勇者寝返った   作:七件

2 / 5
そうはならんやろ

 

 

 

 

 ぼんやりとした意識が、ゆるやかに浮上する。

 水の中を揺蕩うように、重力を失い浮遊するように。

 身体が上手く動かせない。

 

「ごめんな。ほんとうに、ごめん」

 

 声がする。けれど、くぐもっていて聞こえづらい。

 言葉も脳を介すると、途端にバラバラになって認識できない。

 

「もう大丈夫だから。辛いことも、苦しいこともない」

 

 抱き抱えられ、大きくて厚い手に優しく頭を撫でられる。

 

「これは俺の自己満足なんだ。贖罪なんだ」

 

 嗚咽のように吐かれた言葉。聞き覚えのある声。

 

「アルバートも、リリアナも、ユランも。みんないる。みんな、幸せそうにしている。みんな自由に生きている……って言っても、覚えてないか」

 

 そしてその声は、俺の名前を呼んだ。

 

「なあ、ジル。

 

 これでいい、これでいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 

 当たり前のことなのだろうか。

 上体を起こして、辺りを見回す。

 

 天蓋付きの大きなふかふかベッド、上質な素材で作られていることが窺える家具、部屋に溢れんばかりのぬいぐるみにおもちゃたち。全体的にピンク色で統一されたこの部屋は、まさに贅を尽くした子供部屋のようだ。

 

 白くて小さい、少しの力を入れれば簡単に壊れてしまいそうな手のひら。

 その手で顔を確認すれば迎えるのは、ツルツルもちもちのほっぺ。

 ベールやらリボンやらフリルやらで飾られた肌触りの良いネグジュリ。

 

「こマ?」

 

 なんてクソみたいな言葉を乗せた声も、鈴のように響き、可愛らしい。

 

「悲しいことに全部、現実。あなたはあのクソアマの胎から、穢らわしい身体をもって産声を上げたの。裏切り者と簒奪者の子供に生まれるなんて、これ以上の不運はないわ」

 

 煌びやかな金の髪、美を体現したかのようなボディを強調するような白い布の服、彫刻のように整えられた容姿、そして夜の海を思わせる昏い瞳。その女は、大きなクマのぬいぐるみにもたれかかり、さめざめと泣いている。

 

 

 状況を整理しよう。

 前世と思わしき記憶と今世の記憶が、おもちゃ箱をひっくり返したみたいにしっちゃかめっちゃかだ。「最低。最悪。でもこれはチャンスなのよ、わたしの勇者さま」などとごちゃごちゃ言っている不審者は、女神に違いない。

 

「安心して。私がいる限り、あなたの祝福は途切れない。その祝福で、親を気取る勇者とアバズレ魔王を殺すの。殺しなさい。殺して。殺せ。殺せ。殺せ。ね、お願い」

 

 女神の言葉と今世の記憶を合わせると、やっぱり俺は勇者と魔王の子供らしい。そうはならんやろ。

 しかも、祝福があるということは逆罰も持ち越しなわけで。マジかよ。せっかく新たな人生始まったのに結局セクロスできないじゃん。女の身体って男よりもセクロスの快楽ヤバいらしいって噂が、嘘か真か確かめる千載一遇のチャンスだったのに。はーこのメンヘラクソ女神マジ卍だわ。

 そうがっくりと肩を落としていると、いつの間にか目の前にいた女神に首を締め上げられる。

 

「いい? 殺すのよ。殺しなさい。あなただけ幸せになるなんて、許さない。わたしを散々嬲ったあいつらが幸せになるなんて、許さない」

 

 抜け駆け禁止って……コト!?

