器を捨てろ」
こめかみに、ひんやりとした鉄の塊を当てる。魔族には効かず、人間にしか死を与えないなまくら。爆死したってよかった。でも勇者曰く爆発オチなんてサイテーらしいし。「人間性ないくせに死にたくないとか草」ってお前は冗談めかして笑ってたけど、俺結構その通りだと思う。なんで死にたくないんだろうなーって、たまに疑問に思ってた。どれだけの数の同胞が俺の傀儡で犠牲になったことだろう。みんな言っている。「因果応報地獄に落ちろ」手が震える。息が上手く吸えない。死すら凌ぐ痛みくらい、何度も経験してきたんだけどな。身体は相反して、「死にたくない」とか言っちゃうわけだ。
棒が突き刺さったみたいに突っ立って目をかっぴらいているダリアの後ろ、女神が叫ぶ。「あなたもわたしを裏切るの!? わたしを、置いていくの!?」その慟哭は、なんだか理不尽を前に膝を折る勇者に似ていた。
そういえば、仲間が死んでいくことに嘆いて頽れるお前の腕を引き無理矢理立ち上がらせるのは、いつだって俺の役割だった。その俺が死んだら、お前どうなんの? もしかしたらただそれだけの理由で、生きていたのかもしれない。
そのお前が、裏切るのかよ。
そのお前が、置いていくのかよ。
なんつって。
メンヘラクソ女神チックな言い方すれば、お前もちょっとはビビるだろ。
普通に死ぬの怖いから生きてましたよ。
でもやっぱり一言くらい、言ってくれても良かったじゃんって思うよ俺は。
言ってくれないと分かんないんだよな、俺。
痛いとか苦しいとか辛いとかそういう感情、メンヘラクソ女神に奪われてよく分かんなくなってるからさ。
お前の苦悩とか、分かってやれないんだよ。
なあ、勇者。
これでよかったのかなあ。
祝福:女神から貰える凄い力。聖杯がないと使えない。
逆罰:凄い力が欲しいと祈る人間の愚かさへの罰。
女神:メンヘラクソ女神