 なんか首絞めるの好きだよねこの女神。

 視界が白む。あ、ちょっと死ぬ。

 

 ドアが開く音。慌ただしく近づいてくる足音。

 聴覚だけが過敏になって、やけにうるさい。

 

 恐らく、俺の世話役のエイミーさんだろう。

 栗色の髪がふわりと俺の頬にかかる。

 一見ただの人間のようだが、その額には美しい瞳がある。

 

「大丈夫。大丈夫。大丈夫ですからね」

 

 抱きしめられ、温かな手で目が覆われる。女神が視界から消えて、暗闇に包まれる。苦しみから解放される。

 

「もう、怖いものはいません。恐ろしいことも、起きませんよ」

 

 とくんとくんと彼女の心臓の音が鼓膜を揺らす。

 しばらくして、エイミーさんは視界を奪っていた手をよけた。急な光が眩しくて、つい顔を顰める。エイミーさんの額にある紫紺の瞳が揺れる。そのまま、はらはらと涙を流し、雫は頬を伝っている。

 

 あーエイミーさん泣いちゃったじゃん。

 ほら、エイミーさんに心配をかけたことを謝りなさいヒステリックメンヘラクソ女神。

 

「なんで、なんでわたしだけ……なんでわたしだけこんな目に遭わなくちゃならないのよぉ……」

 

 女神はいつの間にか移動して、部屋の隅っこで泣いていた。

 それ俺のセリフだから。あと情緒不安定なところはマジで勇者とそっくりだよね。同じように隅っこに蹲って「なんであんなこと言っちゃったんだろう……」って泣いてたから理由聞いたら、酒に酔って可愛い女の子たちにご高説を垂れたら逃げられたってさ。「こんな仕事辞めて、もっと身体を大事にしろ!」とかなんとか言ったんだって? そりゃ逃げられるわ。

 

 

 

「あ、そうだ!」

 

 落ち着いてきた頃にエイミーさんは涙を拭い、ぽんと手を叩いた。

 

「ジルちゃんに、今日は素敵なプレゼントがあるんですよ!」

 

 そう言ってパタパタと部屋の外へ駆けて、何かを背中に隠しながら戻ってくる。サプライズのつもりだろうがしかし、その大きさから何を隠しているのか見えてしまった。

 龍人族と、鬼族である人魚のデフォルメされたふかふかのぬいぐるみ。

 

「じゃーん!」

 

 と出されても反応に困るンゴね。

 この部屋が魔族のぬいぐるみに溢れているのは、魔族に溢れた街に出て、俺、もとい女神が発狂したためだ。まだ前世と今世の狭間で自意識が確立していない頃の話だから、曖昧だけども。勇者以外の家族も、そして仕えている従者もみんな魔族だ。一々発狂されたらたまったものじゃない。ということで、魔族の姿に慣れるため、こうしてデフォルメされた可愛らしいぬいぐるみが部屋に溢れかえっているのだろう。

 

 「どっちが好きですか?」と訊かれたので適当に龍人族のぬいぐるみを指差すと、指名したぬいぐるみを渡された。そして手を引かれ、部屋の真ん中、キッチンを模したおままごと道具の前に座らされる。

 

 エイミーさんは人魚のぬいぐるみだけではなく、持ってきた小さな犬の獣人や、鬼族の吸血鬼のぬいぐるみを動かしながら、それに合わせるように言葉を乗せる。

 

「ママ! ただいまー!」

「あらおかえり」

「今日のご飯はなにー?」

 

 一人三役を演じるエイミーさん。全部俺ってやつだ。狂気的なような、微笑ましいような。

 

「今日の晩ご飯は、あなたたちの大好きなカレーよ」

「わーい!」

「やったー!」

 

 獣人と吸血鬼はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

 これは、お人形遊びというものらしい。孤児院で汚らしくてしょんべん臭い人形を取り合う女の子たちがいたが、彼女たちは人形遊びに興じようとしていたようだ。

 

「パパ! ただいま!」

 

 獣人が俺の方を向いて、そう言った。

 しかし、どう動かせば良いのかよく分からない。

 俺はぬいぐるみを抱きしめながらエイミーさんの方をじっと見つめる。お人形の世界は時が止まってしまったみたいに、何もかも静止している。

 エイミーさんは困ったように笑い、小さな声で言う。

 

「ほら、おかえりって」

 

 しかし俺は言葉を発せない。

 「魔族の言葉を発音するなんて、あなたの舌が穢れる」とかなんとかで、喋ろうとするたび女神に首を絞められるからだ。なんという横暴。喋るくらい許してクレメンス。

 

「……もう、パパったら。無口なんだから」

 

 人魚が龍人の頬にキスをする。

 愛し合う二人の姿を、窓から差し込む夕陽に照らされた女神は、ぼんやりとした目で眺めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裕福だから。満たされているから。だから、優しくなれるのよ。もし何もかも貧しければ、本性を表すわ。喋らなくて、意思の疎通が困難で、何考えてるのかよく分からない、自傷ばかりを繰り返すあなたを気味悪がって、あなたを惨たらしく殺すの」

 

 じゃあ女神も満たされたらヒステリックが治るんですか?

 

「許す? なんで? 今のわたしが満たされて、許してしまったら、あの時のわたしはどうなるの? あの時のわたしは、わたしにさえ捨てられて、かわいそうじゃない。ねえ」

 

 救いようのないクズで草。

 

「ふふ、あなたもそう。きっと、そうなのよ。そうに違いないのよ」

 

 

 お前がその感情奪ったんじゃん。

 なんてこった。

 こんな女神に付き纏われながら、友達だった奴を知らないフリしてパッパと呼ばなきゃいけないなんて。

 んーw死一択www

 

 というわけで、三階の窓から飛び降りてみた。

 満天の星空の、あの一等星を目指すみたいに。夜に溺れてみた。

 なんて格好つけてみるけど、やっぱり怖いかも。

 自殺なんてするもんじゃないね。人間性なくてよかった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 一日ぶり二回目。

 

 なんてこった。

 死んだはずが、生きている。

 いや、打ち所がよくて死ねなかったのか。

 

 そして、エイミーさんが泣いている。

 二回も女泣かせるやついる? いねえよなぁ!!?

 

「どうして」

「なんで」

「いったいなにが、ジルちゃんを苦しめるの」

 

 俺がまだ眠っていると思っているのだろう。彼女にしては珍しく、弱音を吐いている。

 

「あと少しでも見つけるのが遅かったら、蘇生が間に合わなかったんですよ……」

 

 あれ? ちゃんと死ねてた?

 もしかして、蘇生の魔法ってやつ?

 

 魔族は生き返ることも容易だ、なんて噂が広まったら軍の士気が終わるから、なんとか必死に揉み消してたけど。マジだったのか。人間いっぱい犠牲にして頑張って殺した龍人や鬼は、みぃんな生き返ってたってわけ? 無限魔族編突入? やってらんないね。そりゃ和解が一番の解決策ですわ。勇者偉いじゃん。なあ、女神。聞いてる?

 

「運良く死ねても、きっとあの裏切り者はあなたの魂を何度でも呼び戻すでしょうね。そして、わたしはずっとあなたから離れない」

 

 勝手に添い寝している女神は答えた。

 ヒステリックメンヘラストーカークソ女神に改名してもろて。

 

「ふふ、ねえわたしの勇者さま。祝福を使って。傀儡して」

 

 

 

 形の良い唇は歪な弧を描き、女神は囁く。

 

「世界を終わらせて」

 

 

 

 




ジル…人間。人間と魔族の間に生まれながら、純粋な人間。故に魔法は使えない。グレーの髪と瞳。本来、死んで肉体から離れた魂は浄化されてまっさらな状態になるが、何故か記憶も祝福も逆罰も女神もついてきた。
エイミー…三つ目族。感情の色を見ることができる。ジルの世話役で、全く感情の色が変わらないジルに手を焼いている。栗色ショートボブ、紫色の瞳。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。